どうしたいのかわからない

月世

どうしたいのかわからない

 女と手を繋いで登校するあいつを、友人たちが一斉にからかっている。

 隣を歩く女は、はにかみ、満足そうに見えた。はやし立てられることに、快感を覚えているような、そんな表情。

 大人しく、地味な雰囲気の女だった。天然パーマなのか、緩くウェーブがかかった量の多い黒髪が野暮ったい。スカートの丈も長く、いかにも優等生というイメージの女は、あいつには合わないと思った。

 告白されたからって、なんでこんなのと付き合うんだよ。

 そんなひどいことを考える自分を心の内で戒めた。

 あいつが誰と付き合おうと自由だ。俺には関係ない。

 十日後、女の髪の色が変わった。明るい栗色に染められた髪が、歩くたびにふわふわと動く。垢抜けた、と周囲が噂した。

 その次の日、スカートの丈が短くなったことに気づく。

 気づいてしまう自分が、わけもなく不気味だと思った。

 二十日後、女は化粧をするようになった。

 そして、手を繋ぐだけだったのが、あいつの腕にすがりつくようになった。

 二十日前と別の女に見えたが、間違いなく同一人物だ。

 色気のかけらもなかった女は、リップがぬらりと光る唇を妖艶に微笑ませ、上目遣いであいつを見る。

 変貌の理由は明らかだった。

 女になった。

 寒気がする。

 早く別れればいいのに。

 俺は、身勝手だった。

 誰もいない教室で、耳にイヤホンを突っ込んで、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 今日は日直で、日誌を仕上げて帰らなければならない。友人たちは俺を置いてカラオケに向かった。バカ騒ぎをしたい気分じゃなかった。だからわざと時間をかけて、日誌を書いている。

 一人は気が楽だった。

 腹に響くデスメタルに浸っていると、ふいに右耳の音が途切れた。

「音漏れすごい」

 イヤホンを持ったあいつが呆れた顔で立っていた。

「なんでいんの?」

 可愛い彼女を腕にぶら下げ、とっくに下校したはずだ。

「別に。忘れ物」

 そう言って、自分の机に手を突っ込み、スマホを取り出した。

「じゃあな」

 スマホを持った手をかざし、あいつが背を向ける。

「なあ、あの女のこと、好きなの?」

 背中に向かって訊いた。

 好きなわけ、ないよな。

 だってお前は、俺を好きだと言った。青ざめた、緊張した顔。震える唇で震える声を絞り出し、「お前が好きだ」と確かに言った。

「好きじゃなくても抱けるの?」

 意地悪な質問だった。息を止めて、吐くまでに時間がかかった。

「抱けるよ」

 吐くと同時に言った。俺に向き直り、目を細め、薄く笑う。

「お前だと思って、抱いてる」

「は?」

「心の中で変換してる。俺は、お前を抱いてるんだ」

 気持ち悪い? 最低だろ、と酷薄に笑い、呆然とする俺を置いて教室を出て行った。

 片耳を、つんざくような大音量。

 イヤホンをむしり取る。

 まだうるさい。

 耳元でドクンドクンと鳴り響くやかましい音の正体が、自分の心臓だと気づく。

 体が急激に熱くなる。

 男に好きだと言われ、意味がわからず突き放した。

 無理だ。

 その一言で終わったはずだった。

 他の女と手を繋ぐのを見てイラついて、俺を好きだと言ったくせにと内心で責めた。

 わからない。自分が何をしたいのか、わからない。

 一つだけわかるのは、気持ち悪いのは俺のほうだということ。

 女を抱きながら、俺を重ねている。

 腹の底から、勝ち誇った笑いが込み上がる。

 窓の外。校庭を歩くあいつの後姿が見えた。校門で待ち構えていた女が腕に絡みつく。

「あーあ、可哀想に」

 一人ごちる。

 あいつが振り向いた。距離はあるが、俺を見たのはわかった。

 俺を見ている。

 あいつはいつでも、俺を見ている。


〈おわり〉

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