第31話 龍の城

 とりあえずの危険はなさそうだということで、全員を崖の手前まで移動させる。

 列が詰まって護衛しやすくなったので、後衛だったネルがぼくのところまで来てくれた。

 その間にも、子供が泣いてるような声は断続的に続いている。ような、というか……泣いてる。


「“助けて”って、いってる?」

「……みたいだね。でも、無理じゃないかな」


 あの龍、ここから見えてる部分だけでも二十メートル六十フートを超える。それがゴッソリと埋まっているのだから、ひとの力で抜けるわけがない。頭の先から尻尾の先までだったら三十メートル百フートはありそうだ。


「じゃあ、埋もれてる瓦礫の方を片付けてあげるとか」

「なるほど。それなら大丈夫かな」


 ネルの提案に乗ってみることにした。カイエンさんたちには崖の上で待機していてもらって、ぼくとネルのふたりだけで森への縄ばしごを降りる。


「魔物の気配は、ないみたい」

「うん。ネルが大物を一掃してくれたからね」


 ふつう、大きな脅威が消えたら小さくて弱い魔物が戻ってくるものだが、通り抜けた森は妙に静かで、生き物はどこかに逃げていったようだ。

 それはそうか。すさまじい量の岩やら土砂やら瓦礫やらが降ってきて、文字通り“山のように”なってるんだから。落下してきたときには、すごい音や揺れが……


「……してないな」

「どうしたの、アイク?」

「これだけの物が落ちてきたら、ぼくらも物音や揺れで気付いたと思うんだけど。ぼくは感じなかった」

「あたしも。もしかして……あれ?」


 ネルとぼくは、前に開口部があった辺りを見上げる。


「転移魔法陣が消えてるね。あれが落下の衝撃を和らげたのかと思ったんだけどな」

「あ、ちょっ、……だれか、しょこの、ひと! た、たしゅけてぇ……」


 こちらの声か気配に気付いたらしい龍が、ブンブンと尻尾を振ってアピールを始めた。

 見た目は巨大な龍なのに、なんだか言動にすごく愛嬌がある。実際に助けられるかどうかはわからないながらも、手を貸してあげたいとは思ってしまう。


「ちょっと待ってな、いま岩をどかすから」

「それが、すんんんっごく……おもくて、うごかないの……」

「大丈夫、魔法で収納して、外すだけだし」


 たしかに、龍の首回りは折り重なる岩と巨木でガッチリと押さえ込まれていた。動かすのは無理でも“収納ストレージ”に入れれば、どうにかなる。最初は、縦横奥行きともに十五メートル五十フート近くはありそうな大岩。容量を圧迫しないように、収納したらすぐ横に放り出す。続いて、もう少し小さいけどくさびみたいにめり込んでいた岩盤。ぶっとい根が絡まって龍の身動きを封じていた十メートル三十フートほどの大木。あとは大小の木や岩を収納しては捨て、龍の首回りをどんどん軽くしてく。


「まだあるの? 君の首、ずいぶん長いね」

「も、もうちょっとぉ……」


 いくつも噛み合わさって首輪みたいに拘束していた金属片を、邪魔そうだったので無理やり剥いで捨てる。


「……アイク!」


 地べたに転がった金属片からバチバチッと青白い魔力光がほとばしって、魔道具だったことがわかった。

 やっちゃった。首輪、じゃない。これ、首輪だ。たぶん、何かの拘束具。この龍、どこかで封印されてた邪竜とか?


「ぷっはああぁーっ♪」


 ……いや、それはないかな。当の龍はホッとした顔で首を振り、満面の笑みを浮かべてぼくに手を振っている。


「ありがとぉおお……! どうなることかとおもっちゃったぁ!」


 えらく表情豊かな顔を見て幼げな声を聞いているとサラッと受け入れてしまいそうになるが、これは間違いなく異常だ。ふつう、龍は喋らない。単なる魔物の上位種であって、飛んで火を吐き獲物を喰らうだけだ。

 古文書に残っている伝説の(史実かどうかは定かではない)古龍の話でも意思の疎通は念波とやらで漠然とした感情のやりとり程度だったらしいし……


「君は、なにもの?」

「ぼくは、“宮龍パレスティリア”だよ♪」


 そんな……“どう?”って顔で見られても、そんなの魔物としても伝説の生き物としても、聞いたこともない。


「ネルは、わかる?」

「ううん。でも、ドラゴンにしては、気配と魔力も生命力もいびつに入り組んでて、平坦。あなた、蘇生屍鬼アンデッド?」

「ちがぁーう!」


 拗ねた幼児のようにジタバタする巨大な龍を見ていると、ピコリと簡素なステータスが表示された。


・名前:パレスティリア(999)

・職業:宮龍(レベル999)

・HP:9999/9999

・MP:9999/9999

・SP:9999/9999

・PP:9999/9999

・スキル:“愛着らぶ”“安寧ぴーす


 ぼくの“窃視ヴォイエ”の効果なんだろな。いくつか知らないパラメータもある。スキルもなんか変だ。いろんな数字が上限停止カンストしてるし。だいたい龍は“職業”じゃない。

 それに、この数値……たしかに生き物じゃなさそう。


「ねえ、もしかして君……超古代遺産オープス?」

「そう! ぼくは“高機能特化人工生命体”、略して、“高生こうなま”!」


 いや、なんかおかしい。法則性なのかセンスなのか頭脳なのか、わかんないけど。


「いま考えた!」

「……頭脳アタマだったか」


 機嫌良さそうに尻尾を振っている姿は可愛とはいえ、どうにも“高機能”と結びつかない。


「ねえパレスティリア。君は、何ができるの?」

「パレスティリア、宮殿パレスになるよ!」

「……え?」


 いや、意味がよくわからない……と伝えるより早く、宙に伸び上がった龍はとぐろを巻くように広がって、円筒状に膨れ上がり……


「「え、ええええええぇ……⁉︎」」


 幾分こじんまりとした、白い宮殿へと姿を変えた。

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