宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(失われた21回放送編)
和泉茉樹
宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(失われた21回放送編)
◆
惑星オーリンへ無事に動物入りの冷凍カプセルを届け、報酬はそこそこだったが、次の仕事は見つかった。指定組織ヴァーミリオンサンの下部組織からの依頼で、プラチナ混合液をコンテナ三つをィーム星系へ、という仕事だった。
コンテナ三つというのは少ないし、つまり儲けはないが、ィーム星系には馴染みの連中もいく人かいるから、そこで次の仕事を得ればなんとかなる。
今度はきっちりと書類を、偽造とはいえ用意してもらえているので、久しぶりにエクスプレス航路を使える。
エクスプレス航路六九〇番線に乗り、あとは準光速航行のまま、突き進めばいい。
操縦室からリビングスペースへ戻ろうとすると、物置から相棒が出てきた。何かの部品を抱えている。
サングラスで目元は隠れているが、口元には苦り切ったものがある。
どうした? と聞き返す前に、相棒の方から言葉があった。
「ついさっき、ストリームショックが掠めただろ」
ストリームショックというのは、宇宙の各所で偏在的に起こる電磁嵐の強烈な奴で、今時の宇宙船は頑丈に出来ているが、それでも電子部品に損傷を受けることがある。
確かについ一時間前、至近をストリームショックが走り抜けて行き、危うく巻き込まれかけた。
直撃したら船の生死に関わったはずで、俺は胸を撫で下ろしたものだ。
「あれは特にヘルメスに影響はなかっただろ。違うのか?」
サイレント・ヘルメスの状態は、俺だってよく知っている。さっきまで操縦室にいたし、特に何も問題はなかったはずだ。
あるいは、センサーの故障で、俺が知らないだけでどこかが故障しているのか?
「船が無事なのが奇跡だと思い直したな、俺は」
口元を斜めにして、大柄な相棒が言う。
「電磁波が、物置の中身の一部に悪影響を与えている。お前の荷物にもだ」
おいおい、と思わず言葉が口をついたが、それ以上は何も言えない。そんな俺に、「自分のものを確認しておけよ」と言って、相棒はすぐそこのリビングスペースに通じるドアの向こうへ消えた。
物置に入り、俺の荷物が収められている箱を開けてみるが、もちろん、目視で何かがわかるわけではない。
箱の中身は記録装置で、航路図の古いものとか、航海日誌のバックアップとか、そんなもので、重要なものはなかった。
ただのゴミだが、しかし捨てるのも惜しいから、相棒に活用してもらうか。
そんなことを思いながら箱を漁っていると、ひとくくりにされたデータカセットが現れた。
ああ、これは、懐かしいな。
学生時代に無料配信で見た映像作品シリーズで、一年間ほど連続して放送されていた。
当時の俺は高等学校の生徒で、連邦中央大学を目指して勉強しながら、息抜きにこれを見ていた。気分転換で、ちょうど良かった記憶がある。
連邦中央大学には無事に入学できて、それから紆余曲折があって、運び屋になった。
自由の身になって、それでふと思い立って、この作品のデータカセットを買い漁って、暇なときに見たものだ。いつの間にか時間が流れ、データカセットは新品では入手困難で、しかし中古ではタダ同然だった。
何回か見て、飽きたわけではないが、他にやることもあり、結局はこうして箱に詰めて、物置に入れてしまった。
もう一度、見直してみてもいいか。
カセットの束を持ってリビングスペースへ行くと、相棒がテーブルの上で電子部品をいじっている。俺は無言でテーブルと一体型の多目的ソケットに、データカセットの「第一回」とラベルが貼ってあるものを差し込む。
テーブルの隅の映像投射装置が、俺の方に向けて映像を映し始める。
ソファに座って、テーブルとペアリングした、メガネとやはり一体型の骨伝導イヤホンの音量を調整した。
映像の中では宇宙開拓時代を舞台に、銀河連邦宇宙軍の地方軍の中でも落ちこぼれが集まる艦を中心に、あれやこれやが展開される。
今になっても面白い場面はあるが、演出などはやや古い。
すでに故人になった役者もいるし、数十年前の作品なのに現実の今と大差ない世界観もあり、色々と考えさせられる。
三十分ほどで一つ目のデータカセットの再生が終わる。データカセット自体が古いものなので、立体映像と立体音響、それぞれを高い水準で求めると、一つに三十分程度のデータしか入らないのだ。
その代わり、本当に機材を揃えると臨場感は凄まじい。
カセットを抜いて、二つ目を差し込もうとして、手元のカセットの束のラベルにある数字が目に入った。
第二回、第五回、第二十三回と順番がめちゃくちゃなので、それを並べ直す。
思った通り、第二十一回、が欠けている。
「なんだ?」
思わず向かいの席にいる相棒を見てしまった俺に、サングラス越しに声と一緒に視線が返ってくる。
「いや、なんでもない」
「何を疑っている?」
「こっちの事情だ」
念のために三十本ほどのデータカセットのラベルを確認するが、二十一回のものは欠けている。
ソファに背中を預けて、思わず唸っていた。
ストーリーはおおよそ頭に入っているが、二十一回目の放送がどんな内容だったか、すぐには思い出せない。
終盤だから、重要なはずなんだが……。
うーん……。
手の届くところにある電子端末を手に取り、少し検索してみた。
情報ネットワークは発展し続けて、全銀河を見渡すと途轍もなく巨大な情報の塊で、簡単には解きほぐせなくなる。
まずは言語で情報を限定し、次は惑星や星系で限定する。
言語はユークリッド語、惑星ユークリッドでまず絞る。
その次に作品タイトル、俺の記憶にある放送年で、さらに絞った。
そうするとだいぶ情報が限定され、俺が探している作品の紹介ページや、感想をまとめたページがヒットし始める。
そこに「二十一回」と追加すると、まさに俺が求めている第二十一回の情報が出てくる、はずなんだが、何も出てこない。
これはまさか、検閲か何かで弾かれているのか?
少し入り口を変えて、別の言語、別の惑星でも検索してみる。
やっぱり第二十一回は出てこない。おかしいな。欠番にする理由がない。
何度か検索を続けても、やっぱり出てこない。
そもそも二十一回放送がなかった、ということもありそうだが、だったらその理由が情報ネットワークにないのはおかしい。
何かが引っかかる。
思い出せそうで、なかなかうまく、引き寄せらないものが記憶の一角にある。
「なあ、テクトロン」
ヒントが欲しくて、俺は電子端末をいじりながら、向かいのソファで作業中の相棒に確認してみた。
「「地方軍警察」、って知っているのよな」
相棒からは手元の電子部品をいじりながら、「タイトルは」と返事があった。
「見たことはないのか?」
「大昔に見たけど、忘れた」
ありそうなことだ。映像作品に必死になるようでは、立派な傭兵になれない、などとテクトロンでは本気で言っていそうな雰囲気はある。
それでもと、二十一回放送のデータがなぜか見当たらないことを説明した。
「それはあれだ」
テクトロンはやっぱり手元から顔を上げなかった。
「惑星クナージの問題だろ」
惑星クナージ?
唐突に、全てが繋がった。
惑星クナージはつい十数年前、惑星の宇宙軍の総帥だった男が、クーデターを起こして軍事政権を打ち立てて、惑星一つを支配したのだ。
支配と言っても、ほんの数週間のことだった。
銀河連邦憲章への著しい挑戦として、ちょっとした紛争になり、あっさりと軍事政権は消えた。
思い出してきたぞ。
問題は惑星クナージでの事件と俺が探している「地方軍警察」の関係で、第二十一回放送では、クーデター未遂の場面があるのだ。主人公たちがクーデターを画策した老人を捕縛する内容だと、思い出した。
クーデターを描写することで、検閲を受けたのだ。
あの時、大きな話題になったことも思い出してきた。いくつかの有名作品の配信が停止され、発禁になるものさえあった。表現の自由という、いつの時代も変わらないものが侵されるかどうか、というのが銀河中で話題になったと思い出してきた。
俺が子どもの時の時点で、第二十一回放送は、放映されなかった、ということはない。見た記憶があるし、思い出しつつある。つまり数年前の俺がデータカセットを買い集めた時には手遅れで、銀河中でほとんどが消去されて、破棄され、入手できなかったのだろう。
ただ、何かがまだ引っかかっている。
俺は手元で電子端末を揺らしながら、記憶の奥底に沈んでいった。
どうもほんの数年前に、見た記憶がある。ただ、どうやって見たのか。
記憶の混沌とした深海に沈んでいるうちに、何かが手に触れた気がした。
「思い出したぞ」
思わず声が出ていた。相棒がうろん気にこちらを見る。
その時には俺は席を立っていて、物置へ足早に向かっていた。さっき、中身を確認した箱の中を漁ると一つのデータカセットが見つかった。
ラベルには「大自然」と書いてある。
過去の自分の間抜けさに失笑しつつ、俺はそれを手にリビングスペースに戻り、ソファに腰掛けた。そして「大自然」というデータカセットをローテーブルのソケットに差した。
再生が始まる。
映るのは「地方軍警察」のオープニングで、すぐに「第二十一回 クーデターを阻止せよ!」とサブタイトルが浮かび上がった。
何を思ったのか、俺は放送禁止とされる映像を、そうとわからないように保存しておいたものの、それ自体を忘れていたようだ。
ホッとして、俺はソファに倒れこむように脱力した。
とにかくこれで、落ち着いて、しばらくは暇を潰せそうだ。
姿勢を直し、データカセットを停止させようとした。
その時、映像が急に乱れ、消えた。
何が起こったかを考えるより早く、映像が映っていた場所にテキストが浮かび上がる。
データが破損しています。
……そりゃないよ。
がっかりしながら、俺はそれでも何度かカセットを抜き差ししてみたが、無駄だった。
俺はソファに脱力して体を預け、天井を見るしかなかった。
こういうの、肩透かしって言うのかな。
宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(失われた21回放送編) 和泉茉樹 @idumimaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます