第7話 紅蓮
その顔を見たレオンティーヌやカルラを含む特務部隊隊員達、そして、デシデリア。
皆が驚いた。
長い銀髪の髪を二つ結びにしている。片目が紅いオッドアイ。しかし、皆はそんな事で驚いたのではない。その顔である。オッドアイと顔色の良くない所を覗いて、デシデリアと同じ顔なのである。瓜二つ。
「見ろ……レーヌ。あれがお前の憎むべき相手だよ」
女がデシデリアを指さしてレーヌへ伝える。
憎むべき相手?
なぜ
そう思ったレオンティーヌがデシデリアへと視線を向けた。じっとレーヌを見詰めているデシデリア。その瞳は大きく開かれ零れ落ちそうになっている。無理もない。自分と同じ顔をした少女がいるのだ。
デシデリアに双子の姉妹がいるとは本人からもあの使用人からも聞いて居ない。隠していた素振りもなかった。
だが、双子と呼んでも差し支えのない容姿をしているレーヌと呼ばれる少女は何者なのか?
他人の空似……なんて言葉では片付けられない。
「さぁ……レーヌ、私らはお
「はい……アドリアナ」
アドリアナとレーヌの二人が屋根の上から去ろうとしている。
それを見たレオンティーヌとカルラ達が後を追おうとした。
「私らに構ってる暇はあるのかい?ほら、術式の第二段階が解除されるよ……残り第三段階。さて、ここからが特務部隊の本当の正念場さ」
アドリアナがそう言った時である。一段階目の魔獣の時とは比べ物にならない
『こいつはやばいっ!!』
レオンティーヌが経験の浅い隊員達に衛生班達を避難誘導させ様としたが、一歩遅かった。
その隙に屋根の上から消えたアドリアナとレーヌの二人。
確かに、アドリアナの言う通り、彼女等に構ってる暇はなかった。追おうとしたレオンティーヌ達の目の前の空間が歪んだのだ。そして、その空間から一人の若い女が現れた。純白のドレスを着た
「お久しぶり、レオンティーヌ。元気にしていたかしら?」
女がレオンティーヌの顔を見ると愛おしげに目を細めてにこりと微笑んだ。その女の笑顔と対照的にレオンティーヌの顔は怒りに満ち、カルラ達は驚きを隠せない。
「貴様は……エルリカ、生きていたのかっ!!」
レオンティーヌの言葉に小首を傾げるエルリカと呼ばれた女。
「生きていた?あら、私は不死身よ、死にはしないわ」
そう言うと一歩歩み寄るエルリカ。レオンティーヌ達の体に緊張が走る。そんな特務部隊達を見て、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そんなに構えないで頂戴。そう言えば十何年ぶりかしらね?」
「カルラ達が入隊した次の年だから、十二年だ」
「あらあら、もうそんなに経つのかしら?」
昔懐かしい旧友に再開した、そんな様子で話し掛けているエルリカとは違い、嫌悪感を顕にするレオンティーヌ。そして、大きく目を見開き、大剣を持つ手が震えているカルラと四人の歴戦の隊員達。ベニータにしては顔が青ざめている。そんなベニータを護る為にデシデリアが彼女の前へと移動した。
「デシデリア……」
「必ず私が護ってみせます」
小さな背中である。自分よりもずっと幼い女の子。震えている。レオンティーヌ以来の天才と言われているこの少女も僅か十二歳なのである。その少女が必死に自分を護ってくれ様としている。
「あの女の人は何者ですか?」
デシデリアが後ろを振り向かずベニータへと尋ねた。
「あの女は十二年前、前特務部隊隊長と副隊長、そして、多くの隊員達を殺した
「
「そう……隊長が入隊して六年目の二十歳、私やカルラ、エメリーヌが入隊して二年目の十九歳の頃よ……とある街で不可解な事件が立て続けに起こってた。その解明の為に特務部隊が送られたの。そこにいたのが……あの瑠愛紅蓮の
デシデリアとベニータの会話が耳に入ったのか、エルリカが二人へと顔を向けた。
「あらぁ……あなたはあの時の泣き虫だった子ね。泣きじゃくりながら負傷してる仲間を必死になって回復してた……」
そう言ったエルリカそこにいる全員の顔を見渡す。
「あなた達もいたわね、大剣を持ったあなたと、そこの男四人」
副隊長のカルラと、歴の長い四人の隊員達を指さした。
「私と対峙してがたがたと震えてたわよね……レオンティーヌの足ばかり引っ張って。少しは強くなったのかしら?そして……」
最後にエルリカが術式を解除しているエメリーヌを見てにたぁっと笑う。
「私の足元にも及ばない癖に必死になって抵抗していた
懐かしそうに話す
くっくっくっくっ……
エルリカが突然、口元を押さえ愉快で仕方がないという顔をして笑いだしたではないか。
「何が可笑しいっ!!」
その姿を見たカルラが堪らず叫んだ。笑い過ぎて出た涙を拭うエルリカ。
「ごめんなさいね……あの時の事を思い出しちゃって……つい……」
まだ笑い足りない顔をしていたエルリカがそれを堪えながら、ちらりとベニータへ視線を向けた。
「ほら、あの子が泣きながら必死に助けてた負傷者を全員、私の魔術で紅蓮の炎に包んだ時のあなた達の顔。それを思い出しちゃってねぇ」
ふぅっと一息つき、カルラ他の顔を順番に見た。
「炭と化して崩れ落ちていくその姿を見て、絶望の顔をしていたあの時のあなた達。本当に可笑しかったわよ」
その言葉を聞いたカルラの瞳が怒りの色に染まり、魔力が膨らんでいくのがデシデリアの体にびりびりと伝わってくる。そして、何かの魔術を唱え様とした。
「貴様ぁぁぁぁっ!!」
しかし、その前にカルラが動いた。大剣を振りかざし、エルリカへと斬りかかろうとしてレオンティーヌの横を駆け抜け様とした時である。
どうした事か、レオンティーヌがカルラを止めた。
「何故っ、何故止めるのですかっ!!」
怒りで真っ赤に染まった顔をしているカルラ。しかし、逆にレオンティーヌは落ち着いた様子でカルラを見ている。
「挑発に乗るな。あれは本体ではなく幻影だ」
「まさか……」
「へぇ……よく気がついたわね、レオンティーヌ。流石と言うべきかしら?」
幻影と見破られ、驚きを隠せないエルリカは、すぐに満足そうな微笑みをレオンティーヌへと向けた。
「ふん……貴様から何も感じないからな」
始めは辺りに漂う
「まさか、再会を懐かしみに来たわけではないだろう」
一歩、そして一歩と、エルリカへと近づいていくレオンティーヌ。
「あの時の私達だと思うなよ?」
今度はレオンティーヌがエルリカへ自信に満ちた笑みを浮かべた。ぴくりとエルリカの眉が動く。初めて笑みが消えた。しかし、すぐに得体の知れぬ笑みへと戻る。
「しばらく見ないうちにお口が達者になったわね……レオンティーヌ」
「ふん……口だけかどうかは、貴様がここに来てみると分かるさ」
むわり……
レオンティーヌの気がその体に収まりきれず、辺りに漂う魔気を飲み込む程に溢れ出てきている。そんなレオンティーヌの様子を見ているエルリカがふぅっと一息ついた。
「まぁ、もう少しあなたと話しがしたかったんだけど、私もそんなに暇じゃぁないわ」
そう言うと何やらもにょもにょと呪いを唱え出した。魔気が濃ゆくなる。息が詰まりそうな程に。
「私が相手をしたいのは山々なんだけど……それから、そこの小さな隊員さん。あなた……私のところへ来ない?」
突然、自分へと話し掛けられ戸惑うデシデリア。魔銃を持つ手が震えているが、エルリカの誘いを断る様に鋭い目付きで彼女を睨んでいる。
「ふふふ……良い目をしてるわ。震えながらも睨みつける。ますます欲しくなる。まぁ、気が向いたらおいで、私は何時でもまっているから」
両の口角を上げにたぁっと笑うエルリカがぱちんと指を鳴らす。すると、五つの石の置いてあった方向からどす黒い魔気の柱が天へと伸びていく。
「さぁ、頑張りなさい」
冷たい微笑み。そして、エルリカの体が薄くなっていく。
「一つだけ答えろ、
「五年間前……いえ、それは私ではないわ。仕掛けたとするなら……でも、教えない。私のところに生きて来れたなら教えてあげるわよ」
言い残したエルリカの体が完全に消えてしまった。だが、どす黒い魔気の柱は一向に衰えない。
「何が来るかは分からんが、詰所の隊員が来るまでは、何としてでも踏ん張るんだ」
「はいっ!!」
カルラを含む隊員達の声が庭に響く。
「ベニータと他の班員達は、疲れているところすまんが、我らのサポートを頼んだ。それとデシデリア、他三名は何が何でも彼女らを護れ」
「はい、隊長っ!!」
恐らく一段階目の魔獣以上の魔族が来る事だけは分かる。先程から庭中に立ち込める魔気(まき)がそれを物語っているからだ。そして、天を突くどす黒い柱。
デシデリアの後ろからベニータ達の魔力が充満していくのが察知できた。何時でも何らかの魔術を発動出来る様にしているのだ。
「デシデリア、あなたに神の御加護があります様に」
ほんわりと自分の体が暖まっていくのが分かる。ベニータ達のの守護魔術がデシデリアの体を包んでいく。デシデリアだけではない。その場にいるレオンティーヌを含め全隊員の体も仄かに光っていた。
「まずは守護魔術をかけました。これで多少の魔術や攻撃には無傷で耐えられます」
「ありがとうございます」
デシデリアが礼を言う。それに無言で優しく笑みを返すベニータ。そして、自分の帯刀していたレイピアを渡した。
「その支給品のレイピアよりもましな業物です。使ってデシデリア」
受け取ったレイピアを握り締める。その重み、ベニータの気持ちが小さなデシデリアの掌に伝わってくる。
自分の先にいるレオンティーヌ。その広く心強い背中。
「来るぞっ!!」
レオンティーヌが隊員達へと叫んだ。
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