第6話 異世界の街で昼飲み

長かった……。

1か月のサバイバル生活……俺たちはようやく深い森を越えた。


美しい森は快適であったが、獣やモンスターを避けながらの旅は、少しばかり精神をすり減らしていた。

それとさすがに1か月の間、お風呂抜きで過ごしたのは元日本人として抵抗感がある。もちろん毎晩身体は濡れタオルで拭いていたので不潔感はないが。


もうすぐ到着の街は小さいながらもお風呂付きの宿があるらしい、楽しみである。


街は小さいためか、とくに検問もなく、俺たちはすんなり入ることができた。


……ただ俺の姿が珍しいのか、マインたちエルフが珍しいのか、街を行きかう人の視線を強く感じる。


「アーツ様も珍しいのだと思いますが、何より私たちが珍しいのでしょう。エルフの女性はあまり人間の街には行きませんから」


「危なくないのか?」


「もちろん危険がないとは言えませんが、エルフの戦士としての強さもまた知れ渡っています。小さな街でおいそれと手を出してくる者は少ないと思います」

そういうマインであったが、俺は心配なので、二人にはフードを被り、目立たないようにしてもらった。


この二人、顔が綺麗なのはもちろんだけど、身体つきも凄いんだよね。

その辺り、無防備に振りまく魅力の危険性をもっと知って欲しいものである。

俺が見ず知らずの男だったらガン見しちゃうとこだよ。


そうして街の中心を抜けると、まあまあ大きめの宿が見えてきた。


宿に入ると女将さんらしき人が丁寧に出迎えてくれた。


「いらっしゃ……いらっしゃい」

女将さんもエルフを見るのは久しぶりらしい、少し驚いたようだ。


「3人で泊まれる部屋を頼む、あとお風呂付の部屋はあるかな?」


「はい!ございます。こちらへどうぞ」

女将さんの先導で、俺たちは奥の角部屋へと案内された。


「それではこちらの部屋になります。お風呂は付いていますが水の精霊力も弱まっていますので使われると少し割高になってしまいますが……」


なるほど、精霊力の低下は暮らしにも少しずつ悪影響を及ぼしているようだ。


「いいえ大丈夫です。お風呂の水はこちらで用意しますので」


「あっ!エルフですものね。分かりました。お風呂のお代はいただきませんのでご自由にお使いください」


そっか、マインがいるから水の問題はないんだ。

今夜は安心してお風呂に入れそうだ。


「でもお気をつけください……私も久しぶりにエルフの方々を見るので驚きましたが……エルフだと分かると狙われるかもしれません」


「狙われる?それはいったい?」

俺は心配になり女将に詳しく聞く。


「はい、今まで精霊力が世界に満ちているときは何も問題なかったんですが、精霊力が弱まった今は精霊術が使えるエルフは狙われるようになったと聞きます」


「なるほど……」

どうやら精霊力の低下は、エネルギー問題だけでなく、人種問題をも起こし始めているらしい。


女将は少し言いづらそうに続ける。

「ましてお二人はお美しいので若いエルフはいろいろと……その……危険かと……」


まあそうだよな、マインもリーファも並んでいれば美人姉妹に見えるし、人間からすればとてつもなく扇情的なんだろう……じゃあ彼女たちをはべらせてる俺ってどう見えてるんだろ。


「まあこのような小さな街では危険は少ないと思いますが……これから大きな都市などへ向かわれる場合は気を付けられた方が良いかと」


「ありがとう本当に助かる」

これからの旅路に向けての貴重な情報だった。

女将の親切に感謝した俺は、上乗せしてチップを渡す。


「それでは、特に何もない街ですがご夕飯までごゆっくり」

女将は出ていった。


「マイン、これからの旅はいろいろ気を付けた方がよさそうだな」


「はい、わたしが知っている頃よりも、わたしたちエルフを取り巻く環境は変わっているようですね」

少し悲しそうにするマイン、これは守ってやらねば!


「大丈夫!母さんは私が守るから!アーツは邪魔にならないようにね!」

と意気込むリーファ……いやいや、君も危険だから。


と人心地ついているうちに、そろそろ昼に差し掛かってきた。


「ちょっと何か食べるものを買ってくるよ。マインたちはゆっくり休んでいてくれ」


「アーツ様!わたしも……」


「俺だけで行く。小さな街だし無茶はしないよ。むしろエルフのマインを連れて行く方が心配だ。大丈夫、じゃあ旨いランチを買ってくるよ」

そう言いながら、心配で付いて来ようとするマインを止め俺は外に出た。


出かけに女将に聞くと、食べるものが買えるのはバルやパブらしい。

前の世界での居酒屋のようなものか。

……この世界の情勢についても何か聞けるかもしれないな。


そんな事を考えながら少し歩くと飲み屋街のような場所に出た。

どの世界も同じだな……昼間っから飲んでる奴はいる。


……前の世界では昼間から飲むのは、ある意味特権だったように思う。

昼飲みを前にちょっと嬉しくなる俺。


俺はバルの席について、テイクアウトの食事と……少しのおつまみ、それにエール酒を注文した。


「……水、高っ!!!」お酒の何倍もの値段だ!

俺の独り言が聞こえたのだろう、エール酒を持ってきたウェイトレスが答えてくれる。


「当たり前よ!今は精霊力が弱いんだから!高くても水が有る事自体が凄いんですよ!」


「そうか、それは悪かった。俺は辺境から来たから情報に疎くてね……」


「ふーん、アンタ確かに変わった髪と目をしてるもんね。人間……だよね?」

俺の言葉に改めて俺をジロジロと見るウエイトレス。


「ああ、だからこっちの事をいろいろ聞かせてくれると嬉しい」


「いいわよ。アンタ格好良いし」

今日は客が少ないのか、俺の向かいに座り、当たり前のように自分の酒を頼むウェイトレス。


お互いお酒が入ってた方が話しやすいし、俺も大歓迎だ。


……それから俺たちは、テイクアウトができるまでの間、この世界の世間話に花を咲かせる。


概ね女将が話した内容と近いが、かなり有意義な情報だった。

今の精霊力が弱まった世界は、生活も勿論のこと、産業も疲弊させているらしい。

精霊力から得られる物については、軒並み価格が上昇してるらしい。

この世界「火力発電が無いなら風力発電」みたいな代替物が無さそうだもんなぁ。


……ん!?


待てよ?今なら「水」も売れるんじゃね?

それとはなくウェイトレスに聞いてみると、水は高騰してるので、価格さえ合えば喜んで買うという。

なるほど……本当にお金に困ったときの手段としてかな。

しかしこれはエルフが狙われる訳だ……金のなる木だもんな。


こうして俺はテイクアウトができるまで、いろいろ話を聞いた。


「ありがとー!今度は夜に来てねー!」

上乗せのチップとほろ酔いでご機嫌なウェイトレスに見送られ、俺は少し街を見物しながら宿へと戻った。


……しまった、少し遅くなってしまった。


「遅くなった!すまない」


と謝りながら宿の部屋に戻った俺は……部屋に置かれたお風呂の前に、素っ裸で立つ二人のエルフと目を合わせた。


『!?』


すると突然!


「このっ!か、母さんに何をしたーーーっ!!!?」

そう叫びながら、リーファがぶっ放した精霊術に、俺は吹き飛ばされた……。


な、何故ーーー!!!?

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