第8話

「ちょ!ちょっと待て!」


 腰を九十度曲げて、ヒャッハー!これで自由だぁぁぁ!!とか思いながら酒場を後にしようとすると、何やら慌てたーーーーというよりも、信じられないと言った様子の勇者。


「お、お前!なんでそんなに喜んでるんだ!この俺のパーティーから追放されるんだぞ!?」


「? なんで逆に悔しがらないといけないんだ?」


 これで悔しがるやつは相当なマゾヒストとか言うやつだと思う。


「はぁ!?」


「いいか。この際もうお前のパーティー抜けたからやっとお前の不満言えるんだけどさピー(自主規制)だし、ピー(自主規制)で、ピーーーー(ものすごい悪口)で、この通りにほんっっっっぅっっっっっっっっとにストレス溜まりまくってさ…………ほんと、うっかりお前を殺す一歩手前まで来てたんだよ」


「お前!?この俺に向かってーーーーー」


ちょっと黙れボケしばりあげろ


 俺がそう言うと空中から蔓の植物みたいなのが出てきてから、奴の手足を縛り上げ、ついでにあいつの口も塞いだ。


「うーーー!!」


「ハッ!いい気味だなぁ勇者サマ……どうだ?いつも見下してた役立たずにこうやって何も出来ないで縛り上げられるのがよう」


 うわぁ、ものすごい顔。イケメンがほんと台無しだなこいつ。目だけで人を殺せそうな形相だ。


 まぁ、全くもって怖くないんですけど。


「どうして俺がお前みたいなへぼ魔法使いにとか思ってるだろうけどよ……俺さ、神童なんだよ。知ってるか?神童」


 自分で言うのもあれだが、俺は天才だ。魔法学園を飛び級で卒業してる奴は皆天才だと口を揃えるが、俺はその中でも異色。


 だって、俺は魔法に


 どういう意味かって言うのはそのまんま。俺は魔法に愛されているから、適当な呪文でも強力な魔法が打てるし、魔法に愛されているから、魔法なんて効かない。


 そして、魔法は神が人類に与えたものだとされてる。


 正しく神童。に愛された


 たかが聖剣に選ばれたからってなんだ?こちとら神に愛されてるんだよ。次元が違うんだよ、次元が。


「じゃあな勇者。もう二度と会うことはねぇだろうな」


 そして、今日報酬として貰った金の入った袋を持って振りかぶる。


「あばよ!お望み通り消えてやるから、二度とディルソフ家の敷地を跨ぐんじゃねぇ!」


「ぐはっ!?」


 そして、力のあらん限りに投げた金がやつの顔面にクリーンヒット。顔が思いっきりのけぞって、やつの鼻からなんか赤いのが見えた気がする。


「………悪いなアリス、ルーナ。お前らも、目標を達成したら適当にこいつ見限っとけよ」


 本当はこの二人も一緒に連れていきたいのだが、それは出来ない。だって、二人には勇者から離れられない理由があるから。詳しくは教えて貰えなかったが、どうやら家の問題でかなりデリケートなようだった。


 未練があるなら、本当にこの二人のことだけ。勇者?知らない子ですね。


 俺は勇者の物すごい何を言ってるのか分からない発音を聴きながら、意気揚々と酒場を出ていった。


 いやー!これですべてから開放される!もうクレームも言われねぇし、ゴミ勇者の理不尽な暴言も聞かなくて済む。


 なんて素晴らしいのだろう。星が瞬く空が何だか煌めいて見えるような気がする。


 さて、とりあえずは姉さんに手紙送って、あとは馬車の用意とーーーーーーーー。









「クソッタレがァァァァァァァ!!!」


 ドン!と人が多い中で、外面をしないで本性をさらけ出した勇者。八つ当たりでテーブルを叩いた。


「あのド畜生……ここまで俺の事をコケにしやがって……」


 勇者の目には、物凄い怒りが溢れ出ている。


「俺は勇者だぞ………あんな一般人にいいようにされるはずないんだ……!なぁ!二人とも!」


 と、勇者は愚かにも隣で飲み物を飲んでいたアリスとルーナに聞く。勇者の中では、アリスとルーナは本当は勇者である俺に惚れているはずと思い込んでいる。ただ、ちょっと好意を表に出すのが苦手なだけだ、と。


 なんという自意識過剰勇者なんだ。精子からやり直せ。


「え?何言ってるのアンタ。それ本気で言ってる?」


 当然、出てくるのは否定の言葉。


「ティルファさんがあなたより弱い?冗談はその顔とその性格だけにして貰えませんか、勇者さん」


「………は?」


 もちろん、そんなこと言われるのは想定外だった勇者は顔をポカーンとさせる。


「さて、ティルファがこのクズに言いたいこと言ってくれたし、私達からは何も言わないわ」


「お金置いていけばいいんですよね?それじゃ勇者さん。私達の前にも二度と現れないで下さいね」


 と、ルーナとアリスも同じように(投げてはいない)報酬の入った金を取り出してからテーブルに置いた。


「それじゃあね勇者。もう二度と合わないことを願うわ」


「さようなら」


「………お、おいおいおい!なんの冗談だよルーナ、アリス!」


「ちょっと、気持ち悪いから名前で呼ばないでくれる?」


「あと触ろうとしないでください。不愉快です」


 手を伸ばそうとした勇者の手を本気で斬るように剣を振り抜いたアリス。流石に勇者は躱した。


「お、おいおい。いいのかよ二人ともそんなことして。俺に反抗したら、お前らの事情はーーーー」


「あ、もうそれは解決したから」


「はい。もう私たちがあなたに縛られる必要性は全くありません」


 二人の事情は既に解決済みーーーーというか、二人の両親が解決させたようにしていた。


 まだ、二人の事情は本当はどうにもなっていないのだが、自分たちよりも娘の幸せの方が大事な両親は、家のことよりも自分の幸せを掴み取って欲しいとの願った。


「ということで、今度こそじゃあね勇者。今度のパーティーは全員あなたのイエスマンだったらいいわね」


「もし、次に目の前に現れたらーーー削ぎ落としますから」


 何とは言わなかったが、酒場にいた男たちが無意識に股間を手で覆った。


 そして、勇者は呆然とした顔で、酒場から出る二人を見ることしか出来なかった。

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