贔屓が過ぎるぞ? 戦力差を見ろ

 

「勇者様。この食事を終えた後の事なのですが」

「何だい? 私は行きたい場所があるのだがね」


 予定ガン無視かよ勇者。いや、さすがに予定が決まっている以上は、それに従ってほしいんだけど。


「まさか、もうここを出る何てことは無いですよね?」

「ははは」

「いえ、笑ってごまかさないでください」

「私はやりたいようにやる。それは最初に言ったことだろう?」

「そうですけど」


 俺が最初にこの勇者にあったのは半年前。魔王討伐隊を各地に派遣すると国王から通達があった後だ。元より勇者が現れたことは国でも話題になっていたし、別に驚くことではなかったのだが、何故か勇者の付き人に書記官を付けるなんてとち狂った指示が飛んできた。

 しかも、国で有数の魔法使いであるとされている王子と、魔王に対抗する力を持つ聖女とは別々に向かうと聞いた時は、国の判断を疑った。


 まあ、その後でよくよく話を聞いてみれば、何れ国を継ぐ王子の箔付のために勇者を切り捨てたと言うことだとわかったのだがな。いや、それでも馬鹿な判断だとは思うが。


 そもそも、明らかに足手まといになるような書記官を勇者に付けるなんて、誰が見ても王子を上げるためだと思う。

 そのくせ王子には魔術師団から30人連れていくとか、どれだけ贔屓にしたいんだ?


 それに聖女の方も同じだ。聖女とその付き人の他に精鋭の聖騎士を10人も連れていくとか、どれだけ戦力に差が出るんだよ。こちとら書記官1人だけ何だが?


 まあ、聖女に関してはそれくらい付けてくれた方が俺は安心できるんだけどな。一応、今の聖女をやっている奴は俺の妹だし。

 聖騎士は男ばかりだからその辺りは気掛かりだがな。


 この国の王政と協会は仲が悪い。正直水と油だ。

 協会の影響力を小さくしたいと考えている王政と、影響力を大きくして国を操りたい協会側。どう考えても手を取り合って魔王を討伐するような仲ではない。


 要するにこの魔王討伐は勇者をハブにして、国と協会が競争をしているのだ。魔王は世界を滅ぼすほどの力を持っていると言われているのに何をしているんだと思わずにはいられないが、そう簡単にはいかないのが人間という物だろう。


「さて、食事も終わったから行こうか」

「はい?」


 おい!? いつの間にか食べ終わっているじゃないか。俺はまだ半分しか食べていないのだが!?


「では行こう!」


 支払いは先に済んでいる。故にこのまま食べ残しても問題は無いのだが、さすがに半分では腹が持たない。俺は一気に残りを掻き込んだ。

 そして、直ぐに勇者を追う。食べて直ぐに動くのは良くないが、このままでは勇者を見失う。


 宿の食堂を飛び出す。そこには勇者の影は何処にもなかった。拙い。そう思いながら周囲を見渡すと、遥か向こうに勇者らしき影が見える。


 はえぇ。そう思うと同時に、ここ半年で身に着いてしまった動作で、考えるよりも早く体を動かし、勇者を追った。


 ああ!? この町のギルドによって定期報告をするつもりだったんだ! くそっ、これじゃあ報告どころじゃない。次にギルドがある町に着くのはいつだ!? 俺は早くこの役目を代わってくれる人を呼びたいんだけど!


 そう心の中で嘆きながらも勇者を見失わないように、俺は全力で駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る