第181話 みんなでテント

 この日はレイナの提案で、家の外にテントを張り、家族で雑魚寝をすることになった。


「それじゃあみんなでアラタを守るわよ!」

「おー!」

「おー」


 気合いの入ったレイナの言葉に、ティルテュとスノウが手を上げる。

 もっとも、スノウはなんのことかわかっていないので、大好きなティルテュの真似をしているだけだろう。


 我が子の間延びした声が中々可愛いが、俺の妻である二人はかなり本気だ。


 というのも先日、いきなりエディンバラさんが俺の布団の中に潜り込んでくるという事件があり、レイナとテュルテュの二人はそれを警戒している状態だからだ。


「アラタも、もし師匠が来たらすぐ追い返してね」

「もう大丈夫だと思うけど……」

「それでも警戒は必要なのだ!」


 ――本当に大丈夫だと思うんだけどなぁ……。


 俺は先日のことを思い出す。



 ――父よ、実は言いたいことがあって……。


 ベッドの中に侵入し、恥ずかしそうに言うエディンバラさん。

魅力的な女性だが、今の俺には大切な家族がいるので、たとえこのようなシチュエーションでも心が揺れることはなかった。


 結局、事情を聞く前にレイナがやってきて大激怒し、エディンバラさんを追い出してしまったため、なにを言いたかったのか分からず仕舞い。

 俺に恋愛感情を持っているとは思えず、なにか別の理由があったのは明白だけど……。


 まあ、別に夜に来れないわけじゃないから、また後で来るか。

 そう思って、テントの中で寝る準備をしている三人を見つめる。


「みんなでお泊まりー。スノウはままの隣で寝るんだよー」


 ご機嫌そうに歌いながら自分の布団を並べるスノウを見ていると、ほっこりした。

 もっとも、ティルテュなどは結構気が気じゃないみたいで……布団の準備が終わってみんなが寝静まった頃。


 俺を取られるかもしれない! と本気で思っていた彼女は、寝ているはずなのに力強く腕に抱きついてきて、取られないように必死だ。


 可愛いんだけど、ちょっと寝づらいんだよなぁ……。


「まあでも、こういうのもたまにはいっか」


 ずっと一緒に生活をしていたレイナ、そして俺のことを旦那様と慕ってくれていたティルテュ。


 この世界で出会った、掛け替えのない家族たち。 

 絶世の美少女二人と結婚したんだ、と転生前の俺に言ったら、仕事のしすぎだと病院送りにされるかもしれない。


 そこに娘までいるなんて聞いたら、倒れそうだな。


 なんにせよ、大切な家族が増えた。

 彼女たちを一生かけて守りたい。俺の一生がたとえどれほど長くても、ずっとずっと傍にいたい愛しい存在だ。


「んん……だんな、さま……?」


 じっとティルテュを見つめていると、気配を感じたからか彼女が目を開ける。


「起こしてごめんね」

「……ん」


 どうやらまだ寝ぼけているらしく、もぞもぞと寝やすい態勢に変わる。もっとも、抱きついてきた腕を放す気はないらしい。

 恋人以上、生涯の伴侶となる少女を受け入れ、されるがままにする。


 しばらくすると彼女の力が抜けて、また寝息をたてた。

 可愛すぎて、これがこの島のドラゴンでさえ逃げる最強の古代龍だなんて誰も信じないだろう。


 反対を見ればレイナが胸を上下させて眠っている。

 愛する妻二人に挟まれて、大きなテントの中で眠るなど、世界中の男たちに嫉妬で殺されそうなシチュエーションだな。


 まあたとえ世界中を敵に回しても、俺は守り切ってみせるけど。

 神様から貰ったこの身体は、そのためにあるんだから。


「幸せだなぁ……」


 ゆっくりと目を閉じると暗闇が広がるが、それすらも心地良く感じた。

 ――明日もまた、楽しい日でありますように。



「むぐ……」


 唐突に鼻を塞がれ、呼吸が止まり意識が覚醒した。

 目の前にはいつもの天井と違い、俺を見下ろしながら楽しそうな顔をしたスノウ。

 どうやら俺の鼻をつまんでいたのはこの子らしい。


「おはようスノウ」

「あははははー!」


 鼻を塞がれているせいで変な声が出た。近すぎて全体像が見えないが、俺の声が面白かったのか、彼女は口を大きく開けて笑う。


「身体起こすからね」


 スノウを振り落とさないように背中に手を回して身体を起こす。

 全然鼻を離してくれないので、ちょっと強引に離して目の前に顔が来るように持ち上げた。


「なんでこんな悪戯したの?」

「お寝坊さんが起きなかったら鼻でもつまみなさい、ってままが言ったから!」

「そっかぁ……」


 まあ朝早くに起きて朝食を作ってくれているレイナに対し、惰眠を貪っていたのだから反論も出来ないな。


 周囲を見ると誰もいない。もうティルテュも起きて外に出ているらしい。

 スノウも着替え終わっているし、俺だけがこんな時間まで寝てしまっていたのだ。


「まま! ぱぱ起きたよー!」


 彼女は俺の腕からするりと抜け降りると、テントの外にいるレイナの下へと駆けだして行く。


 一人になったので着替えを済まし、外に出るとエプロン姿のレイナとティルテュが一緒に朝食を作っているところだ。


「おはよう二人とも」

「ええ、おは……ふふ」

「ははは! 旦那様、その鼻はスノウにやられたな!」


 俺が声をかけて振り向くと、二人して笑い出した。

 鼻? と思って触れるとなんだか出っ張りがある。


 ――これは、氷かな?


「スノウー? ちょっとこっち来てー」

「あははははー! やだー!」


 楽しそうに逃げ出してしまう。

 仕方ないのでレイナの収納魔法から鏡を取り出して貰って見ると、鼻の上に丸い氷がくっついていた。


 特に接着面が冷たいとかいうこともなく、ずいぶんと器用なことだ。


「全然気付かなかったんだけど……」

「これ、凄い技術よ。多分人間の持っている魔法理論とはまったく別物だし、水魔法が得意なマーリンでも出来ないと思う」

「まあスノウはちっちゃくても大精霊だからな。この島の魔物だってやつが本気になったらみんな氷漬けだ」


 レイナとテュルテュが料理の手を止め、マジマジと俺の鼻を見て感心する。

 俺としてはこの状況をじっと観察されるのは恥ずかしい。


「取っても大丈夫だよね?」

「え、取っちゃうの? せっかくスノウからのプレゼントなのに?」

「そうだぞ旦那様。取ったらスノウが泣いちゃうぞ」

「えぇ……」


 離れたところの木の陰から俺を伺っているスノウを見る。悪戯が成功してとても楽しげだ。


 そんな彼女が可愛いくて仕方がないのだろう。

二人とも俺をからかうような目で含み笑いをしていた。


「仕方ない。この鼻のままあの子を捕まえよう」


 俺の鼻がスノウの方を向く。丁度太陽が鼻の氷に反射して、目に入ってちょっと眩しい。


 スノウは俺が追いかけようとしていることに気が付き、逃げようと森の中に向かう。


 もっとも、それを許すはずもなく――。


「捕まえた」

「わわわっ!」


 一気に距離を詰めて後ろから持ち上げてあげる。足をバタバタさせて脱出を図るが、両脇から抱えているので逃げられることはない。


 身体をこっち向けると、その小さな鼻に俺の氷の鼻をくっつけた。


「どうしてこんなことしたの? ままは知らないって言ってたよ?」

「だってー。ぱぱ起きないからー」

「そんな悪戯っ子にはお仕置きだ!」


 抱っこした状態から肩車へ体勢を変えて走り出す。

 スノウじゃまだ出せないような速度だが、楽しそうにはしゃいでいた。


「ほら二人ともー、そろそろご飯出来るわよー!」

「今日は我も手伝ったのだから、早く来るのだー!」


 遠くから手を振っている二人を見る。


「ママたちが呼んでるから、行こっか」

「うん!」


――――――――――

週二回のペースで連載再開しますので、よろしくお願いいたします。

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