第208話:ボルフェリオ火山⑦
リッコとライルグッドが魔獣の群れを相手にして、アルフォンスがマグマとレッドホエールを押し止めている。
しかし、相手はダンジョンというあまりにも強大で、持久戦となればこちらが不利なのは明白だ。
勝負は短期決戦にしなければならないが、現状の戦力ではそれを成すことは難しかった。
「何か、俺でにできることはないのか?」
カナタは自分にできることを探ろうと周囲に視線を向ける。
賢者の石が控えているということもあり、リッコとライルグッドはそれほど無理をしていない。
二人を抜けてきた魔獣もしっかりと賢者の石が対処してくれている。
そう考えると、やはり一番の問題はマグマとレッドホエールだろう。
それにしても不思議である。
自然の驚異とされているマグマが、実力者とはいえ人間の魔法で押し止められるものなのだろうか。
「……ロタンさん。ダンジョンというのはこれほど狡猾なものなんですか?」
「そうですねぇ……攻略の難しいダンジョンほど、狡猾であると聞いたことがあります」
「それじゃあ、俺たちがロタンさんの依頼で潜ったダンジョンは?」
「あそこは比較的難易度の低いダンジョンです。そうでなければ冒険者のランクに指定を入れていたところですから」
となると、ボルフェリオ火山は攻略難易度の高いダンジョンということになるが、すぐにロタンは首を傾げる。
「だけど、変なんです」
「変?」
「はい。ボルフェリオ火山のダンジョンはできたばかりのはず。普通だとできたばかりのダンジョンは難易度が低いというのが常識なんです」
「……それなら、この状況はいったい?」
大量の魔獣が間断なく押し寄せてきており、マグマはカナタたちを飲み込もうと氷を砕き、溶かしながら迫って来ようとしている。
この場にアルフォンスがいなければすでにマグマに飲み込まれているだろうし、リタがいなければリッコやライルグッドは魔獣との戦闘すらできていなかった。
カナタたちはSランク魔獣ですら討伐してしまった実力を持っているが、それでも苦戦は必至の状況であり、下手をすればこのままダンジョンに飲み込まれてしまうだろう。
「……ダンジョンの、暴走?」
「暴走ですか? でも、そのような話は聞いたことがありませんよ?」
「私もないっす」
「それじゃあ、スタンピードはどうして起きるかわかりますか?」
「いくつも説はありますが、有力とされているのは二つです。一つは魔素溜まりに魔獣が集まり、それらが解放された時に魔獣が溢れ出す。もう一つはダンジョンから魔獣が溢れ出すというものです」
そこまで話を聞いたカナタは、あくまでも推測の域を出ないという前提の下で話し始めた。
「ダンジョン化している場所に足を踏み入れることも珍しいのであれば、できたばかりのダンジョンに足を踏み入れることも珍しいですよね?」
「……そうですね」
「ということは、できたばかりのダンジョンで何が起きるかという資料も少ない?」
「……その通りですが、だからといって暴走というのは」
「はい、暴論です。でも、考えられる可能性を排除する理由にはならない。それに、ダンジョンが暴走しているならなんとなく答えが見えてきそうな気もするんです」
一つ間を挟み、カナタは再び語り出す。
「……ランブドリア領で起きているスタンピード、そしてボルフェリオ火山のダンジョン化。これらは密接に関わっている可能性はないか? どちらも魔素溜まりが関わってくるものだからかもしれないけど、両方が同時に行われたという記録はない?」
「そ、そこまでは私も聞いたことがありません」
「なら、起きないということも絶対に言えないよな?」
「……まあ、そうっすね」
「まずボルフェリオ火山がダンジョンになり、溜まっていた魔素が外に溢れ出したことで魔素溜まりが増えていった。そこに魔獣が集まり、何かをきっかけにして一気に解放されたんだ」
「……可能性はあると思いますけど、ダンジョンの暴走というのは?」
ロタンの質問にカナタは一度頷いた。
「あぁ。できたばかりのダンジョンだけど、道中ではほとんど魔獣が隠れていただろう? あれって、ダンジョンにとって俺たちの存在が予想外だったんじゃないか?」
「……ダンジョンにとって、予想外?」
あまりに突拍子のない意見にロタンは口をパクパクさせていたが、カナタの推測はあながち間違いではなかった。
「人でもそうじゃないか。生まれたばかりの赤ちゃんは何もできない。成長したとしても子供だと自分を制御するのは難しい。大人だって同じじゃないか。なら、ダンジョンもそうじゃないのか?」
「……予想外の外敵が入って来て驚き、暴走しているとでも言いたいのですか?」
「あぁ。だからこそ慌ててしまい魔獣を隠し、奥に来てしまったから出口を塞いで排除に回った。マグマはまだダンジョンが上手く制御できていないってことだと思う」
そこまで推測を語っていると、リッコが結界の中に戻ってきた。
「あっつい!」
「ま、魔法を掛け直すっす!」
「ありがとう、リタちゃん!」
エアヴェールを掛け直している間、リッコは水を一気に飲み干して口を拭うと、再び飛び出していく。
(……だけど、本当にそうなのか? 間違ってはいないと思う。だけど、なんだろう。マグマの中、変な感じがするんだよなぁ)
カナタは凍りついているマグマの方へ視線を向ける。
彼だけが感じている違和感の正体が、カナタたちの運命を左右することになる。
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