宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(一人の老人の生き方編)

和泉茉樹

宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(一人の老人の生き方編)

     ◆


 ニュエバ星系に程近い座標で待つ、と言われていたが、実際に目当ての相手はそこで待っていた。

 宇宙船だが、不自然な形状をしている。おおよそは筒のように見える。それも宇宙船が入る巨大な筒だ。

 コッポラという名前の船で、持ち主もコッポラと名乗っている。

 我が船、サイレント・ヘルメスは俺の操船で、ゆっくりとそのコッポラの筒の中に進入した。

 通信でやりとりして、最後は自動操縦でヘルメスは筒の中に固定された。

 このコッポラという船は、移動式の宇宙ドックでもあるのだ。酔狂な発想だし、そんなことをしても利益はほとんどない。

 まぁ、あるいは闇商売だから、そうする必要はある、のかもしれないが。ひと所にいられないのだ。

 俺と相棒は操縦室から通路に出て、床にあるハッチを開けて外へ出た。ちょうどコッポラから伸ばされた通路がそこにある。

 やや普通より重力が軽いのを感じながら、通路を進むと、強化外骨格に乗った老人がやってきた。

 しかし老人は俺の腰から上ほどしかない。小人とも呼ばれるツータ人だ。

「悪いね、親父さん。ちょっとした仕事で不調が目立つようになった」

 事前に情報はやりとりしてあるので、この老メカニックもおおよそはもう知っているだろう。

 小さい頭の皺だらけの顔がこれでもかとしかめられる。

「おい、ハルカ、あまり無茶をやると、死んじまうぞ」

「その時はその時さ」

「わしの仕事の集大成が消えるのが惜しい」

 どうやら俺や相棒の命の心配ではなく、船の心配らしい。

 こういうことを冗談ではなく本気で口にする人種がいるが、それほど悪い気もしない。

 俺自身が、新しい航路とかに心血を注ぐ時、本当は大事なはずの何かを度外視したりもするから、理解できると言える。

 老メカニックが値段の交渉を始めながら、通路を歩き始める。強化外骨格の関節が軋む。

「一〇〇万ユニオあれば、何も問題ない」

「俺たちがそんな大金を持っているように見えるか?」

「見えんなぁ。だからつまりは、ローンだ」

「不愉快なワードだが、しかし親父さん、あんたの年齢だと俺たちが返済を終える前に、あんたが自然とくたばるぜ」

「これでもあと百年は生きる。ツータ人は長命なんでな」

 不愉快と言いたくはないが、はっきり言って不愉快だ。

 どうやら俺と相棒が破滅する方が早そうだな。

 銀河連邦の本来的な銀行が金を貸すわけがないので、ダークバンク、闇銀行の世話になるよりない。

 その辺はやっておくよ、と老メカニックは応じる。得意先の闇銀行はより取り見取りだろうな。

 通路から船の中に入り、案内された先は小さな貨物室だった。

 明かりがつけられると、目の前に何か、バラバラに解体された装置がある。なんだ?

「こいつは」

 そういったのは相棒だった。部品の一つに歩み寄り、手で触れ、何かを確認している。どうやら型番が書いてあるらしい。

 その相棒が、目元はサングラスで見えないが、口元で思わずといったように笑みを浮かべながら、老メカニックに向き直っている。

「これは、オッガナ社のエネルギーチャージャーだろ?」

 老メカニックが笑う。

「その通り」

「信じられんな。超長距離レースのマシンに搭載するような奴だ。いや、二年前、装備した船がピュラーターロングランで、優勝した。最後の末脚が話題になった。あれの立役者だ」

 よく知っているな、と老人と我が相棒は笑い合っているが、俺にはよくわからない。

 ピュラーターロングランというのは、一ヶ月の耐久レースで、一ヶ月、無補給で飛び続けるはずだ。ロングランレースの十大タイトルの一つだったか。

「とにかく、高性能なんだな?」

 俺が確認すると、二人ともが嫌そうな顔をしたが、性質は違う。

 まず老メカニックが「高性能が上に高性能だ」と言い、次に相棒が「ものすごい高額だがな」と言った。

 俺としても顔を歪めるしかない。

「別にレースがしたいわけじゃないし、金も余っちゃいない」

 また二人とも嫌そうな顔になる。

 老メカニックが「こいつがあれば誰も追いつけん」と言い、相棒は「最後のとんずらで金を惜しむな」と言った。

 俺にどうしろと。

 俺はバンザイして見せて、マニア同士で話し合いってくれ、とさっさと部屋を出た。

 あのツータ人のメカニックは一人きりでこの船にいるので、通路を歩いても誰かと出くわすことはない。アンドロイドさえいない。

 通路からドックへ出て、我が船を眺める。

 こうして見てみると、だいぶ傷んでいるのがわかる。今回もオーバーホールは見送りになるだろう。とにかく、エネルギーチャージャーを交換することで、もう俺の財布は空になるどころか、月賦という塞げない穴ができ、そこから入った金がみんな吸い出されるのは目に見えている。

 それでも船があるだけ、マシかもしれない。

 通路の手すりに腰掛けて船をじっと見ていると、相棒のテクトロン人が戻ってきた。苦り切った顔をしている。

「へい、エルネスト、初等学校の数学がわからないような顔をするな」

 そう言ってやるが、奴は無言ですぐそばまで来て、「破産する約束をしたようなものだ」と低い声で言った。俺が大仰に目を見張って見せてやる。

「破産しないように、仕事をするしかないな」

 正気じゃないなと言いたげな顔だったが、相棒はもう無言だった。

 しばらくそこに並んで船を眺め、それからやっと相棒は「俺はエネルギーチャージャーを組み立てるバイトがある。お前はいつも通り、食事と洗濯と掃除だ」と言った。

 了解、と手すりから降りると、そこへ老メカニックも戻ってきた。

「ハルカ、仕事の手を抜くなよ」

「そういう親父さんこそ、ヘルメスを大事に扱えよ。貨物室に重要なものが入ったままだ」

「何が入っている?」

「コアクラッシュ半永久機関のための、反応核だ。扱いを間違えると、この三人と全部を巻き添えに宇宙の塵が大量生産される」

 ふざけたことを、と老メカニックは笑ったようだ。

 俺たちはそれぞれに仕事を始めた。

 俺はまず小さなリビングへ行き、そこにある山積みの食料のパッケージのゴミを片付け、汚れたままの食器も洗浄機に放り込んだ。しかし洗浄機は動かなかった。故障かよ。

 仕方なく手作業で皿を洗うしかない、と思ったが、それより先に洗濯を並行しなくちゃな。バスルームへ行くと、ここへ来た時のいつもの常で、大量の服が山になっている。バスルーム自体は比較的、綺麗だ。

 洗濯物を洗濯機に放り込めば、あとは自動で乾燥まで終わる。

 その間に食器を片付けた。皿洗いのあとはキッチンを片付け、次にリビングスペースの雑然とした状態をまともに戻していく。いったい、いつ発行されたかわからない雑誌の山を綺麗に積みああげ、部屋の隅のホコリや細かなゴミも多目的クリーナーで吸い込んでおく。

 そろそろだろうと洗濯物を確認すると乾燥は終わっている。

 それを抱えてリビングに戻り、畳むものは丁寧に畳み、今度は寝室へ向かう。

 小さいサイズのベッドを整える前に、部屋を掃除して、クローゼットに洗ったばかりの服を入れ、棚に畳んだものを並べた。

 この後は料理だ。キッチンへ戻り、食料保存庫を見ると、賞味期限が切れているものばかり。食えないものは全部処分する。処分といっても、再生産装置に放り込む。これで適当な合成食品としてまた食べ物になる。形の上では。

 無事だった食品で料理が終わると、俺はドックへ戻った。

 気づくと六時間ほどが過ぎている。我ながら、働き者じゃないか。

 ドックでは、ヘルメスの三連環ハイブリット推進器が調整されていた。そうしているのはロボットアームで、全部で五本が同時に動いているが、それはすべて、あの老メカニックが操作しているのだから、さすがの技量だ。

 飯だ、というと、老メカニックが「わかった!」と怒鳴って頷いた。

 しかしなかなか作業を止めようとしない。作業が中断される前に、相棒がやってきた。

「エネルギーチャージャーはどうだ?」

「かなり質がいい。期待できる品だ」

 相棒が通路の手すりに寄りかかり、老メカニックの方を見ている。

「一人きりで生活するって、どういう気持ちなんだろうな」

 テクトロンの言葉に、俺は肩をすくめてやった。

「別に、どうってことないさ。発見はあるだろうし、面白くもあるだろうさ。俺たちみたいな奴も、たまにやってくるし」

「まあ、あのツータ人の親父が、一人を寂しがる、という感じでもないが」

「機械がそこにあれば、それで満足する人種だな。どこかの誰かのように」

 俺はそうでもない、とテクトロンは言ったようだが、ちょうどロボットアームが折りたたまれる音がしたので、はっきりとは聞こえなかった。

 ツータ人が強化外骨格に揺られながら、近づいてくる。

「明日には新しいエネルギーチャージャーを載せる。テクトロン、できそうか?」

「十分だよ。あと五時間かな」

 その言葉に俺と老メカニックが同時に時計を確認した。

「よかろう。ユークリッド人、今日の飯は?」

「冷凍保存されていたイルンビーフの塊があったから、あれを煮込んである。味付けは甘辛い方が好みだったよな?」

「そうだ。さすがの記憶力だな」

 そんなことに記憶力を使ってたまるか。

 リビングへ移動し、三人でヘルメスに関して話をしながら、食事になった。

「いいか、若造ども」

 食事が終わり、コーヒーを飲んでいる時、老メカニックが言った。

「俺のことを心配するな。俺はお前たちがユニオさえ支払い、あの船を大事にすればいいんだ」

「別に心配もしないさ」

 そう言い返してやると、ツータ人は少し、視線を遠くへやったようだ。

「一人が好きなんだ。ただ、なんでかな、一人きりで放浪していると、何かが不安になる」

 思わず俺は笑っていた。

「心配されたいんじゃないか、親父さん」

 歳をとった、と小人は小さな声で言うと、小さなマグカップを煽った。

 一人きりだから、普通のサイズのマグカップなどない。

 俺も小さすぎるマグカップを傾けた。

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宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(一人の老人の生き方編) 和泉茉樹 @idumimaki

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