第10話 求婚と勘違い

 疲れて眠っているレイナを横にした俺は、立ち上がりやって来た方を見た。


「ルナ、ちょっとレイナを看ててくれるかな?」

「うん! お兄ちゃんは?」


 その元気の良い声を聞けば、安心して彼女を任せられる。


「俺は、あのドラゴンがなんの目的で来たのか確かめてくる」


 突然襲来してきた黒いドラゴン。

 エルガはバハムートと呼んでいたあれの目的が俺にあることは理解していた。ただ、その理由まではわからない。


 少なくとも悪意があったようには思えないが、しかしいきなりエンペラーボアを落としてきたり、人間になって抱き着いてきたりと行動が支離滅裂だ。


 このままこの島で生活するにあたって、その行動原理を知っておかなければならないと思う。


 いずれレイナは出ていくとはいえ、船を造るにも救援を待つにしても相当な時間がかかるはず。

 それまでいつ同じような出来事で心身ともに負担がかかるかわからない。


 俺はともかく、このままではレイナの身体がもたないだろう。だからこそ、この森に住む者たちがどういう理由で行動をするのかを知っておかなければならないと思った。




「はーなーすーのーじゃー!」

「離したらお前、あいつらのとこ行くだろうが」


 ルナにレイナを任せ、俺が森の中に戻ると、エルガに首根っこを掴まれた状態で暴れている黒髪の少女がいた。


 パッと見たところ高校生程度の年齢に見えるが、先ほどまでの言動などを考えると少し幼く見える。


 ルナもそうだが、この島の存在たちはもしかしたら見た目よりも精神的な成長が遅いのかもしれない。


 不意に、少女と目が合い、彼女が瞳を輝かせる。


「旦那様! ようやく戻ったか!」

「おうアラタ。大丈夫だったか?」

「うん、とりあえずレイナも落ち着いたよ。それで……」


 人のことを旦那様呼ばわりするこの少女をどうすればいいのだろうか? 


 とりあず神様特性のこの身体がどうにかなることはないのは、これまでの経験で実証されているわけだが、そもそも懐かれる理由がわからない。


「君の名前を教えてもらっても良いかな?」

「我が名はティルテュ! 神龍バハムートを祖にする、この島で最も偉大な古代龍である!」


 ぷらーん、とエルガに首根っこを掴まれた状態でありながら、ムフーと鼻息荒く自信満々で自己紹介をしてくる少女テュルテュ。


 バハムートといえば俺からしたらフェンリル同様、ゲームや漫画なんか知っているくらいで、とにかく凄い龍というイメージだが、それと目の前の少女がイコールで結びつかない。

 とはいえ、自己紹介をしてくれた相手に対していつまでも黙っておくわけにはいかないだろう。


「俺の名前はアラタだ」

「ほう、旦那様はアラタと言うのか! 強そうで立派な名前だのぉ!」

「あ、ありがとう……」


 俺の名前を知れたからか、嬉しそうに持ち上げてくれる。


 両親から貰った名前を誉められるのは悪い気がしないが、どうして彼女はここまで友好的に接してくれるのだろうか?


「ところでティルテュ。君はなんで俺のことを旦那様と呼ぶの?」

「うん? 不思議なことを聞くのぉ。旦那様が熱烈なプロポーズを我にして、我がそれを受け入れたからではないか!」

「えーと……」


 腕を組んでエルガを見ると、彼はこっちに振ってくるなと言わんばかりに首を横に振る。


 どうやら彼にも言っている意味がわからないらしく、この島特有の冗談かなにかではないらしい。


「俺はプロポーズをしたつもりとか、ないんだけど……」

「なにぃ⁉」


 俺の言葉にティルテュが驚いたように声を上げるが、俺からしたら逆になぜそこまで驚くのかがわからない。いったいどこでこんなに話が捻じ曲がってしまったのだろうか?


「だ、だって旦那様、我にエンペラーボアを送ってきたではないか!」

「うん?」

「強力な魔物を、それよりも強い魔力を込めてメスに与える。これこそが我ら古代龍におけるプロポーズなのだぞ! しかも旦那様が込めた魔力は我をして信じられんほど強大な物で……こ、こんなものをプロポーズの証として贈られれば、我としても受け入れるしかないと――!」

「ちょ、ちょっとストップ!」


 興奮のあまり勢いよく話し出すティルテュを止めて、一度先ほどの彼女の言葉を整理する。


「えっと、一個ずつ尋ねていいかな?」

「……なるほど、先ほどのは旦那様流の冗談だな? ふふふ、愛いことをするのぉ。そしてまずはお互いのことを知ろうということか! 良い心がけだぞ旦那様!」


 なにを言っても好意的に解釈して好感度が上がっていくから少し戸惑うが、敵意を持たれるよりはいいか。


 エルガに視線を送り、彼女を地面に降ろすように頼む。そして地面に降り立った少女は、百五十センチほどで俺よりも頭一つ以上小さかった。

 そんな彼女としっかり目線を合わせて、一つ一つ尋ねていく。


「……ティルテュは古代龍族なんだよね?」

「うむ! 神龍バハムートを祖とする古代龍族で間違いないぞ!」

「それで、俺のことを旦那様と呼ぶのは……俺がプロポーズをして、君が受け入れたから?」

「古代龍族のメスは己よりも強いオス以外には興味がない! そして我よりも遥かに強大な力を持った旦那様に、我はもうメロメロだ!」


 どうやらここですれ違いが発生したらしい。


 小さな犬歯を剥き出しにして満面の笑みを浮かべるティルテュにもう少し詳しく聞いてみると、俺が殴り飛ばしたエンペラーボアがちょうど彼女の寝床に飛んで行ったとのこと。


 強力な魔物を餌として渡すことが古代龍族にとっての求愛行為。そこに己の強さを証明するために魔力を込めるらしい。


 そして今回エンペラーボアが飛んできたことで、ティルテュはそれを求愛行為と解釈。


 しかもどういう理屈か俺の魔力、神様チートボディによる超パワーが込められてしまい、己よりも遥かに強いオスだと勘違いしてここまでやって来たそうだ。


「エンペラーボアを落としてきたのは?」

「あれはプロポーズを受け入れたから、これからは家族として一緒にご飯を食べようという返礼である!」

「……なるほど」

 

 とりあえず彼女に悪意など最初からなかったことはよく理解出来た。


 問題は、俺にそんな意図はなかったということだ。とはいえ、実際に俺の行為によって彼女に勘違いをさせてしまったこともまた事実。


「あのね……」


 一つ一つ、俺はこれまでの経緯を話していく。


 気付けばこの島にいたこと。


 先ほど倒れたレイナと一緒に森の散策をしていたらルナやエルガたちと出会ったこと。


 そしてエンペラーボアを退治し、飛んで行ったのはたまたまだった、ということ。


「つ、つまり旦那様は本当に、我に求婚してないと? ただ照れて誤魔化してるだけじゃなくて?」

「う、うん」


 なにも知らない異邦人が、たまたま起こしてしまった出来事なのだということを伝えると、ティルテュはショックを受けた様子を見せる。


「うー……そうかぁ、我、勘違いしちゃったかぁ……そっかぁ。我って古代龍族の中でも強すぎて誰も近づいて来ないし、初めての求愛行為にテンション上がってたけど、勘違いだったのかぁ」

「ご、ごめん」


 先ほどまでは快活明瞭という雰囲気だったティルテュだが、今は俺に背中を向け、影を背負ってズーンと効果音が聞こえてきそうなほど凹んだ様子で座り込んでしまった。


 拾った木の枝でグルグル地面を削る姿を見るとあまりにも申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。


「そもそもボッチドラゴンの我に求婚してくるもの好きなどいないことくらい、ちゃんと理解しておるしー。弱いやつらは近づいて来ないしー」


 どうやら彼女は古代龍の中でも強い方らしく、周囲から孤立しているタイプのようだ。


「おいアラタ、このボチドラ面倒くせぇぞ」

「そんな呼び方したら可哀そうだよ」


 ただとりあえずこの場でいきなり暴れるような感じではないようで、少しホッとする。


 まだこの身体の強さに慣れていない現状で、エンペラーボアのように襲い掛かられて抵抗したら、手加減できずに怪我をさせてしまうかもしれないからだ。


 こうしてきちんとコミュニケーションが取れる相手なのだから、と考えたところでふとエンペラーボアを見て思いつく。


「あ、そうだ。ねえティルテュ」

「ぬ?」

「せっかくだから一緒に食べようよ」

「ぬぬぬ?」


 昏いオーラを漂わせていたが、俺の言葉を聞いてピクリと反応してくれたようで、顔を上げてこちらを見る。とはいえ、若干疑いの眼差しをしていて、どうやら不信感を与えてしまったようだ。


「……一緒に?」

「うん、一緒に」

「お主らだけで集まってワイワイやって、我だけ端っこに追いやるとかじゃなく?」


 いったい彼女の過去になにがあったのだろうか?


「ティルテュも輪の中に入ってさ、みんなで一緒に料理をするところから始めよう」

「わ、我は丸焼きが得意だぞ! こう、口から炎を出してな! ガガガー、ゴゴゴーとやるのだ!」

「いいね、そしたら火加減はティルテュに任せて――」


 必死に自分が出来ることをアピールしてくるティルテュに苦笑していると、興奮しすぎていたせいか彼女の口から火炎放射が発射され、逃げる間もなく業火が俺を飲み込んだ。


「ぁ……しまったー!」

「ア、アラター!」


 焦ったような二人の声が聞こえてくる。


「だ、大丈夫。びっくりしたけど……火傷とかはしてないよ」

「「……」」


 そして炎が途切れてそう笑顔を向けると、二人は信じられないモノを見ながら唖然と口を開けていた。


 この身体は神様特性のチートボディだが、どうやら最強種の二人をして、異常なくらい頑丈な身体だったらしい。

 これなら安心してこの島でも生活できるなと思いつつ、ふと自分の身体を見下す。


「そういえば、服も燃えてないって凄いな」

「「気にするところおかしい!」」


 二人同時に突っ込まれてながら、エンペラーボアをどう料理するかを決めるため、レイナの下へと向かって行くのであった。

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