第9話 旅路で恋路で

街を出た俺たちは西に進んでいる。

目指すは世界の中心。

俺たちは、精霊界への道を探るべく、先ずはその情報を得るため中央都市へと向かう事にした。


中央都市ミドルーン、世界の中心ともいえるこの大都市は、いくつかの国家が隣接している特殊な都市だ。

都市の中にそれぞれの文化圏があるという、国家間複合都市である。

その国家間は種族までも違う国もあり、まさに世界の中心とも言え、政治経済、文化芸術など様々な分野の坩堝(るつぼ)になっている。


その中央都市までの道のりは、けっして楽ではなく、たどり着くまでには幾つかの国、幾つかの街を抜けていかなければならない。

初めて森の中を進んだ1か月よりも遥かに長くかかりそうだ。


別れ際に小さな街の女将さんは言っていた。

「これから中央都市に向かわれるのでしたら、道中や行く先々の街ではお気をつけください。中央が近づくにつれ、いろんな街で都会の華々しさが目を引くようになってきますが、それと同じように治安も悪くなってまいります。精霊力が少なくなっている現在は、もしかすると思っている以上に治安も悪くなっているかもしれません……」


俺は女将の話を思い出しながら考えていた。

これからの旅……先ほどまで滞在していた小さな街のような親切な出会いは、そうそう無いだろう。

むしろ親切そうな者と会った時であっても、気を付けないといけないのかもしれない。


そんな事を考えながら街道を歩いていると、行きかう人々も目にするようになり、何組かの旅人や行商人らしき集団とすれ違う。

馬車で行くもの、歩いて行くもの、さまざまだ。


そんななか、目立たないように街道の端を歩いていた俺たちだが、フードを被っていても身体つきや背格好で女性であることは分かり、露骨に声を掛けてくる者たちもあった。

もちろん適当にやり過ごしたていたが、そういう訳にも行かない奴らもいる……。


「アーツ様、先ほどすれ違った集団ですが、変です……離れた距離を保ちながら、私たちについて来ているようです」

マインが俺の耳元に口を近づけ、そっと伝えてきた。


「そ、そうなのか?確かにあの男たちからは変な目でジロジロ見られてたけどな」

急に近づいてきたマインの甘い香りにドギマギしながらも、俺はマインの言葉に耳を傾ける。


「どうしましょう?もう少ししたら夕刻で日も落ちてきます。速度を上げますか?」


「そうだな……いったん森に逃げてやり過ごすか……」

俺はマインの言葉を反芻(はんすう)しながら言葉を続けた。

「森に逃げ込めば、モンスターが出るようだし、奴らも追いかけては来ないだろう」

俺は本(ブック)からこの世界の知識を引き出しながら話した。


「でもアーツ、森に逃げ込むまでに手を打たれたら困るわよ。街道から森の深くまでは少し距離もあるし……」

一瞬、男たちの方へ強い視線を向けたリーファは、街道と森の奥までの距離を目算しながら、少し不安そうに伝えてきた。


「そうだな……ちょっと試してみるか」

周りを見渡し少し思案した俺は、試したいことを2人に伝え……行動を開始した。


2人が小さく頷くのを合図に、俺は意識を広範囲に向ける。

自分たちと少し離れたところから付いてくる男たちを含み、さらに大きく視界を広げ、遠くまで見渡した俺は、水の精霊力を行使した……。


「ん!?冷てっ!?な、なんだこりゃ!?」

「小雨……いいや霧だ!急な霧が出てきやしたぜ!」

後ろの方から下っ端らしき男の叫び声が聞こえる。

「こりゃかなり濃い霧だ!てめーら気をつけろ!」

さらに男たちの怒鳴り声が続く。


焦るのも無理はない、俺が作り出した霧は、強烈な濃霧で1メートル先ですら見えづらくなっている。

当然ながら、俺たちが何処にいるかも見失っている……きっとすぐ隣にいた自分たちの仲間をも見失っていることだろう。


「よし……今のうちに行くぞ!」

俺は自分たちと森との間だけ、わざと霧を発生させず、森までの間に細いトンネルのような空間を残していた。

そういう訳で俺たちは、そんな濃霧のなか、楽々と森の深部へとたどり着いたのである。


「……なんだかあっけなかったわね」

森の深部に入り、落ち着いたのかリーファがもらす。


「リーファ、先ほどのアーツ様の力は凄いんですよ!」

マインは少し興奮気味なのか「アーツ様すごい♡」などブツブツ言っている。


「ああ、俺も思い付きみたいな作戦だったけど、上手くいって良かったよ」

俺自身、思い描いた事象が、あそこまで自由自在に操れることに驚いていた。


「どうだろう?……街道を進んでも、さっきみたいな奴らに出くわさないとも限らない。もし2人が大丈夫ならこのまま森の中を進まないか?森の中にはモンスターもいるが、エルフなら安心だし、俺も自分の力を確認しておきたいし……」

俺はさっきのやり取りを思いながら2人に伝えた。


「私は良いわよ!エルフは森の民だし!むしろ気持ちよく進めるわ」

リーファは森林浴をしながらのびのびと答える。


「もちろんです、アーツ様のいるところが私たちの安息の地です」

マインも当然のように俺に賛成する。


それから俺たちは、森の民らしく森を進む。

街道からはわりと離れてはいるが、おおまかに街道に沿って進んでいるので迷うことはないだろう。

もちろんエルフの森での能力は高く、道迷いなど心配ないくらい躊躇(ちゅうちょ)なく進んでいく。


むしろ道迷いよりもモンスターの方がよっぽど危険だ。

だがいつまでも、モンスターから逃げて進むわけにもいかず、俺は水の精霊力を行使し、積極的にモンスターハントをおこなった……。


◆◇◆◇◆


「ちょっとアーツの精霊力って反則よね……何でもありって感じ」

いましがた倒したフォレストウルフの隣に立つ俺に向かって、リーファが言う。


「そうかな?森の中でならこういう狩り方が便利だと思って……」

俺の前にはフォレストウルフの群れが溺死していた。

遠くに見えたフォレストウルフの集団、そのウルフたちの顔に水を纏わりつかせて溺死させたのだ。

もちろん水の爆流を発生させて圧殺することもできそうだが、森まで壊しかねないし……。


水の精霊力でどのような事象が操れるか?……その辺りも森の中で得ていきたい能力のひとつであった。


「まあいいわ。じゃあ夜ご飯の準備をしましょ!」

リーファが呆れたような口調で言う。


俺たちは、手際よくウルフを処理し、火を起こして、焼き立ての肉を味った。

美味い!この世界に来て思うのは、全ての食材が素材段階の味で充分に美味い!

精霊力が弱まっているので、弱火にしかならないが、弱火でじっくり焼いたウルフの肉は、軽く塩を振るだけで極上の旨味を引き出した。

そしてそんなお腹の幸福感を感じながら、夜の野営準備をする。


そうした日々が続き、森での生活で俺の精霊力も頼りにされるようになってきたからか、リーファの俺を見る目が変わってきたように思う。

笑顔も増えた……たまにひとりニヤついてるが……。

そして今まで少し距離を置いていたリーファが、俺がすぐ隣まで来るようになっていた。

モンスターハントのとき、俺の首筋にあたるリーファの甘い息がくすぐったくも心地よい。


「うふふ」

……そんな2人を微笑ましく見るマインであった。


そんなある日こと……事件は起こった……。


いまの季節、森の気候は温暖で、少し動くと汗ばんだりする。

以前のミズラフ大森林では、俺はまだ水の精霊力が扱えなかったため、マインのわずかな水精霊を使い、少しずつ使い身体を洗っていたが、今では俺の水精霊によりたっぷりと水を使うようになった。


今、マインは俺の前で、リーファは少し離れた木陰で身体を洗っている。

もちろん俺の精霊力で、2人に水をまとわりつかせている。


無防備天然エルフのマインは俺の前で、恥ずかしげもなく裸体をさらし、全身に水精霊をたっぷり浴びながら鼻歌交じりに身体を流している。

マインの裸体は水に濡れておそろしく扇情的だ……胸やくびれ、お尻や大切なところが濡れそぼっている姿を前に、俺は目が離せなかった……。

そんな俺に気づいたマインは、水に濡れた裸のまま、俺に近づき軽くキスをする。


「アーツ!!!?」

……そんな不埒なことを考えていた俺は、リーファの声にならない叫び声で我に返った。


どうやら俺とマインのやり取りを見ていたのだろう、リーファが叫んだ。

「アーツ……アーツのばかーーーっ!」

怒りとも悲しみともつかぬ叫び声をあげながら、リーファは森の奥へと駆け込んでいった。


……ヤバい!リーファを見失ってしまう!


「マイン!俺はリーファを追う!何かあればその水精霊を使ってくれ!」

俺は、マインの周りに水精霊を数多くまとわせながら、森の奥へと消えたリーファを追って走り出した……。

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