第216話:ボルフェリオ火山⑮
「――……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はあっ!」
鋭く振り向かれたアクアコネクトが複数の魔獣を一度に切り裂き、血しぶきが噴き上がると同時に蒸発して消えてしまう。
エアヴェールで風の循環と遮断を行っているが、ギリギリまで結界の外に留まり魔獣を減らしているので、後半になると全身から汗が噴き出してくる。
チラリと後ろを振り返るとカナタが何かを掴んだのか、先ほどとは異なる凛々しい表情を浮かべており、挫けそうになるリッコの心を奮い立たせていた。
「一度下がれ、リッコ!」
とはいえ、気合いでどうにかなる熱波ではない。
エアヴェールを掛け直してもらったライルグッドが一度下がるよう口にする。
「大丈夫! まだやれるわ!」
「無理をするな! お前に何かあれば、カナタが悲しむだろう!」
「そ、それは……」
それでも下がろうとしなかったリッコだが、カナタの名前を出されると途端に何も言えなくなってしまう。
「数もだいぶ減ってきた! 俺も頼っているのだから、お前も俺を頼れ!」
「……わかったわよ! ライル様も無理しないでよね!」
やや声を荒らげながらも、ライルグッドへの心配を口にしながら後退していく。
「お、お疲れ様っす、リッコ様!」
「すぐにお願い!」
「わかったっす! エアヴェール!」
エアヴェールの掛け直しが行われている間、リッコの視線はカナタへ向いている。
集中しているカナタがその視線に気づくことはないが、それでも必死になってレッドホエールの角に錬金鍛冶を発動している彼を見ていると、不思議と力が湧いてくる。
「……頑張れ、カナタ君」
そう呟くことしかできず、リッコは伸ばしかけた右手を途中で止め、すぐに引き戻した。
「終わったっす!」
「ありがとう、リタちゃん! それじゃあもう一度――」
――ドンッ! ドドンッ!
リッコが飛び出そうとした直前、一際大きな爆発音が近くで鳴り響いた。
「アル様!」
「問題ありません! ですが、あちらの攻撃がより苛烈になったようです! 結界をもたせられる時間が、やや短くなるかもしれません!」
予定では結界を三時間はもたせられるはずだった。
今の時点ですでに一時間が経過しており、残り二時間からさらに短くなるとなれば、それはカナタの制限時間と同義になってしまう。
「そんな!」
「……リタ」
「は、はいっす!」
僅かな思案のあと、アルフォンスはリタへ声を掛けた。
「私はこれから、悪魔への攻撃を考えることなく防御に専念します。魔力もここで使い果たすつもりで、残り二時間を命を賭して繋げましょう」
アルフォンスの言葉に、リタはゴクリと唾を飲み込みながら大きく頷く。
「ですから、このマグマへの対処、さらには悪魔への攻撃は、殿下たちとあなたに託します!」
「わ、私っすか!?」
まさかの大役にリタは慌てた様子で声をあげた。
「魔導師として強力な攻撃を使えるのは、私以外ではリタしかいません。カナタ様が作るレッドホエールの杖を使えば、実力以上の力を発揮することができるはずです」
「それは、そうかもしれないっすが……」
「自信を持ちなさい、リタ。あなたの実力は、私も認めるところなのですから」
「……ア、アルフォンス様」
リタはずっと役に立ちたいと思いながらも、何もできなかった。否、何もできていないと思っていた。
周りは誰一人としてそのように思っておらず、リタを頼りにしていたが、本人だけがそう思うことができていなかった。
レッドホエールの杖を使えば役に立てると思っていたものの、アルフォンスの代わりを務めることになるとは夢にも思っていなかった。
しかし、騎士でありながら魔導師としても一流であるアルフォンスを尊敬しているリタにとって、彼から頼られるということは何よりも光栄なことであり、彼の期待には絶対に応えたいとも思っていた。
「……わかったっす! 私、やるっす!」
「ありがとうございます、リタ。リッコ様、残り二時間は絶対にもたせてみせます! ですので、魔獣の方は――」
「任せなさい! こっちのことは気にせず、守りのことは任せましたよ、アル様!」
快活な笑みを浮かべながらそう口にしたリッコが再び飛び出していく。
リタの表情には迷いなどなく、むしろカナタを見つめながら早く完成して欲しいとすら思えるようになっていた。
(……みんな、頑張ってくれている。俺も、絶対に成功させるんだ!)
いつもであれば聞こえなかっただろう周りの声が、今回に限ってははっきりと耳に届いていた。
集中力が欠けたわけではなく、集中しながらも周りの声が耳に届き、その声がカナタの集中力をさらに研ぎ澄ませていく。
こうして一〇分……二〇分……三〇分……一時間と時間が過ぎていき――目を覆うような強烈な光がボルフェリオ火山を照らし出した。
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