第215話:ボルフェリオ火山⑭

 周囲では激しい戦闘音が響いており、地面も呼応して揺れている。

 その中で集中力を維持できているということは、カナタもそれなりに修羅場を潜ってきたということだろう。


「アル、どれだけもたせられそうだ?」

「そうですねぇ……何も起きなければ、三時間といったところでしょうか」


 エアヴェールを掛け直してもらうために戻ってきていたライルグッドの問い掛けに、アルフォンスは少しの思案のあとにそう答えた。


「わかった。ならば、俺もその間はしっかりと仕事を果たすとしようか!」


 そう告げたライルグッドが結界から飛び出していくと、入れ替わるようにしてリッコが戻ってきた。

 その額には大粒の汗が浮かんでおり、エアヴェールの効果が徐々に薄くなっていく中でもギリギリまで戦闘を続けていたのが容易にわかる。


「リッコ様、掛け直すっす!」

「ありがとう、リタちゃん」


 大きく深呼吸をしながらひんやりとした結界内の空気を肺に取り込み、一息ついたリッコはその視線をカナタへ向ける。


「……カナタ君」


 そう呟いたものの、今のカナタには周囲の声や音は聞こえておらず、ただひたすらにレッドホエールの角を見つめながら錬金鍛冶を行っていた。


「……頑張れ、信じてるからね」


 最後にそう口にすると、リッコも再び戦場へと飛び出していった。


(…………違う、こうじゃない! レッドホエールの角を使った杖の、最善の形はいったいどれなんだ!)


 そのカナタの思考は、レッドホエールの角をどのように錬金鍛冶で変化させるべきかに埋め尽くされていた。

 リタが扱う杖に似せるべきなのか、それとも別の形があるのか、模索しながら頭の中でイメージを固めていくものの、それが最善ではないと錬金鍛冶師としての直感が働いて別の形状を探し始めてしまう。

 すでに何度も模索を繰り返しており、カナタの焦りは募る一方となっていた。


(早く完成させないと、アルフォンス様の魔力が尽きてしまう! リッコやライル様だって危険なんだ! それなのに、それなのに!)


 そこまで考えたカナタだったが、ふと彼にだけ聞こえる声が頭の中に響いてきた。


(――落ち着くのだ、少年よ)

「――!?」


 驚きのあまりに顔を上げたものの、周囲では誰も声を掛けてきた者はいない。

 ならば誰かと考えたカナタの視線は、マグマの方へ向いた。


(焦りは禁物だ。大丈夫、我も協力しよう)


 協力と聞いて何をするのかと思っていると、打ち出されたマグマの塊へ自らの尾を叩きつけた。

 マグマの塊はその場で弾けると、レッドホエールの体を濡らしていく。


(ぐうっ!?)


 とはいえ悪魔が何もしてこないわけはなく、マグマの塊を弾けさせたと同時に苦悶の声が頭の中へ響いてきた。


「レッド――」

(集中するのだ! ……大丈夫、少年ならやれるだろう)


 カナタを落ち着かせるため、レッドホエールは柔和な声音でそう告げた。

 マグマが軽く波打つとレッドホエールは再びマグマの中へと消えていく。

 その姿を目にしたカナタの頭の中は不思議とスッキリしており、今ならばレッドホエールの角の力を最大限に活かすことができる形状をイメージできるのではないかと思えていた。


(……やるぞ! みんな頑張ってくれている、俺だけが足踏みをしている場合じゃないんだ!)


 頭の中でレッドホエールの柔和な声を思い出しながら、目を見開いて気合いを入れ直す。

 目の前のレッドホエールの角を凝視しながら、カナタの頭の中には一つのイメージが降って下りてきたかのようにポンと浮かび上がってきた。


(……やれる……これが、最善の形のはずだ!)


 自分自身に言い聞かせるように言葉を繰り返しながら、カナタはついに錬金鍛冶でレッドホエールの角の形を変化させていった。

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