第10話 くすぶる怒り

「イーフル、この先に他の怪我人はいた?」

十メートル三十フート先、二股の道を右奥に少し登ったところ。怪我してる子。たぶん、ふたり」

「わかった」


 急いで進むと、イーフルから聞いた道の先に反応があった。ただし、ひとりしかいない。片方は逃げたか、もう死んでしまったか。いまのぼくの“探知サーチ”では、周囲に他の反応は感じられない。

 近付いた岩陰に、小さな子が丸まっていた。ふわふわのクセ毛に、小柄でしっかりした体型。ドワーフか。


「助けに来た。声を出さないようにね」

「え?」


 もうひとりの子も一緒だ。そちらもドワーフのようだが、仰向けに倒れたままピクリともしない。死にかけているのか魔力が微弱で、これでは触れるほど近くまで来ないと低レベルの探知では見付けられない。覆いかぶさっていた方の子は仲間に治癒魔法を掛けようとしていたらしいが、本人の魔力切れであまり効果がない。


「よく頑張った。代わるよ。少しだけ離れて」

「だめ、わたし、が……」

「そのまま続ければ、君か友人か、少なくとも片方は死ぬ。下手すると両方死ぬよ」


 必死にすがり付こうとするドワーフの子を引き剥がして、意識がない方の傷口に“浄化クリーン”を掛ける。続いて、“治癒ヒール”と“回復キュア”。オークに襲われた怪我か。左半身の骨が砕けて、あちこちに傷口が開いている。傷は塞ぎ骨も繋いで、生き延びられるようにはしたけど痕は残るかもしれない。これ以上の治療は、意識を回復してからだ。


「よし、次は君だ」

「わたしは、いい」

「そうはいかない。友達が目覚めたとき、君が死んでたんじゃ、責められるのはぼくだ」


 ふたり目を治療しながら、彼らが女の子だと気付いた。顔も体格も似てる。怪我は打撲と擦過傷くらいだったので、“浄化クリーン”で消毒した後、“回復キュア”を強めに掛ける。落ち着いたところで、収納から取り出した堅焼きビスケットと水の革袋を渡す。ドワーフの好物は知らない。干し果物をいくつか追加する。


「後で拾いに来るから、これ食べながら隠れてて。意識が戻ったら、もうひとりの子にもね」

「あ、あの……あなたは」

「アイクヒル。アイクと呼んでくれるかな」

「アイク、さん。わたしは、ミーアス。メーアスを……妹を助けてくれて、感謝してる」

「彼女が生き延びられたのは、君が頑張ったからだよ。君は良いお姉さんだ、ミーアス」


 涙ぐむ彼女に笑顔で手を振って、ぼくはさらに奥へと進む。

 なんか、変な感じだ。足元がフワフワしたようになってる。頭が、顔が、全身が妙に熱い。腹の奥に差し込むような熱もある。目の前が揺らいで、冷静さを失っているのがわかる。


「なんだ、これ」


 ぼくは自分で自分に呆れる。いままで、知らなかった気持ち。知識としてしか、わかってなかった。

 ぼくは、いきどおってる。他人のために。必死で仲間を守ろうとしていた弱者たちのために。彼らが虐げられ踏みにじられ死んでいこうとしていることが、許せないと思っている。


「……ははっ、自分が殺されかけたときには、何にも感じなかったっていうのに」


 岩陰を縫って大きく回り込んでゆくと、“探知サーチ”に巨大な魔力が右往左往しているのが感じられるようになった。弱った移動中のものがふたつ。その向かう先には大きなものがふたつと、桁違いに大きなものがひとつある。どれも人間や亜人のサイズではない。

 やはり、オークの巣だ。ぼくが半死状態で逃した個体が巣に戻ったんだろう。移動するごとに弱まっていた魔力は、瞬いて消えた。ちょうど良いところまで移動して死んだか。

 ふたつ消えて、残るは大ふたつに特大ひとつ。


「グアアアアアアアァ……ッ!」


 巨大な咆哮がダンジョンの地下空間に響き渡る。群れのボスアルファらしい大型のオークが、配下を殺されたことで怒りを露わにしているようだ。


「怒るのはまだ早いよ」


 大型オークの叫びを聞きながら、ぼくは小さく笑う。


「本当の惨劇は、これからだ」

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