暗夜異聞 秘められし記憶……

ピート

 

 窓から見える景色は、都会の喧騒から随分と離れたのどかな風景だ。

ドライブに誘ったクセに、運転している貴志は黙ったままだ。

 まぁ、助手席で眠ってた俺に気を使ってくれたのかもしれないのだが。

「貴志、どこまで走るつもりなんだ?」

「ようやく起きたのか?もう少し走ったら目的地に着くよ」

「目的地?ドライブじゃなかったのか?」

「なんで俺がたまの休日に、野郎二人でドライブなんかしなくちゃいけないんだよ」貴志は心外と言わんばかりだ。

「こんな山ん中連れてきて……まさか?俺を殺害して埋めるとか?」

「なんで、そんな面倒な事せにゃアカンのだ。お前なんか放っときゃ、そのうち女に刺されて野垂れ死にするだろ?」顔色も変えず、ロクでもない事を口にする。

「うわっ!お前、そういう事口にするなよ。最近は控えるようにしてるんだからさぁ」

「控える?先週末、デートしてるトコ他の女に見られて、修羅場繰り広げたばっかじゃねぇか」呆れたように貴志は吐き捨てる。

「だから控えてるんだよ」

「喉元過ぎれば~ってヤツだな」

「嫌な事言うなよ、本気で反省してるんだぞ?俺はアレに懲りて、身辺をキレイにしたトコなんだからな。しばらくは、修行僧のような暮らしを・・・!!」まさか?

「心配するな、山寺に捨てに行くワケでもないよ」

「そ、そうか。一瞬誰かの依頼で、山奥に軟禁されるのかと思ったよ」

「この先にあるのが目的地だよ。見えてるだろ?」

視界の先に、妙な建物が見える。



 塔だよな?こんな山奥に誰が?

「なんだよ、あの異国情緒漂う塔は?俺が寝てるうちに、海外にでも着いたのか、この車は?」

「この先にあるのは、K村。三十年ぐらい前に廃村になったらしいんだが、目的はあの塔から、依頼されたモノを取ってくるだけだ」

「塔?廃村?……依頼⁇嫌な予感がしてきたんだが、帰ってもいいか?純子と約束してるの思い出した。いや、京子との約束が先だったような気もする」

「懲りてないな、お前。そんな細かい事は気にするな。所詮、持ちつ持たれつの関係だろ?」貴志はニヤリと笑うと再び運転に集中し始めた。


 貴志の仕事はフリーライター、オカルト記事なんかを主に書いてる。

俺と貴志が知り合ったのは、ある雑誌の取材で意気投合したからだ。

 俺は世間では占い師として生計を立てている。

とはいえ、ソレだけじゃ食っていけないから、イロイロと他の事もやっているワケなんだが……。

「で、ギャラは?」

「調査費等モロモロ含めて片手の仕事だ」

「で、5:5って事か?」

「話が早いな」

「仕事の内容にもよりけりだよ」

「ワザワザ蓮司を呼んだんだぞ?」

「ヤバイ仕事なのか?俺は肉体労働は好きじゃないんだよ」

「仕方ない、6:4でいいよ」

「俺が6だよな?」

「当たり前だろ?蓮司が働かなくちゃ依頼は解決するワケがないんだからな」

「でも、俺を連れてくるだけで貴志は200って事だよな?ずいぶんと楽な仕事じゃねぇか」

「何言ってやがる、下調べと装備だけでも結構経費使ってるんだぞ」

「よく言うよ。貴志の事だ、どうせ上乗せして請求するんだろ?お前が依頼主の後ろめたいトコつついて余分に請求するぐらいお見通しだよ」

「人聞きの悪い事言うなよ。俺は情報が漏れないようにアフターサービスをしてるだけさ。もちろん、相手によりけりだが、今回は500だけだよ」

「サービスなのか?ソレって?」

「ま、細かい事は気にするなよ」小さく笑うと、貴志は車を停めた。

 「おい、まだあの妙な塔までずいぶんと距離があるぞ?」

「村まで一気に行きたいトコなんだけどな。見えるだろ?」そう言うと、村へと続く林道を指さした。

「おいおい、これで500なのか?絶対に安いぞ!お前が引き受けてきた仕事とは思えない」

「やっぱりそう思うか?」苦笑いを浮かべ貴志は続ける。

「今回の依頼人は、昔世話になった女なんだよ」

「!?お、女?貴志に?」

「俺にそういう女がいちゃいけないのかよ?」

「貴志が世話になったんだよな?モノ好きな女だな」

「まったくだ」

「……自分で認めるなよ」

貴志の表情は変わらない。だが、瞳の奥に感情を隠しているのはすぐにわかった。

「とにかく、アレのおかげで車じゃ進めないって事さ」

「って事は、アレを取り除くのも俺の仕事ってワケか?」

林道には、蜘蛛の巣のように、異形の作り出したらしい糸が張り巡らされている。

「歩いていけば森を抜けるルートでも村には入る事はできるはずさ。ただ……」

「ただ?」

「この重い装備を、蓮司が一人で運ばなくちゃならないだけさ」

「冗談だろ?」

「俺は頭脳派であって、肉体労働には本当に向いてない。俺の体力のなさは連司が一番知ってるだろ?ましてや、『視鬼』の力は視るだけの力だ。『退魔』の能力は俺にはないしな」

 「クソッ!やりゃいいんだろ、やりゃ」俺は意識を集中させると周囲にいる精霊達に呼びかける。

都会と違って、さすがに精霊の反応が早い。

一塵の風と共に、異形の糸は浄化され消えていった。

「蓮司かっこいぃ~!」茶化すように貴志が声を上げる。

「ふざけんな」

「さてと、車を進めますかねぇ」俺の声なんか無視すると、貴志は車をスタートさせた。



 あれ程妖しい糸で張り巡らされていたのに、村へと抜ける林道に妖気は感じられない。

「ところでさ。依頼の詳細を聞いてないんだけど?」

「内容はさっき言ったように、あの塔から依頼されたブツ『水晶』をいただいてくるだけさ」

「それで500?簡単すぎるだろ、それじゃ。何を隠してるんだよ?」

「何も隠しちゃいないさ。俺だってそれだけしか聞いてないんだからな」

「で、下調べもロクにしてないから、この大荷物なのか?」

「塔の中で何が起きるかわからないからな」

「!?冗談だろ?……石橋を叩いて叩いて、叩き壊すぐらい慎重なお前が、ロクに依頼内容の裏も取らないで、現場に来るなんて俺には信じられないぞ」考えてみると、ドライブだなんて嘘ついてまで俺を連れ出すぐらいだ、裏があるのか?それとも……。

「時間がないんだよ」

「時間?」

「依頼者が言うには、明日の正午までにブツをここから取ってこないとマズイんだそうだ」

「……病気とか?」

「さてな、依頼主の彼女が死ぬとは俺には思えないが。とにかく『水晶』が手に入ればOKって事さ」

「妖魔が絡んでるのか?」

「さてな、俺にはその類は見えなかった。だが、手に入らなければ彼女の友人が死んでしまうんだそうだ」

「……見えなかったって事は、一度来てるって事だよな?」

「……来たが入れなかったんだよ。俺は『水晶』を取ってくるように頼まれただけさ」

「あまりにも胡散臭くないか?」

「まぁな。でも、人の命がかかってるのは事実だ。彼女が嘘を言う必要は何もないんからな。蓮司、嫌なら帰るか?」

「知って知らんぷりじゃ、人殺しと変わらないだろ?」

「悪いな」

「帰ったら『BLACK OUT』で酒でも飲ませてもらうさ」

「わかったよ」

俺達は小さく頷くと、車を降り村へと足を踏み入れた。




 三十年、確実にその時間の流れは村と呼ばれていた場所を塗り替えていた。

崩れた民家に囲まれるように、村の中央に奇妙な塔は建っていた。

「貴志……なんでこんな辺鄙な村に、こんな妙な塔が建ってるんだ?」どう見ても、日本建築ではない、石塔というヤツだ。

「さてな、この村自体、記録らしい記録がなかった、情報は存在してないんだよ。俺達の生まれる前に廃村になったらしいこの村の事は、近隣の老人に聞いても知らぬ存ぜぬだったしな」

「こんな塔があったのに、近くに住んでて気付かないなんて話があるかよ。なんで依頼主は知ってたんだ?」

「件の友人がここの村の出なんだとさ。この塔は能力者にしか見えないそうだ」

「かなり胡散臭いな、ソレ」疑わしい事ばかりだ。

 村の存在が外部に知られていない。ましてや、近隣の老人まで知らないだなんて、まるで……。

「隠れ里だったみたいだな」

「!?隠れ里だと?……おとぎ話じゃあるまいし」

だが、こんな珍妙な塔があるんだ。そんな存在があってもおかしくないか。

 「蓮司は知らないのか?『古き血の一族』の事を」怪訝そうに貴志が訊ねてくる。

「この業界で食ってるんだから、そりゃ話は聞いた事あるさ。だが、どこまでを信じればいいんだ?あまりにも荒唐無稽すぎるだろ、アレは」

『古き血の一族』────神の血を引くと云われてる一族だ。

その血が濃ければ濃い程、異形の力。貴志の『視鬼』や俺の『精霊術』なんかが使えるって事らしい。

 だが、血なんてものは薄れていくか、近親婚で血の歪みを生むだけだ。

長い時を隔てた現在に、そんな一族が残ってるなんて信じられない。

ソレが俺の素直な感想だった。

 とはいえ、俺自身が異形の力を持つ以上、存在そのものを否定してしまう事もできないのだが……。

「確かにお伽話の延長だと言ってしまえば、それで終わりだな。だが、俺もお前も『力』を持ってる。伝説とも云える一族の謎の断片に迫れるかもしれないぜ?」探求心旺盛と取るべきなのか、楽天家と取るべきなのか。慎重なワリに変なトコで好奇心が強いんだよな。

 楽しそうに語る貴志を横目に見ながら、塔を改めて観察してみる。

高さは三階建てのビルぐらいだ、しかし、どこからこれだけの石を切り出してきたんだろう?

「貴志、この辺は玄武岩の産地なのか?」

しっかりと組まれた石塔は良質の玄武岩が使われているようだ。

神代文字とおぼしき文字が壁面に彫り込まれている。

「この近辺じゃ、これだけ良質の玄武岩は産出しないそうだよ。ましてや、これだけの量だ、いくら隠れ里といっても外部に知られないで運び込むなんてのは信じられない」

「協力者がいるって事か?」

「さてな。隠れ里の調査がしたいなら、まず依頼を済ませてからにしよう。水晶を手に入れるのが先だからな」

「確かにそっちが優先だわな。俺も江里との約束があるし、早いトコ帰らないとまずいしな」

「懲りないな、お前」呆れ顔で呟く貴志を無視すると、俺は塔の扉を押し開いた。

「随分と不用心なんだな、鍵もなければ封印されてるワケでもない。って、入れなかったって言ってなかったか?」

 「……やっぱり」貴志がなにかを呟いた。

「どうしたんだよ、中入らないのか?」

「蓮司、この依頼……」

「どうしたんだよ?」何か隠してるのか?

「俺はこの塔どころか、村にも入る事ができなかった。俺に流れる血では、この村の存在に気付くことができても。入ることは許されなかった」

「!?どういう事だよ?」

 「この村は、お前の事を認めたんだよ。血の後継者としてな。もしくは塔の守護者が蓮司を必要とした。……たぶん、そういう事だ」

「認めた?……何言ってんだよ、俺はこんなトコに来た記憶ないし、ましてや俺が『古き血の一族』とでもいうのか?冗談はよせよ。それにな、死んじまった親父達はこんな力は持ってなかったぞ?」

「血が目覚めなかったというだけだよ。血を継ぐ者は限られるんだよ。全員が血を継いで、能力に目覚めてたら……俺達みたいな輩は『異端者』扱いされなくて済むだろ?」少し寂しそうに貴志は呟く。

「目覚めか。確かに生まれた時からこんな力が使えたワケじゃないからな。まぁいい、そんな話は後だ。さっさと依頼を片付けちまおうぜ」

「そうだな。こんな話は彼女を交えた上でした方が良さそうだしな」

「彼女?依頼者か?」

「そう、依頼者だ」

「ふ~ん、帰ってから『BLACK OUT』で会わせてもらうとするさ」

「さて、上に向かうか」懐中電灯を俺に投げると、貴志はライトを手に進み始めた。

「待てよ」後を急いで追いかける。



『血を継ぎし者よ……汝の真名を答えよ』



「今の聞こえたか?」貴志が呟く。

「俺達の事みたいだな?」どうやら、貴志も継ぎし者らしい。



 『真名を答えよ』



 頭の中に直接響くような声だ。

「貴志……マナって何?」

「俺が知るかよ」

「無責任なヤツだなぁ」

「あのなぁ。俺の名は貴志、桐生貴志だ」とりあえず名乗ってみるという事なのか?

「俺は蓮司、香坂蓮司だ」



『真名を知らぬ者よ……この場から立ち去るがよい』



 「名乗ったじゃねぇか!俺にはこの名前以外ないぞ!!」頭ごなしの命令口調に腹が立ってきた。

「蓮司……お前なぁ」呆れた顔で貴志が俺を見つめる。

「なんだよ!貴志は納得できるのか?」

「守護者よ。真名とはなんだ?」

「聞いて答えてくれるのか?」

「聞いてみなけりゃわかんないだろ」



『真名を知らぬ者よ……この場から立ち去るがよい』

声は同じセリフを繰り返すだけだ。



 「貴志……無視して進んでみようぜ」



『……忘れてしまったのか?』



さっきの声とは違う。

なんだ?・・・今のは?

「蓮司、聞こえたか?」

「何が?」

「いや、忘れてしまったのか?って・・・聞こえなかったか?」

「貴志も聞こえたのか?」



『思い出せ……汝らの真名を』

再び頭に声が聞こえる。



『真名を知らぬ侵入者よ、立ち去らぬなら死を持って悔いるがいい』



 !!思い出した。

「我が真名は『氷蓮』」

「真名は『羽柳』」貴志の声が俺の声に重なる。



『風の血を継ぎし者よ。記憶を持ち帰るがよい』



 「記憶を持ち帰る?何のことだ?」なんで思い出したんだろう?

「どうやら『古き血の一族』ってのは本当みたいだな」複雑な表情を貴志は浮かべている。

そりゃ、そうだ。伝説に近いような存在だったものが、目の前にいや、自分自身がその存在になってしまったのだから。

「先に進むしかないという事だな」

「俺達自身の事を知る為にもな」

俺達は、自分の事を知る為にも塔の上へと急いだ。



 螺旋階段を上へと急ぐ。

守護者の声も、さっき聞こえた声もなにも聞こえない。

階段を上がる足音だけが塔の中に響きわたる。

塔の内部は階段があるだけでなんの飾りもなく、侵入者への障害は何一つ存在しない。

さっき真名を答えられなければ、死んでいたという事なんだろうか?

「蓮司……氷蓮って何?」貴志が呟く。

「それを言ったら羽柳って何だよ?」

お互い苦笑いを浮かべると先へと急いだ。


 最上階といっても、広いスペースになってるだけで、何も、いや中央に台座が見える。

「貴志、あそこしかないよな?」

「ハァハァ……だろうな」運動不足か、体力のなさか、貴志は肩で大きく呼吸をしている。

「基礎体力ぐらいはつけといた方がいいと思うぞ」

「俺は、頭脳派だから……いいんだよ」呼吸を整えながら貴志は台座へと近づく。

台座の上には柔らかな光を放つ水晶が置かれていた。

「コレを持ってけば依頼完了って事だな。依頼主に届けて、改めてココの調査に戻ってこようぜ」

「そうだな」貴志が水晶に触れたその時、眩い光が俺達を包み込んだ。



『風の血を引きし者達よ……水の血を継ぎし者の守護を……古き血の記憶を辿れ……目覚めの時はきた』



 先程の守護者の声ではない。優しい、暖かな声だ。

「水の血を継ぎし者とは誰だ!」

「守護しなくてはならないのか?」

俺達の問いに答える声はなかった。

光は消え、貴志の手のひらで水晶が小さく光を放つだけだった。


 「蓮司、どうするよ?」

「俺達はとにかく依頼者にコイツを届けるだけさ。声の言葉については、依頼者に聞いてみれば何かわかるかもな」

俺達は水晶を手にすると、塔を後にした。



『目覚めし者よ……記憶を辿れ……』



 その声に後ろを振り返ると、塔も崩れていた廃屋も、何もかもが跡形もなく消えていた。

「……消えちまったな」

「謎だらけだ」

「ところで、依頼者って誰?」そういえば名前すら聞いてない。後で酒を飲むときに聞いてもいいが、なんとなく気になる。

「依頼者か?ルルド・ウィザード……鮮血のロゼリアと言った方がわかりやすいだろうな」

「な!?ロゼリアだと?あのロゼリアか?」冗談だろ、関わって生きてたって話の方が少ない。

 ある意味『古き血の一族』と変わらないくらい謎の人物だ。

「昔、助けられたんだよ。ルルドにな」遠くを見つめるように貴志が呟く。

「魔女に?」噂ばかりで実体が掴めない人物だ。だが、悪い噂しか聞いたことがない。

「ルルドは、噂通り気まぐれな女だよ。でもな、誰よりも彼女は優しい。そして、誰よりも痛みを知ってる」

「貴志……酒が飲めるワケだよな?ロゼリアと?」

「あぁ、依頼を完了させればな」ニヤリと貴志が笑う。

「急いで戻ろう。俺達の真名についてもロゼリアなら何か知ってるかもしれないしな」

 存在を無くした村をもう一度見つめると、俺達は『BLACK OUT』へと急いだ。



Fin


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