暗躍者の私情
田村サブロウ
掌編小説
「ねえ、どうして放火しないの?」
同業者のカスミが言い放った物騒な言葉に、レンは耳を疑った。
「いきなりなにを言い出すんだ、カスミ」
「訓練学校で習ったでしょ? あらゆる証拠の隠滅に炎は有効な手段だって。なのにレンくん、君ってどんな任務でも放火しないよね」
「そうなのか? 妙なことに気づくな。特に意識したことはない」
「あれ、無自覚? じゃあ、ますます原因が気になるね」
「ふーむ」
自分のことだからか、カスミの追求にレンも興味がわいた。
メンテナンスが終わった銃をいったん机に置いて、考えてみる。
原因になりえる出来事が過去に起こらなかっただろうか?
記憶を洗い直してみて、ひとつ思い当たることが見つかった。
「……推測になるが、オレの両親がふたりとも火事で死んだからだ」
「あれ? てことはレン、君は暗殺対象に自分の親と同じ死に方をしてほしくないって思ったりしてるのかな?」
「おそらく、無意識のうちにな。カスミの認識は正しいと思う」
今でもレンは当時の記憶を鮮明に思い出せた。
薄暗い病室で並んで横たわる、人の形をした2つの黒い物体。
顔の部分に白い布を当てられたそれらを、自分の両親だと言った医師の声。
全身から力が抜けて、膝から崩れ落ちた時の床の冷たさ。
あの焼死体を見た時が、レンの暗躍人生の始まりだった。
もし自分が無意識のうちに放火を任務から避けていたのなら、ほぼ間違いなくこの過去が原因だ。そうレンは確信した。
「ふーん……ねえレン、ひとつ提案があるんだけど」
「なんだ」
「次の任務。政府に反抗的なグループの首魁の暗殺だけど。証拠隠滅に放火が必要な暗殺計画なのよ」
「知っている。それがどうした?」
「その放火、レンの役割だったよね。わたしが代わりにやろうか?」
心配そうなカスミの顔を見て、レンは彼女に気づかわれていると悟る。
その配慮はありがたいが、無用な心配だ。
「いや、オレがやる。仕事に過去がどうとか言い出すのはプロじゃない。自分の役割は自分で果たさないとな」
「でも、レン」
「気持ちだけはありがたく受け取っておくよ」
銃を内ポケットにしまいながら、レンはカスミと拠点を後にした。
暗躍者の私情 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
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