宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(古い端末の中身編)
和泉茉樹
宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(古い端末の中身編)
◆
ブランクブルーの銃器密輸の仕事は、惑星イリュージャの大陸の奥地、密林の中にある基地に、無事に荷物を運びおおせたことで完了した。
俺は銃器を渡してから、次の荷物の交渉をしていたが、その間に我が相棒たるテクロトン人のメカニックは、基地にあるジャンク屋に出かけて行っていたようだ。
妙な話だが、運び屋が行くところには、整備屋や部品屋が店を出すことが多い。
大抵の運び屋はそれぞれに拠点とする基地を持つか、懇意にしている整備屋を持っているが、宇宙は広大だ。どうしてもそこへ行けない時、どこかしらで整備する必要が生じることも多く、そうなるとこういう寄港地の整備屋などは、ウィンウィン、どちらに取っても都合がいい。
場所によっては異常な高額をふっかける店や業者もあるが、惑星イリュージャは良心的なはずだ。
次に運ぶ荷物の算段がついた頃、コンテナを台車に乗せて押しながら相棒が戻ってきた。
その相棒に、ブランクブルー傘下のマフィアから受け取った、クリスタルパウダーのコンテナを、サイレント・ヘルメスに運ばせた。
さっさと惑星イリュージャを離れ、次に向かう先はエルギア星系だ。
臨検を避けるためにエクスプレス航路は回避して、それでも可能な限り早く着く航路に乗ると、すぐに準光速航行を始める。
計算では五日ほどで到着する。
操縦室で何も問題がないのを確認して、俺はリビングスペースへ移動した。
珍しく相棒が電子端末を前にしているのを横目に、俺は自分のソファに腰を下ろした。
それに気づいた相棒が顔を上げ、目元はサングラスで見えないが、口元には笑みを浮かべている。
「お前も興味を惹かれるだろうものがあるんだが、やる気はあるか?」
これもまた珍しい上機嫌な口調だ。
「何が俺の興味を惹くって?」
こいつさ、と相棒の太い指が叩くのは、見るからに古びた四角い何かの機器で、すぐに何かははっきりしない。デザインからすると一〇〇年は前のものに見える。どこかの骨董品店にある、どれでも一つ一ユニオ、五つで三ユニオのセール品のワゴンにあってもおかしくない。
「こいつはな、相棒、スマートフォンだ」
「時代遅れだな。俺には骨董品を集める趣味はないぜ」
中身が重要なんだ、と答えがある。
「こいつの中には、一〇〇年前の情報があるが、そこには一〇〇年前の航路図がある」
「エルネスト、お前な、一〇〇年前の航路なんて、極狭い範囲の、極限られた航路しかないさ。今あるエクスプレス航路の数、知っているか? 一〇〇〇を超えるんだぞ。そのうちの九〇〇はこの一〇〇年以内に設定されている。ここまで言えばわかるよな?」
「それでも暇つぶしで見てみれば、何かわかるかもしれないだろ。とにかく、お前の端末に転送してやろう」
「記憶容量の無駄だろうがな」
俺はそう言いながら、ソファにもたれかかり、自分の電子端末がデータの受信音を発するのに、思わずため息が漏れた。
だるいが、それでも端末で航路をチェックする。
地球を中心として、やはり狭い範囲だけが検証されている。航路図は自動でアップデートされるものなので、その履歴を見ればいつのものかわかる。
九十六年前が最後で、これは何も分かりそうにないな。
航路図自体はどこをどう見ても、特別なものはない。いくつか、開通するはずの航路が予想されているようで、点線で表現されたそれが五つほどある。
航路図は見るべきところはやはりないな。
それで電子端末からデータを消そうとしたが、エルネストが他に送りつけてきたものに、日記らしいものがある。Diary、とタイトルが付けられているが、それは古い表現で日記を意味するはずだ。
余計なものを。
文句を言おうと相棒の方を見るが、奴はまだ自分の端末にかかりきりらしい。ただ足で何かリズムを刻んでいる。上機嫌なわけではなく、音楽を聴いているようだった。
この大柄なテクトロンは、変に文化趣味なところがあって、古い音楽や古い映画などを好む傾向にある。このご時世、音楽だの映画だのは細分化され尽くしていて、聞いたり見たりする方も、あまり幅を広げない傾向にある。
文句を言う気も失せたので、俺は日記のデータを見始めた。
ただ、すぐには読めない。古典的な言語なので、電子端末の翻訳機能で今の言語に自動翻訳させる。
大抵の言語を器用に翻訳できるはずが、あまりにも古いせいだろう、文法がぎこちない。
それでも読める。
最初の部分は、宇宙開拓時代の痕跡としてこの文章を執筆する、となっている。
痕跡、というのは、記録、だろうか。執筆というのは、メモという程度だろう。
読み進めると、このスマートフォンと呼ばれる装置を持っていたのは、男で、曽祖父が地球出身で、自身は宇宙輸送船の航海士らしい。
地球など、既に聞かなくなって久しい惑星だ。
地球人類という存在も既に失われつつある。かれこれ五十年ほど前に紛争があり、粛清されたりもしている。
とにかく、と俺は文章を読んでいった。
宇宙の旅は退屈だ、とか、妻と子に会えるのを心待ちにしている、とか、当時の政治情勢とか、そんなとりとめのない内容ばかりだ。
うんざりしながら飛ばし読んでいくと、不思議な記述があった。
この航路はおそらく誰にも発見されていない。
思わず俺は姿勢を変えた。
日記の文章の翻訳はやはり完璧ではないが、座標には間違いはないだろう。
地球式と呼ばれる座標設計は、今も部分的に残っている。この日記の座標はその地球式に近いが、あの方式は数年に一度は改訂されているから、翻訳機能が追いついていない。
俺は情報ネットワークの中から、地球式座標設計法の九十六年前の方式を検索して導き出した。
あとは自力で計算して、日記中の座標を、現在の、俺が慣れ親しんでいるミリオン式座標設計に置き換えた。
電子端末の中の星海図を引っ張り出し、導き出した座標と照らし合わせる。
地球にほど近い座標で、現在ではすでに銀河連邦の辺境である。
すぐそばに、エクスプレス航路があり、俺はそれを視線で追っていく途中で、目を見開く事になった。
この日記を書いた誰かの思い描いている航路の一部が、ピタリとエクスプレス航路と重なるのだ。
そのエクスプレス航路が設定されたのは、記録を見れば五十九年前のことである。
つまり何者かもわからない、見知らぬ誰かが、三十七年も早く、その航路を見出していたのだ。
偶然か、と思ったが、それは日記を読んでいけばわかる。
俺は集中して、日記を繰っていった。
息子が初等学校に入学したのに、記念写真に入れないことを嘆いている。
船の中でつまらぬ喧嘩があり、しかしどうにかそれが収拾されたことが淡々と書かれている。
運ぶべき荷物が少なく、ほとんど空船で仕事をするので、輸送船会社が運営できるかわからない、自分も解雇されるかもしれない、といっそ突き放すように書いてある。
そんな様々な場面の合間に、この誰かは、航路図をひたすら検証し、いくつかの有力な道筋を日記に記録し、後日、その道筋の検証結果を書き記していた。
実に三日に一度、新しい航路の構想が出てくるようになる。
そしてその翌日か翌々日には、その構想を否定することになる。
しかし飽くことなく、何度も何度も、航路の構想は出てきて、そして否定され続ける。
俺はその記述の全てをメモしていった。
日記の最後は、唐突に終わっている。
輸送船の推進装置の不調があり、一度、船を止めて整備することになった。
それで終わっている。続きはない。
何が起こったのかは、想像もできない。整備中に問題が起きたのかも知れないし、そんなことはなく日記を書くのをやめたのかもしれない。端末を変えた、ということさえある。
もう日記についてのことは考えずに、メモし続けていた実に二〇〇近い道筋を一つ一つ、現在の航路図と照らし合わせていった。
ほとんどはやはり成立しない。そんなところを飛んだら、事故が起きると分かりそうなところにも、誰かさんは道筋の可能性を見ている。
当時の観測技術、計算手法では、そんな初歩的な見通しさえ難しかったらしい。
一〇〇近い無駄な検証の後、興味深いものが出てきた。
そこにある航路は、やはりエクスプレス航路の一つと重なる。
それでも次のメモの道筋は、どうしても事故多発地帯にぶつかる。
不思議なものだが、こうやって失敗を繰り返して、俺たちは宇宙を開拓してきたんだということが、実感できた。
最後までチェックし終えて、現行のエクスプレス航路に当てはまるのが四つあった。
それとは別に一つ、不思議とエクスプレス航路にはなっていないが、しかし望みがありそうな道筋があった。
それはこれから俺が、時間をかけて検証するしかない。
航路図をじっと見ていると、どうだった? と相棒が声をかけてくる。
顔を上げると、目の前にマグカップが突き出された。受け取りながら時計を見ると、いつの間にか四時間も過ぎている。
「意外に有意義だっただろ?」
そう言われると、ぐうの音も出ない。
まあな、と言いながら、俺の好みの特別濃いコーヒーをすすり、何気なく航路図をもう一度、見た。
急に記憶が繋がった。
「こいつはすごい」
思わず声が漏れて、次には反射的に笑っていた。
相棒がそんな俺を不思議そうに見ている。
気にするな、と言いながら、俺は航路図に浮かび上がる五本の点線のうちの四本、その実際のエクスプレス航路の開拓者の名前を確認した。
四本ともが、同じ人物が開拓した航路だ。
伝説的な、航海士である。
変な日記の終わり方をしやがって。
そう思いながら、俺はマグカップ片手に、五本目の点線を検証し始めた。
宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(古い端末の中身編) 和泉茉樹 @idumimaki
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