三章 想いを重ねて
忘れていた夏休み
『
それが
武史が言うには、
武史曰く、帆夏が
人は他人を傷つける時、自分が傷つく事をしようとする。例えば『ブス』と他人を貶す人は、自分が一番その言葉でダメージを負うからこそ、その言葉を選ぶのだ。
武史はアホそうに見えるが、結構人を見ている。彼を見直した瞬間だ。そんな事をすると武史が帆夏と気まずくなるんじゃないかと聞いたところ、「ユウ兄に協力するって言ったじゃん」だそうだ。
彼の中では未だ絃羽に対して罪悪感が強く残っているのかもしれない。或いは初恋の断片が残っているのかもしれないけども……そこには触れまい。
そんな俺達の初手は──放課後に浜辺でバドミントンをする、だった。
昨日の今日で、絃羽も簡単に参加できそうで尚且つ人目に付きそうなもの、というのが思いつかなかったのだ。浜辺なら学校帰りの通学路から見えるし、とりあえずこれで様子を見ようという事になった。
しかし、もちろん浜辺で三人でバドミントンをやる話など絃羽にはしていない。浜辺に現れた絃羽に、ラケットを持って武史と二人で「よっ」と手を上げたら、案の定固まっていた。
「え、武史くん? どうして……?」
少し困惑した様子で武史を見る。
絃羽からすれば、武史と話すのも随分久しぶりだろう。困惑するのも仕方ない。
「昨日、武史と話してたら一緒にやりたいって言い出してさ。どうせだから、三人でやろうかと思って」
「そうじゃなくて。部活は? レギュラーになったんでしょ?」
絃羽が少し怒った表情を武史に向けた。
彼女が気にしている事は、どうやら武史の部活だったらしい。彼が練習をサボって遊んでいると思っているのだ。他の生徒と交流がない絃羽は、野球部の不祥事を知らないのだろう。怒る理由が彼の為であるところも、絃羽の優しさを示している様にも思えた。
「あー……部活は活動停止中で、秋の大会も出場辞退。今日グラウンドに誰もいなかっただろ? 夏休みやる事ねぇんだわ、ははっ」
武史が頭を搔きながら、照れ臭そうに理由を語った。
野球部の不祥事には絃羽も驚いていたが、残念そうに「そう……」と呟くだけだった。掛ける言葉が見つからなかったのだろう。
「ま、そんなわけでさ、武史も落ち込んでたし、気分紛らわせる為にも皆で遊ぼうってなったわけ」
ラケットを彼女に差し出した。
「それで、バドミントン?」
「これなら絃羽も遊べるかなって。できる?」
「……多分」
彼女は迷いながらも、小さく頷いた。
バドミントンはシャトルを叩くだけで成り立つから、基本的に誰でもできるだろう。
「よぉし、頑張ろうぜ、絃羽! 俺らが勝ったらユウ兄がハーゲムダッツ買ってくれるってさ! しかも一人二つ!」
「え、ほんとに⁉」
武史の言葉に、目を輝かせる絃羽。
ちょっと待った。それは話になかった。まあでも、それで絃羽がやる気になるなら良いのかもしれない。負けたら四つ分になるけど、負けなければいい。
「わかったよ。ただし、俺が負けたらな」
結局、その条件で飲んでしまう俺である。武史と絃羽はダブルスとなって、こちらは二人分相手にしなければいけない。スタミナ面ではかなり不利だ。
しかし、手はある。あまり運動が得意でなさそうな絃羽を集中的に狙っていく作戦だ。ちょっと狡い気もするが、こちらは負ければハーゲムダッツアイス四つ。結構な額になる。世の中、そうそう甘い話はないと子供達に教えてやるのも大人の役目だ。
そう思って絃羽を狙ってシャトルを打ち込むが──
「えいっ」
絃羽が凄く変なフォームでラケットを振って、打ち返してくる。しかも、変なフォームで打つものだから、全く動きが予想できない。
俺の空振りと共に、シャトルはぽとりと砂浜に落ちた。
「うぉ、速攻で先取⁉ 絃羽すげぇ!」
「やった!」
二人が嬉しそうにはしゃいでるのを横目に、茫然とする。まさか一回も打ち返せないとは思わなかった。
「いや、今のはマグレだろ! 次は負けないからな!」
そしてもう一度絃羽に向けてサーブを打つ。今度は結構本気だ。しかし──
「えいっ」
普通に返されてしまい、加えて謎のフォームからのナックル風ドロップショットが返ってきた。反応できずに再び空振り。
「わ、連続!」
「うぉぉ! 絃羽強ぇ! これはハーゲムダッツ余裕か⁉」
何もしてない武史がはしゃぐ。くそ、スタミナ勝負以前に普通に負けてしまっている。ちょっと悔しい。
「悠真さん、もしかして下手なの?」
しかも何だか憐れまれてしまっている。
「ち、違う! これは年上のハンデみたいなもんだ! 今から巻き返すからな!」
結局、絃羽が予想外の才能を発揮してしまったせいで、その後も俺が巻き返す事はなかった。
俺の方はさっさと負けを認めて、今は武史と絃羽が一対一で試合をしている。何度か続けているが──
「えいっ」
絃羽のナックル風ドロップショット(どこに落ちるかわからないので勝手に名付けた)に、武史のラケットがぶん、と空を切る。彼も俺と大差なく、殆ど絃羽に打ち返せないでいたのだ。
「ち、ちきしょー! 全ッ然返せねぇぇぇ!」
そのまま崩れ落ちて武史が叫んだ。スポーツマンの彼としては本気で悔しいのだろう。
「ふふっ……あははっ」
武史の崩れ去る様が面白かったのだろう。絃羽が噴き出すように笑った。
彼女がこんな風に笑ったのは、俺がここに来てから初めての事だった。いつもみたいに控えめだったり困ったように笑うのではなく、純粋に楽しそうに笑う絃羽に、俺は見惚れてしまっていた。
──絃羽が可愛いのはわかっていたけれど、笑うとこんなにも眩しいのか。
胸の奥がずきずきと痛んだ。でも、嫌じゃない。
「よし、絃羽! 今度は俺と武史のチームで勝負だ!」
「ええっ? まだするの?」
「当たり前だ! 負けたままで帰れるか!」
結局その後、俺と武史のダブルスチームも絃羽のナックル風ドロップショットに敗北した。
正直に言うと、途中から帆夏の事などどうでもよくなっていた。
いや、帆夏の事だけじゃない。ここに来る前に悩んでいた将来の事、元恋人の
途中で絃羽も素足になって、汗を拭くのも忘れて無我夢中で遊んでいた。俺がずっこけると、彼女がお腹を抱えて笑っていて、そんな笑顔が眩しかった。
何だか、随分久しぶりな感覚だった。ただ純粋に何も考えずに体を動かして、遊ぶ──俺自身が子供の頃に戻ったかのような気分だ。
そう、これはきっといつかの忘れていた夏休み。俺はこの感覚を思い出したくて、この町に来たのかもしれない。
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