第12話 震える村

「……おう」


 ぼくは自分が勘違いしていたことに気付く。人喰い鬼オークの巣と思っていた場所には、岩や植物や魔物素材、何かの廃材を寄せ集めて作ったらしい小屋が並んでいる。サイズを見る限り、住人は明らかにオークではなく人間もしくは亜人だった。


 オークの巣に獣人やドワーフのひとたちが引きずり込まれているのではないかと思ったが、逆だ。ここにあった亜人の集落を、オークが占拠しているのだ。

 ここに来るまでにぼくが出会ったのも、仲間を奪還に来たひとたちではない。若い女性や子供ばかりだったので疑問には思ったが、彼らはいま捕まっているひとたちに逃がしてもらった側だ。


「なんで、こんな場所に……」


 難関ダンジョンの最深部のさらに深く、そんな地の底に暮らしているひとたちがいるとはさすがに思ってなかった。もしかして仔猫ちゃんたちは落ちてきたり迷い込んだりしたのではなく、ここで生まれ育ったのか。

 ダンジョンの上は王国の領土だけれども、ここはどういう……


「いや、疑問は後だ。まずは集落の奪還だな」


 レベルリセットから立ち直ったばかりの“守護者”なんて、戦闘能力は新人からようやく脱した五級冒険者くらい。敵はオークが三体、しかも一体は超巨大な群れの長アルファと考えれば、ぼくがひとりで突っ込んでいったところで殺されるのがオチだ。

 分銅入り革帯スラッパーなんて効かないどころか届きもしないしな。


 周囲に散らばる人間か亜人か不明な反応が、消えかけているのも気になる。時間がないので、ぼくは仕方なく危険な賭けに出た。


「おい、ここだ! 元気なエサが来てやったぞ!」


 反応はすぐに返ってきた。短い叫びとともにデカい塊が投げつけられたのだ。近くの岩にぶつかってべチャリと潰れたのを見て、オークの死骸だとわかった。これ、元は仲間のはずなんだけどな。人喰い鬼は死者に敬意を持たないのか。


「オオオオオォッ!」


 突進する勢いのまま、三体がまとまって棍棒を振るってくる。左右と上から逃げ場を塞ぐように、ぼくが声を発した位置へと連打が正確に叩き込まれた。“隠遁ステルス”を掛けてあるので認識阻害効果で姿は見失っているが、いつまでもごまかし切れない。オークの敏感な嗅覚は、すぐにこちらを捉える。

 ぼくは両手にひとつずつ持ったクロスボウを立て続けに発射する。右手から放たれたやじりが手前の子分を貫く。猪首の頭は命中させるには的が小さい。分厚い胸板に突き立ったものの、当たりが浅いのは明白だった。

 左手から放たれた鏃をアルファは気配だけでかわす。これは、思った以上に難敵だな。両手のクロスボウを収納すると、装填済みのものと入れ替える。向き直ったアルファが筋肉を収縮させ、まだ無事な手下を盾にして背後へと飛び退すさった。

 こちらに突き飛ばされた手下オークが両手から発射された鏃を受けてよろめく。最初に射止めた方は早くも痙攣を始めている。即効性の神経毒とはいえ、体躯の大きい魔物には効果が現れるまでかなりの時間が掛かる。腕に覚えのある猟師や冒険者でも、その間に捕まって殺される例も多い。


「グォ、ォォオオ、オ……」


 泡を吹いて呻きながら身悶える手下たちを、生き残った大型オークは無表情な目で眺める。こいつ案外、知能は高そうだ。先ほどの咆哮は仲間を殺された悲しみや悔しさではなく、に手を付けられたことへの怒りだろう。


「さあ、どうする」


 ぼくはまた新しいクロスボウを取り出した。こちらの鏃には毒が塗られていて、発射後に再装填までの隙を突くのも難しいとわかっただろう。姿勢を低くして走り去ると、建物の陰に回り込もうとする。その背中に突き刺さった鏃は角度が甘かったようで弾かれた。毒も表皮を掠めただけでは効果を期待できない。


「ォオッ!」


 人質にするつもりか、アルファは倒れている村人の頭をつかんで、こちらに示す。虎獣人のように見えるが、暗くてハッキリしない。魔力と生命力の反応は、わずかながら残っている。ただ意識はないのか、頭を鷲掴みにされた状態でプラプラと力なく揺れているだけだ。


「“抵抗すればこいつを殺す”って? そんなわけないよな」


 笑って肩をすくめると、オークの顔が歪む。言葉は通じないとしても、身振りと感情くらいは理解している。その上で、次の手を考えている。


「お前は、ぼくが何をしようと殺すつもりなんだから。ぼくも、そのひとも、他の住人たちも、全部だ。殺すのは単なる順番でしかない。そうだろ?」

「オオォオォ……」


 憎しみに満ちた唸り声。身を屈めていても、三メートル十フート近い巨体なのがわかる。これほど大きなオークは、地上にはいない。身を潜められる場所もないし、身体を維持するだけの餌にも事欠くからだ。

 ダンジョンでも、ごく稀に最深部の“魔素溜まりスラッジ”近くに現れる例があるだけ。こいつは、餌ではなく“原生魔素マナ”で育った“変異型ミューテイト”だ。個体差が大きく、その魔物本来の形質キャラクタから掛け離れている可能性もあるので油断できない。


「“収納ストレージ”」


 後ろ手に持っていた棍棒をこちらに振り抜こうとしたところで、それを収納する。バランスを失って泳ぎ掛けた身体に、横から“防壁バリア”で指向性を持たせる。倒すほどの力ではないが、よろめかせる程度の効果はあったか。手元からこぼれた人質の獣人が、ゆるい軌道でこちらに飛んでくる。


 まるで、こちらに受け取らせるかのように。


 そこに意図的な匂いを感じ取って、踏み出しかけた足を止める。変異型オークは、抱き留めようとして無防備になったぼくに攻撃を加えるつもりだ。


 ぼくは空中の獣人に駆け寄ると、“回復キュア”を込めた両手突きで跳ね飛ばす。互いに逆方向へと分かれて転がったふたりの間に、蹴り足での強烈な一撃が叩き込まれた。抱き留めていたら肉片に変えられていただろう。

 ぼくは遮蔽を縫って走りながら投石器スリングを振るう。目玉に銑鋼てつクズ弾を打ち込むつもりだったが、頭を振って逃れられた。ぼくの十倍はありそうな体重で、なんて俊敏さだ。

 持久戦になるのはマズい。こちらの体力は、またも限界が近付いている。少しずつ底上げはされているが、それでもレベルはせいぜい一桁。本来は標準サイズのオークが相手でも殺されかねない脆弱さなのだ。


「さあ、どうするか……」


 ぼくは、わざと口に出して考える。これは考えをまとめるときの癖だ。勇者パーティでは、ひどく気持ち悪がられたけどな。


「クロスボウは品切れ、スリングは効果がない。スラッパーは論外、剣や槍は気休めにもならない。となると……」

「オオオオォ……ッ!」


 巨大オークの圧力が迫るなか、背後から明るく弾む声が返ってきた。


「あたしの、出番。でしょ?」

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