第8話 解放

 大きかった。

 

 それはレオンティーヌ達の予想を遥かに越えるものであった。

 

 屋敷の屋根の高さと変わらぬ背丈。大木の幹の様に太い四肢がこれも、大きな岩盤の様な胴体から生えている。

 

 巨人族ギガンテス

 

 伸び放題の髪と髭。赤い布切れの様なよはや服とは呼べない物を体に巻き付けているだけの姿。

 

 その手には一振で屋敷を破壊しそうな程の棍棒を握っている。それが三体いるのだ。

 

「でかいな……」

 

 ゆうに十メートルは越えているだろう。女性としては大柄なレオンティーヌでさえ、巨人族ギガンテスと比べると小人である。

 

 それを感心した様に見上げているレオンティーヌ。

 

「カルラ……エメリーヌ達は私とデシデリア、そして他の隊員達で護る。もう遠慮はするな。周りを気にせずやってやれ」

 

 その言葉を聞いたカルラがにやりと笑う。あの一段階目の魔獣に苦戦していたカルラとは違う顔つき。そして、レオンティーヌは歴戦の四人の隊員達へと合図を出した。それを見た四人も頷き、カルラと同じ様に笑った。

 

 何が起こる?

 

 デシデリアは何時でも魔銃を発砲出来る様に構えている。しかし、カルラと他四人の笑みの意味が気になっていた。

 

「私の合図で巨人族ギガンテスの頭部に向けて発砲しろデシデリア。その発砲が始まりだ」

 

 大きな地響きをさせ近づいて来る巨人族ギガンテス。しかし、レオンティーヌは全く動じない。それどころか、まるで動物園で珍しい動物でも見ているかの様な表情である。

 

「カルラは中央、四人は左右の二体をそれぞれ攻撃。準備は良いか?」

 

「応っ!!」

 

 大きな声で応える五人。

 

「デシデリア、発砲用意っ!!」

 

 デシデリアが巨人族ギガンテスの頭部に狙いを定めた。巨人族ギガンテスの濁った目が小さな十二歳の少女を睨みつけている。一口でデシデリアを飲み込んでしまいそうな大きな口から涎が垂れている。

 

 独活の大木。

 

 何故かそう思った。

 

 あれだけ大きな体をした巨人族ギガンテスに対して恐怖を感じない。

 

 先程まで力の入っていたデシデリアの体から、すうっと力みが消えていく。自然体である。それを見たレオンティーヌがにやりと笑った。

 

「撃てっ!!」

 

 レオンティーヌの号令と同時に引き金を引くデシデリア。続けて二発、三発と、三体の巨人族ギガンテスの頭部に命中し、轟音と共に炎に包んでいく。

 

 仰け反る巨人族ギガンテス

 

 それを機にカルラと四人の隊員達が巨人族ギガンテスへと攻撃を開始した。

 

 後に残されたレオンティーヌとデシデリアと他の隊員達。しかし、油断は出来ない。敵が巨人族ギガンテスだけとは限らないからだ。あの紅蓮の魔女Bruja carmesíが仕掛けた罠に一段階目の魔獣よりは強いであろうが、正直、巨人族ギガンテス三体だけでは物足りない。

 

 カルラが大剣を構え巨人族ギガンテスへと向かい走っていく。走りながら、羽織っていたマントを捨てた。本来ならふわりと舞うマント。だが、カルラのマントは違った。

 

 どすんっ!!

 

 何かとても重たい物が地面へと落ちる音。それが落ちる音ではない。

 

副隊長カルラは常に重りウエイトを見に纒い過ごしている」

 

 幾つかの重りを落としていく。その度にカルラの動きが速くなる。

 

 全ての重りから解放されたカルラの動きは人間の出せる速さを越えている。そして、その彼女を竜巻の様に巻き起こる気が包み込んでいた。確かにこれでは先程の様にエメリーヌを守りながらでは本気を出して戦えないだろう。

 

 疾風迅雷。

 

 地面を蹴る足音と上がる土煙だけでカルラの位置を確認しなければならなかった。

 

副隊長カルラの二つ名は風神Dios del viento

 

「あの日以来、隊長の足で纏いになりたくなかった副隊長カルラは、寝る間も惜しみ鍛錬に明け暮れたの。それは本当に凄かったわ。私はそんな副隊長カルラを回復魔術で治療するしか出来なかった。でも、それが実を結び、他の隊員に、そして、憧れであり目標のレオンティーヌに認められ、副隊長あそこまで駆け上がったわ」

 

 短く切られた髪に鍛え上げられた体躯。頬に残る三本の傷。男勝り、否、男を超えていると陰で言われているカルラ。しかし、そんなカルラにはお菓子作りや手芸が趣味と女らしい一面もある。しかも、それはプロ級の腕前。デシデリアも何度もカルラの作ったお菓子を食べた事や、マフラー等を編んでもらった事もあり、その腕前は知っている。

 

 そして、少しドジでもある。他人にも厳しく、自分にはもっと厳しいカルラだが、どこか憎めない性格で、デシデリアも慕っていた。

 

 そのカルラの本気。目で追う事が難しい。天才と言われているデシデリアでそうである。ベニータや他の隊員達はカルラの姿は目で追う事が出来ていない。

 

 本領発揮するカルラ。

 

 大剣の煌めきと共に上がる巨人族ギガンテスの血飛沫。巨人族ギガンテスの叫びが響く。堪らず棍棒をカルラが居たであろう場所へと振り下ろす。

 

「遅い……」

 

 デシデリアが呟いた。振り下ろした場所にカルラはもういない。背後だ。振り下ろした瞬間、既に背後にまわっていたカルラ。そして、大剣で巨人族ギガンテスの右足のアキレス腱を斬った。

 

 巨人族ギガンテスがぐらりとよろめくと、踏ん張りきれず右膝を地面へと着いた。

 

 とんっ!!

 

 地面を蹴る音。

 

 大剣を振りかぶり飛んだカルラ。

 

 

 

 

 

「副隊長に遅れをとるなっ!!」

 

 四人の歴戦の強者である古参隊員達がその手に武器を構え、巨人族ギガンテスへと向かっていく。

 

「散っ!!」

 

 四人のうちの一人が掛け声を掛けたと同時に四方へと飛び散る。そして、そのうちの二人が左側の巨人族ギガンテスを挟む様にして立った。

 

 巨人族ギガンテスは自分を挟んだ小さな人間達を相変わらず濁った目で見下ろしている。

 

「おおおおおぉぉぉぉ——っ!!」

 

 巨人族ギガンテスが咆哮上げた。その振動が大気を伝い隊員達の体に伝わってくる。だが、それに臆する事のない二人の隊員。そのうち、大斧を構えていた隊員が巨人族ギガンテスへと攻撃を仕掛けていく。屈強な強者達が集まる特務部隊の中でも、特に大柄な隊員。身長は二メートル近くはあり、その鍛え上げられた体躯は熊を連想させた。アルトゥロ。隊員の名前である。身の丈よりも大きな大斧を軽々と扱う。そのアルトゥロの体からごうっ!と火山が噴火したかの様に吹き出してくる気の震度が離れているはずのデシデリアにも伝わってくる。

 

 振り下ろされる棍棒をその大きな体躯に似合わない軽やかな動きで躱していくアルトゥロの大斧が巨人族ギガンテスの足の甲へとめり込んだ。

 

 悲痛な叫び声を上げる巨人族ギガンテスへ、さらに別の隊員達が攻撃を仕掛ける。

 

 そんな隊員達へと棍棒を振り回す巨人族ギガンテスだが、大振りの棍棒が当たる訳では無い。確かに当たれば即死を免れないだろう。しかし、周りを気にせず本気を出せる歴戦の強者達には掠らせる事も出来なかった。

 

「当たらねぇよ?」

 

 やはりこちらも大きな気を纏ったセレドニオという名の隊員がにやりと笑う。まるでその名の由来の通り、燕の様に右へ左へと巨人族ギガンテスを翻弄し続けている。そして、その手に構えるレイピアで岩の様な巨人族ギガンテスの体に傷をつけていった。

 

 動きが鈍くなっていく。流石に山の様に大きな巨人族ギガンテスも堪ったものではない。

 

 耳を塞ぎたくなる様な声で威嚇する巨人族ギガンテス。そんな威嚇等どこ吹く風のセレドニオとアルトゥロの二人が視線を合わせ不敵に笑う。

 

「そろそろ、片付けようや?」

 

 

 

 

 

 エウトロピロとヘラルド。まさに特務部隊の中でも真逆の二人。エウトロピオは武具適正テストで五つのSを持つ。レオンティーヌとデシデリアの二名を除き、五つ以上のSを持つ者はエウトロピオしかいない。天才と呼ばれたレオンティーヌの陰に隠れているが、彼もやはり天才と呼ばれた者の一人であった。だが、ヘラルドのSは一つだけ。槍のみ。それ以外は普通の隊員以下であると言っても良い程であった。五つの武具を巧みに使いこなすエウトロピオは瞬く間に特務部隊の中でもトップクラスへと上がって行った。しかし、ヘラルドは違った。槍しか使えない。鍛錬に次ぐ鍛錬。彼はその刺突を徹底的に鍛え上げた。その刺突は恐るべき必殺技へと昇華され、気づけば、彼もアルトゥロ、セレドニオ、エウトロピオと並ぶ特務部隊のエースとなった。

 

「ヘラルド、油断するなよ?」

 

「貴様こそな……」

 

 巨人族ギガンテスを挟み立つ二人はそう言うと互いににやりと笑った。真逆の二人は何故か馬が合った。全く接点のなかった二人。しかし、あの紅蓮の魔女Bruja carmesíとの一戦。天才と呼ばれたエウトロピオ。だが、彼は何も出来なかった。呆然と震えて立ち竦むエウトロピオの前に、あの凡人と揶揄されていたヘラルドが震える足で踏ん張り立っていた。類まれなる努力家。レオンティーヌがヘラルドの事をそう言っていた。誰にも奴には敵わないよとも。その時、エウトロピオはヘラルドの背中がとても大きく見えた。唇を噛む。天才と呼ばれ驕っていた自分。そのくせ、何も出来ずに震えている自分。それを自分へと分からせたヘラルド。紅蓮の魔女Bruja carmesíとの一戦で何とか生き延びた後、エウトロピオは稽古に励んだ。凡人に負けるか。その一心。時にはそのヘラルドと共に稽古をした。気づけば互いに互いの弱点を補える様になっていた。そして、二人はツーマンセルを組む程の信頼を築き上げたのだ。

 

「行くぜ、ヘラルド!!」

 

「あぁ……」

 

 弓を構えるエウトロピオが立て続けに矢を放つ。本来であれば、巨人族ギガンテスの鍛え上げられた固い筋肉を貫通しなさそうな程の細い矢であったが、エウトロピオはその鏃に魔力を込めている。それが深々と巨人族ギガンテスの体へと刺さっていく。一種の魔具まぐである。

 

 さらに矢を放ち続けるエウトロピオ。堪りかねた巨人族ギガンテスが飛んでくる矢へと棍棒を振り回している。

 

 背中ががら空きであった。前から飛んでくる矢ばかりに目が向いている巨人族ギガンテス

 

 どんっ!!

 

 地鳴りがした。

 

 巨人族ギガンテスの後ろで槍を構えていたヘラルドが踏み込んだ音である。その踏み込みと共に槍の穂先が巨人族ギガンテスの体を貫いていった。

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