第3話:ザッジの工房
掃除を初めてから二時間が経過した。
こんなことになるなら昼ご飯を食べておくんだったと思いつつ、手を止めることはしない。
口を布で覆っていても目まで隠すことはできず、何度も中断しながらの再開を繰り返している。
「……はぁ。これで、ある程度は片付いた……のか?」
疑問に思うのも無理はない。
上から順番に掃除を行い、目立った埃やゴミを取り除いただけなのだ。
道具はいまだにバラバラで、窯の中や煙突などは手付かずである。
そして、工房の奥には別のドアがあり、そちらは開けてすらいない。
全てを終わらせるには、一日では到底時間が足りなかった。
「ザッジさん、マジで最近は鍛冶をしてなかったんだな。それなのに、どこからお金が湧いてくるのやら」
周囲を見渡しても売れそうな作品などはなく、誰かから貢いでもらっているのではと疑いたくなってくる。
「……そういえば、素材も屑鉄もないな」
使い切った、屑鉄は処分済みとかであれば当然だが、それにしても見当たらない。その痕跡すら発見できていなかった。
「やっぱり、あっちの部屋なのかな?」
工房の掃除で手一杯となり、放置していたドアの向こうの部屋。
開けた途端にゴミが雪崩れ込むのではないか、という恐怖を押し殺しながら、カナタはドアノブに手を掛けた。そして――
「……やっぱり、ここが商品や素材の保管部屋なんだな」
部屋のさらに奥にもドアがあったが、隣に窓がついており外を窺うことができる。
おそらくはここから作り置きした商品を持っていき、売ってお金にしていたんだろうと推測した。
カナタは乱雑に立て掛けられていた一振の剣を手に取ると、ザッジの腕の良さを知ることになる。
「……これ、父上なんか目じゃないくらいに良い剣じゃないか!」
先代領主のことをポンコツだと口にしているヤールスだが、自分もポンコツだとは思っていない。そう思っているのは本人以外ほとんどであろうが。
「どうして父上はザッジさんを召し抱えずにいるんだ? 腕の良さは知っているだろうに」
そんなことを考えていると、奥のドアが開かれてザッジが千鳥足で入ってきた。
「んあ? お前、まだいたのか?」
「……あの工房の状態だと、鍛冶ができませんから」
「んん? ……はははっ! なんだ、掃除をしてたのか! 助かるぜ~」
気持ちのこもっていないお礼を口にしながら、ザッジは立て掛けられていた剣を三本手に取り外に向かおうとする。
「あ、あの!」
「あん? なんだ、五男坊?」
「ザッジさんはそれだけの腕があるのに、どうしてブレイド伯爵領に留まっているんですか? その腕なら、領地を出てもっと稼ぐことだって――」
「んなもん、お前……領主様の代わりに剣を卸してるからに決まってんだろ~?」
「……はい?」
「あれ? これって言っちゃあ不味かったか? ……まあいいか。んじゃあ、俺は行くぜ~。出るなら戸締まりしとけよ?」
剣を三本抱えたまま外に出ると、ザッジはブレイド伯爵家の館の方へ歩いていく。
その背中を見つめながら、カナタはヤールスに嫌悪感を抱いていた。
「……あのクソ親父! ずっと鍛冶をしている姿を見てないと思ったら、ザッジさんから剣を買ってたのかよ! しかも、家での様子からすると自分が打ったとか言ってそうじゃないか!」
不思議に思っていた。
ブレイド伯爵家の鍛冶の腕は、カナタを含めてそこまで高いわけではない。
ブランド力はあるだろうが、大量に仕入れても商人に儲けが出るとも思えなかった。
「……まさか!」
カナタは手に持っていた剣の鍔に目を向ける。
「……やっぱり、刻まれてるよ。ブレイド伯爵家の意匠が!」
工房の様子を見るに、ザッジは長い間鍛冶をしていない。
ならば、ザッジが落ちぶれるさらに前から、ヤールスはザッジの剣を自分が打ったものだと言っていたはずだ。
「……大方、少ない数しか打てないとかプレミアも付けて、贔屓の商人に卸してたんだろうな」
ヤールスはブレイド伯爵家というプライドを守るためにザッジに声を掛け、ザッジも楽に稼げるならと申し出を受けた。
田舎貴族に恋人を奪われたと聞いていたが、楽に稼げるようになったが故に鍛冶をしなくなり、恋人に愛想を付かされたのではないかと思うようになっていた。
「……ここまで鍛冶をしてこなかったら、腕も落ちてるだろうな」
職人の道は甘くない。
鎚を握らない日々が続けば続くほど、その腕は一気に落ちていく。落ちるのは早いが、取り戻すには倍以上の時間と労力が必要になってしまうだろう。
ここで学べるものが本当にあるのか、カナタはそれだけが心配になってしまった。
「……こっちが、屑鉄の山だな。処分してなかったのかよ」
上質な鉄にならずとも、まとめて溶かして再度加工すれば再利用は可能だ。
これだけの屑鉄を集めていたなら、再利用の用途もしていたのだろう。
「……あれ? これ、普通の鉄のインゴットじゃないか?」
何気なく屑鉄を撫でていると、光沢のある塊が屑鉄の山の中に発見した。
取り出してみると、予想通りに上質な鉄のインゴットだった。
「まさか、屑鉄の中に保管してるとか? ……いやいや、それはないか」
単純に紛れてしまっただけだろうと思い周囲を見るが、商品はあれどインゴットなどの素材は見当たらない。
近場の木箱などを開けてみたが、中身は空っぽだった。
「これが、ここにある最後のインゴットなんだな」
紛れてしまったがために、使われなく忘れ去られてしまった鉄のインゴット。
「……素材を大事にできないなんて、そんな奴は鍛冶師じゃねえよ」
腕の良いザッジのことすら、カナタは嫌悪するようになっていた。
「俺に腕があれば、お前にこんな思いをさせずに済んだのかな?」
手に持つインゴットを撫でながらそんなことを呟くと、インゴットが突如として輝きだした。
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