宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(コメント交換編)
和泉茉樹
宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(コメント交換編)
◆
俺はエルギア星系で荷物を降ろし、無理やり次の仕事を取りつけた。
エルギア星系に生息する絶滅が危惧される希少動物の冷凍カプセルである。惑星オーリンの富豪がそれを欲しがっているらしい。
今度も例のごとく、エクスプレス航路は使わず、運び屋が好む間道を準光速航行で駆け抜ける計画だ。
計算してあるので、自動航行システムに任せ、俺はリビングスペースへ行った。
相棒がいつものように何かをいじっていると思うと、それは奴の電子端末で、背面のパネルが全部外され、複雑怪奇な電子部品が並ぶ基盤が露出している。そして片手に何かの紙の冊子を持っていた。
「何やってんだ?」
こちらからそう声をかけると、奴が顔を上げ、サングラスの向こうに不機嫌そうな気配の瞳を感じた。
「不調だから直している」
ぶっきらぼうな口調は、いつにも増してとげとげしい。
「電子端末なんて一〇〇〇ユニオでもあれば、買い替えられるだろ」
「それがもったいない。部品を交換すれば、五ユニオで済む」
そんなものか。
口出しをやめて、俺はソファに腰を下ろし、自分の電子端末を取り出した。
定期刊行の電子雑誌がほんの数時間前に配信されているはずで、確認するとちゃんとデータは届いていた。
雑誌の名前は「星の海を行くもの」という、デタラメなタイトルで、まるで同人誌だ。
しかし一部の宇宙船乗りには人気のある雑誌で、航路開拓者が愛読する傾向にある。
特集は後回しにして、購読者の投稿コーナーを表示させる。
俺は九十日ほど前に二通ほど、投稿しておいたので、感覚的に、おそらく掲載されているはずだ。
投稿コーナーと言っても、本に関する読者の感想や意見などはどうでもよくて、それよりも「新航路への道」というコーナーこそが重要だ。
そこには毎号、十ほどの未開拓航路の情報に関する投稿が掲載されて、要は、民間の開拓者がおそらくそこに航路を作れるのでは、と提案している投稿記事の欄である。
最新号のそのページにも、五つの航路案があり、そのうちの一つが俺の提案だった。ペンネームは、アローフィッシュ。特に意味はない。
採用されたことに安堵して、他の航路の様子もチェックする。
そのうちの一つは、仕事で使えそうだった。密輸屋が好みそうな宙域で、警察権を持つ銀河連邦宇宙軍の地方軍が手を出しにくい、辺境でもある。
俺は航海図を表示させ、雑誌上の民間人が提案している航路を、当てはめてみた。
やっぱり行けそうだ。途中で想定されている航路をわずかに外れると、やや危険なスペースミストを突破しなくてはいけないが、むしろそこを選ぶことで、追跡や臨検を回避できるはずだ。
キーボードを展開し、その記事を投稿した人物、ジプシプリンセス、という見知らぬ誰かに、コメントを送ることにした。
電子雑誌のいいところは、こうした投稿機能があることで、俺の記事にも感想が二〇〇件ほどくるのだ。一つ一つに答える投稿者もいるようだが、俺は大抵、答えない。
答えるのは、俺にとって有意義な意見をくれた相手で、意外にこの雑誌へのコメントを見て知ったこと、気づいたことは多い。
そもそもからして新規航路を模索する連中は、様々な知識に通じているし、好奇心も旺盛と決まっている。
ジプシプリセスという人物に、俺はスペースミストがなければもっとシンプルな航路になる、と簡潔に文章を送った。
送信して、今度は俺の投稿記事へのコメントを見始める。
すでに十件ほどのコメントがあった。
俺が今回、提案しているのは、エクスプレス航路七〇七番線から同じエクスプレス航路一一〇一番線への、ショートカット航路である。
今の状況では、七〇七番線から一一〇一番線へ抜けるには、エクスプレス航路八八七番線を経由しないといけない。
しかし無理やりに七〇七番線から逸れて、一一〇一番線方面へ直接、向かうことができれば、八八七番線は無用になる。
ただし、その間にはスペースミストの分厚い壁があり、結局はそれを迂回する必要が生じる。
それでも従来の航路より、一日は短縮できる。
俺がこの投稿をしたのは、設定した未開拓航路が比較的、有意義で、俺自身が使いたいからでもある。
実は、スペースミストの厚い壁を突破してしまえば、一日どころか、三日は短縮できる。
ただあまりにも危険だから、細心の注意が必要だ。
そこが一番、検討と熟慮が必要な局面で、俺自身はそこだけを考えるために、要点以外は適当に誰かに検証させよう、という意図での投稿だった。
コメントの大半は、危険を冒してまでスペースミストすれすれを抜けてショートカットする意味はない、というものだ。
いくつかのコメントでは、少しでも急ぎたい時は使えそうだ、と肯定的な内容があるものの、具体的ではない。
一件、気になるものがあった。
スペースミストの濃淡とその変質、流動的な輪郭を前提として、比較的安心できるだろう航路を、詳細に座標付きで指摘している。
ペンネームは、ゴルジュ、となっている。
俺は少し考え、そのゴルジュに返信を書いた。
どれだけ座標を検討しても、スペースミストはおそらく予測不能な動きをするので、航行するときには自動操縦というわけにはいかないだろう。
そうコメントをしているうちに、ジプシプリンセスから返信への返信が来た。
スペースミストには隙間があるようだから、実際にはもっとシンプルに飛べるはずで、投稿記事では安全を考慮して航路を設定してあります。
そんな短い文章だった。
スペースミストは雲のようなものだけれど、電磁的な理由なのか、谷と呼ばれる隙間は方々にある。
それは事実だし、実際に起こるけれど、俺でもさすがにスペースミストの隙間を抜けることはできても、その隙間が都合よくできあがるとも思えない。
数分の間、俺はじっと考えていたが、俺のコメントへの返信コメントに、全く別の読者がコメントをつけた。ペンネームは、ウンダー。
そのウンダーなる人物は、ジプシプリンセスの言うスペースミストの隙間に関して、当該宙域のスペースミストは、実際には三つの雲が絡まり合っていて、複雑なようで、大きな隙間はほぼ変化しないだろう、と書いている。
思わず俺は唸っていた。
ありそうなことだ。ただ、やはり絶対に安全とは言えない。
頭の片隅には置いておこう。その隙間の存在を知っていれば、もし追われた時、逃げ込むのには絶好だ。そういう逃げ場所を用意しておくのは、密輸屋には絶対に必要になることだった。
電子音が鳴り、俺の記事の、俺自身による返信コメントへ、ゴルジュがさらに一つコメントを返してきていた。
確かに、座標を固定して飛ぶと事故が起きると思うが、手動操縦なら問題ないだろう。一般的な操縦士の腕で十分に間に合う程度の安全度だ。
なるほど、それもそうだ。
どう返信しようか、それとも返信しないでおこうか、と思った時、見知らぬ、ウジ、という人物がコメントを書いてきた。
それを見て思わず俺は、瞬きをしてしまった。
コメントには、スペースミストを強行突破することを考えていますか? とある。
俺と同じことを考えている奴がいるのだ。
これだから世の中は面白い。同じようなことをして、同じようなことを考え、同じような結論を導き出す、自分の同類、同志、仲間がちゃんといるのだ。
思わず笑みを浮かべてしまう自分の口元を撫でてから、俺はウジに、そんなことをしたら命がいくつあっても足りませんよ、と返信を入力した。
ウジはすぐに返事を打ってくる。
命がけで航路を開くのも面白いじゃないですか。
やれやれ、本当に俺の同類らしい。
かもしれませんね、と俺は応じておいた。もうウジは黙っている。
ジプシプリンセスの記事では、議論が続いている。
当分、そのやり取りを眺めていたが、俺が入っていくような内容ではないし、あまり興味の惹かれる展開ではなくなった。
電子雑誌を一度、閉じて、航路図を引っ張り出した。
エクスプレス航路八八七番線を使わないショートカット案を、よく検討することにした。
スペースミストの雲を抜けた経験がないわけじゃない。ただ、絶対に安全、ではない。
こちとら運び屋、密輸屋なのだから、安全という基準は一般人よりだいぶ低い。
生きて荷物を無事に届けられれば、奈落の縁だって歩くし、渡れないような間隙に向かって本気で跳ぶこともある。
しばらく検討していたが、実際に現地でスペースミストの密度と大きさを確認しない限り、本当のところはわからないだろう。
端末を一度、スリープにして、俺は眼鏡を外して目元を揉みほぐした。
眼鏡をかけ直して相棒の方を見ると、テクトロン人はまだ冊子を片手に自分の電子端末をいじっている、かと思いきや、手は止まっていて、じっと冊子を見ているようだ。
いったい、何の冊子やら。
メカニック、電子部品マニアの同人誌かもしれない。
意外にそういうものがバカにできないのは俺も身にしみている。一流の研究者や学者がフォローしないような、些末な、横に逸れまくったような分野のことは、一部の民間人の方がよほど詳しい。
今日くらいは俺が何か、料理でも作ってやるか、とソファから立ち上がると、ちらっと相棒が俺の方を見た。
「何が食いたい? エルネスト」
「ミックスカリーのレトルトが賞味期限間近だ。それにしてくれ」
船にあるものの在庫管理は、エルネストがやっている。俺もできなくはないが、面倒なので相棒に放り投げていた。
俺はそっと電子端末を取り出し、先ほどとは別の電子雑誌で、レトルトカリーのアレンジ料理、を検索した。
どこにいるともしれない読者の誰かが、様々なレシピを投稿している。
その誰かも俺たちのように、宇宙を飛び回っているのかもしれない。
宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(コメント交換編) 和泉茉樹 @idumimaki
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