亡き者の産声
朝、目が覚めてステージへ行くと、小さな少年が丸くなって眠っていた。
この劇場では時々、こうして知らない人が眠っていることがある。
それは、彼等がこの劇場を求め彷徨っているから…。
きっとこの少年も長旅だったに違いない。
胸に大事そうに抱えているのは…きっと台本だろう。
「……って…僕を置いて行かないで!!」
どうやら悪い夢でも見ていたのだろう…勢いよく上体を起こし息を荒げている。
「あれ…ここは……?」
状況把握をしようと見渡す視線が私を見つける。
「初めまして。私の名前は愛華よ」
「えっと、僕は…」
「しーっ」
自分の名を告げようとした少年の言葉を遮るように、人差し指を口元にあてる。
「貴方が名乗る必要はないわ。それに、此処へ来たという事は…」
「…はい。僕は、生まれることなく弔われた存在です」
客席を眺めながら語る少年の瞳がキラリと光る。
「おば…お姉さん。こんな僕が、まだ
少年の視線はまるで『否定してくれ』と訴えているようだった。
「実は…私も浴びたことがないのよ」
「そうだった…んですね」
「もしも、舞台を生命の誕生に例えるのなら…。オーディションや顔合わせは受精、そして長い稽古という妊娠期間を経て幕は上がり、産声を響かせる……はず、だった」
「僕は…僕だけが……
「貴方が此処で求めていることは、幕をあげる事でしょう?そのためには何が必要かわかる?」
「この…台本ですよね」
少年は、胸に抱えていた台本の表紙を撫でる。
「たくさん練習したのね、手汗で皺になっているし下の部分がカールしてるもの」
「だけど…結果的に僕は違う肉体で産まれることになったんだ……」
「この劇場では、一度だけ幕を上げる事ができるけれど…どんな事が条件かわかってる?」
「はい…。この台本を燃やす事、消す事が条件なんですよね…」
「そうよ。貴方が望む公演が終わったら、その台本も貴方も消えてなくなるわ」
「それでもいいのなら、私の手に台本を。そして、貴方が望む劇場を思い出して」
「いいんだ…。僕はただ、一緒に生まれるはずだった皆へ『さよなら』が言いたい」
少年は、しばらく台本を見つめた後私の手に台本を置いた。
「もしも…もしも心残りがあるとするのなら、僕の誕生を待ち望んでくれていた人達に会いたかった。僕の事を見て欲しかった。でも、ダメなんでしょ?」
「そうね。申し訳ないけれど、
「どうしてか…知りたいな」
「貴方の肉体になるはずだった人が、仮に犯罪を犯してしまったり炎上したりして、それを知ってる人が貴方を見たらどう?貴方の姿を見る度に連想する事でしょうね。『薬物・窃盗・暴行・熱愛・浮気』…他にもたくさん。貴方の姿を見る度に、余計なモノを連想させてしまうのは良くないでしょ?」
「そう…か、そうだね。それは他の皆にも迷惑をかけてしまうね」
「だから、この劇場に訪れる観客は出演者の事も作品の事も知らないのよ」
少年は少し悔しそうな表情をしながら聞いていたが、私が台本を持って機材置き場へ行くのを見て舞台袖へと行ってしまった。
開演ブザーが鳴り、今日もまた幕が上がる。
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