宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(ゴールなんて見えない編)

和泉茉樹

宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(ゴールなんて見えない編)

     ◆


 だから嫌だったんだ、と思わず呟く俺の横で相棒がチラッとこちらを見る。

 ほとんど同時に背中を銃口で強く押される。俺もエルネストも、六人の武装した男、しかもサイボーグに囲まれているのだった。

 どこかじめっとした薄暗い通路を歩いていて、前方に明かりは見えるが、とても歓迎できる気分ではない。

 しかしまさか、逃げ出すこともできず、俺たちはその明かりの中に入った。

「よう、ハルカ、エルネスト」

 部屋には二十人ほどの悪党がおり、壁際に並び、めいめいにこちらを見ている。

 嗜虐的な視線が大半だ。

 部屋には段があり、その上に傲岸不遜な表情の男がいるが、玉座のような椅子に腰掛けている。見るからに金がかかっていそうな、装飾がしてある。

 当の男も、後から移植したために、奴は左右の瞳が色どころか、瞳孔の大きさまでまるで違うものになっている。

 それが威圧的であると同時に、どこか恐怖を煽る。

 奴こそが、悪徳の街とも呼ばれる、惑星ルクザンドーラに拠点を持つ指定組織「イエローカラー」の首魁、ネイキッドシンだった。

「俺たち、久しぶりに会ったよな、ネイキッド」

 俺がそう言ってやると奴の横にいる副官、小柄なハッガ人が一歩進み出る。ネイルという男で拷問吏という二つ名があるが、まるでそれをアピールするように、腰に大小の刃物が見える。

 そのネイルをネイキッドシンが身振りで止める。

「ハルカ、俺をからかっても得はしないぞ。俺はさっきの呼び方が大嫌いだ」

 だったら別の名前を名乗れ、と言いたかったが、やめておこう。

 指定組織を甘く見ると、痛い目を見るどころか、生死にかかわる。それも一瞬で死はやって来ることになる。

「わかってるよ、シン。余計な波風は立てたくない。さっきのはちょっとした笑いを提供したいだけだよ。ここへ来たのも、リキッドクリスタルを運んできたのと、お前に借りている金を少し返そうとしただけだ。それともこれから、ここで歓迎の宴会か何かがあるのかな」

 くつくつとネイキッドシンは笑い、周りにいる奴もさんざめくように笑う。

「なあ、ハルカ。お前の船はどうやって手に入れたんだったかな」

 ああ、それは、と言葉を探すが、余裕もないので、本当のことを言うしかない。

「お前のところの賭場で、圧倒的な幸運によって、莫大なユニオを手に入れて、それで買ったんだよ。よく覚えている」

「それは少し違うな。正確に表現するなら、俺のところの賭場で、強引なイカサマで、ユニオを分別なく掠め取り、船をそれでも借金して買ったんだ」

「まあ、そういう見方もできるが、あの時のエイティエイトはイカサマじゃない」

 どこかで悪党が笑い、それに周りも続く。

 唐突に銃声が響き、一人が転倒して動かなくなった。呻きもしない。

 ネイキッドシンが片手で持っている五十口径拳銃から硝煙が上がっている。その銃口が俺に向く。

「借金の返済が滞っているぞ、ハルカ」

「近いうちに返すよ」

「船をよこせ、と言ったら?」

「あの船が金を運んで来るんだ。困るよ」

 ふむん、とネイキッドシンが目を細め、また銃声。

 俺の足元で火花が散る。

「俺はだいぶ待ったよ、ハルカ。少なくとも今、一〇〇〇万ユニオは工面してほしいな」

「さっき、五〇〇万ユニオを渡したはずだが、さらに一〇〇〇万か? シン、まさかイエローカラーは自転車操業か? 俺たちと同類の? まさかな」

「辛抱の問題な。お前の顔も見飽きたしな」

 これはどうやら、どういう形でこの場を切り抜けるか、なかなかな難題だ。

「なあ、シン、ここはひとつ、賭けで決めないか?」

「賭け?」

「穏便な札遊びで、ちょっと、いや、真剣に、お互いに得のある妥協点を探りたいと思っているよ、俺は」

 またネイキッドシンは笑い始め、またも銃声。さすがに俺は右手を引き寄せていた。銃弾が手を狙ったからだ。反射的に動かしただけだが、もちろん、銃弾は見えないし、外れたのは奴がわざと外したからだ。

「貴様のイカサマに付き合うつもりはない。だが、賭けはいいかもしれない」

 思わぬ展開に、俺は一歩、前に踏み出そうとしたが、横に控えていた男が銃口で俺を制する。思わずバンザイしていた。

「それでシン、何に賭ける?」

「お前、相棒は信頼しているよな?」

 俺の横にいるテクトロンが、わずかに顔を上げた。奴は今までじっと黙って、身動きさえしなかったのだ。

「このテクトロンは、一応、信用しているな。メカニックとして悪くない」

「決闘だ」

 唐突なネイキッドシンの宣言に、周りの悪党が声を上げる。

「決闘ってどういうことだ、シン?」

「俺の方から一人出す。その相手をエルネストがやる。エルネストが勝てば、お前の借金の返済はしばらくは待とう。エルネストが負ければ、お前の船は俺がもらう。いいな?」

「いいなも何も」

 言葉の途中で膝の裏を蹴りつけられ、首筋を銃で強打される。

 くらくらするが、じっと視線をネイキッドシンを向けることはできた。

 奴は笑っていやがる。

 手下どもに引っ張られて、俺は壁際に引きずられた。

 テクトロンの前にはいくつかの武器が置かれる。打撃武器だ。格闘での決闘ということらしい。

 一人、進み出てきたのは相棒に負けない屈強な体つきで、すでに武器を持っている。

 片刃の剣で、巧みに振り回し、風を切る音には迫力がある。

「良いよな? エルネスト」

 ネイキッドシンの言葉に、エルネストは「構わんよ」と言いながら、用意されている柄の長い槌を手に取った。

 その槌には電撃を流す装置があり、打撃を受ければ致命的だが、変な受け方も許されない。

 悪党どもが壁際で野次を飛ばし、その真ん中で、エルネストと悪党が向かい合う。

 悪党が複雑な軌跡で剣を振り回し、構え、また振る。呼吸があるようで、ないようで、混乱する。幻惑なのだろうが、俺なんかあっさりとそれに取り込まれそうだ。

 ぱっとその悪党が踏み出した。

 エルネストが半身になり、後退して、切っ先を避ける。

 槌を振り回すが、剣士は大きく後退し、槌の先が床を打つ。鈍い音が起こる。

 剣が翻り、エルネストがそれを槌の柄で受け止める。

 押し込まれるのをテクトロンが堪えるが、剣士が蹴りで相棒の右膝を打ち、相棒が膝を折る。

 危うく切っ先が奴の頭を削りそうになり、俺は悲鳴をあげそうになった。

 実際には器用なことに槌の柄で切っ先を弾いている。

 おいおい、死ぬんじゃないぞ。

 右膝をかばうようにしてエルネストが立ち上がるが、剣士は容赦しない。

 連続攻撃がついに躱しきれず、受け切れず、テクトロンが傷だらけになっていく。切れ目ができた服に血が滲んでいく。

 エルネストが大振りの一撃を繰り出したのは、どこか苦し紛れに見えた。

 剣士もそれを避け、今度こそ必殺の一撃を繰り出したようだった。

 空気が熱を帯び、歓声が爆発した時、それが起きた。

 エルネストは槌を振り回した勢いで体を回転させ、剣の一撃を槌の長い柄で絡め取り、さらに体をひねる。

 引きずり込まれた剣が悪党の手を離れ、一瞬で宙を舞った。

 甲高い音がする。

 空間の熱が一気に冷めた。

 剣はネイキッドシンの玉座に突き刺さっている。

 悪党の首魁は、わずかに首をかしげて切っ先を避けていた。

「これでいいか、シン」

 言いながら、エルネストが得物を失った悪党の足を槌で打った。音からして骨折しただろう。

 決着だ。

「面白い場面だったよ、エルネスト。枯れてもテクトロンだな」

「大昔に身につけた技さ」

 言いながらエルネストが槌を放り出すと、ネイキッドシンが自分の座る椅子に刺さっている剣の柄に触れた。

 まずい、と直感が告げた時、ネイキッドシンは剣を投擲していた。

 湿った音と、苦鳴。

 エルネストの足元で、悪党が背中から剣を生やし、倒れ込んでいた。すぐに赤い液体が床に広がっていく。

「ハルカ、エルネスト、仕事をしろ。返済はまだ待つことにする」

 そりゃどうも、と言いながら、俺はやっと肩と腕を掴んでいる手下どもを振り払った。

 帰りは俺もエルスネストも、銃口を押し付けられることもなく、発着場の方へ歩くことが出来た。

「お前があんなに格闘技を使うとは、知らなかったよ」

 歩きながらさすがに解放感と安堵感で、軽口が思わず出ていた。相棒は朴訥としている。いつも通りなのが、俺の浮ついた感じを殊更に強調している気もする。

「あの程度は、テクトロンなら初等学校の児童でもやるさ」

「しかし実戦だぜ。お前が殺されるかと、気を揉んだ」

「ネイキッドシンも、試したっていう程度さ。本気なら、もっと別の形で俺たちを追い込む」

 それはあまり考えたくないが、事実かもしれない。

 発着場では我が船、サイレント・ヘルメスが待っていた。

「ここが終点かとさすがに俺も覚悟したが、今は良い。しかしまた戻ってこなくちゃならないとは、不愉快だ」

 ラダーで船に乗り込み、二人で操縦室のそれぞれの席に座る。

「ゴールのないマラソンだな、まるで」

 発進準備をしながら、相棒がそんなことを言う。俺は冗談で答えた。

「ゴールがあるものの方が、実際には少ないさ。ゴールっていうのは、ここがゴールだと決めた時にだけ現れる、幻じゃないか?」

 ユークリッド人のジョークはわからん、と奴は顔をしかめていた。

 始動キーで機関を始動。コアクラッシュ半永久機関はいつも通り、最初はぐずつくが、すぐに安定した。

「さて、次の仕事を探しに行くとしよう」

 ネイキッドシンめ、嫌がらせだろうが、ここで運ぶ荷物を寄越すことはなかった。

 奴は、俺たちがこの後に及んで意趣返しすると思うほど小物ではないが、嫌味な奴だ。

「今回の件は、助かったよ、相棒」

 俺がそう言うと、テクトロンは低く唸った。それだけだった。

「じゃ、行くぜ」

 俺はサイレント・ヘルメスを離床させるべく、ペダルを二つ、ぐっと踏み込み、操縦桿を強く握った。

 ゴールなんかない方がいい。

 どこまでも行ける、ってことだからな。

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