仲直りは翼を授けるドリンクで

 坂を下っていくと、徐々に潮風が頬を撫でた。都会暮らしの人間からすれば、この匂いと僅かな波の音だけで十分テンションが上がる。

 道中、絃羽とは他愛ない話をしていた。彼女は少年漫画が好きらしく、最近流行っているものだけでなく、ひと昔前のものも好きらしい。俺が昔に読んでいたものは大抵読んでいた。


「あ。こんなとこにコンビニできたんだな」


 絃羽達が通う学校の近くにはコンビニがあった。五年の月日で変化を感じた部分でもある。


「うん、一昨年くらいに出来たかな。私はあまり使わないけど」


 皆は使ってるみたい、と絃羽はコンビニを横目に見て付け加えた。


「ちょっと寄っていいか?」

「うん」


 コンビニに入ると、俺は翼を授けるドリンクを手にとってレジにもっていく。

 試験前勉強でお世話になって以降、完全にエナジードリンク依存になってしまった俺である。もちろん、これは自分の為に買ったのではない。


「あ、これ試験前とか皆飲んでる。おいしいの?」


 絃羽が俺の手元にある缶を見て訊いた。


「美味しいっていうかドーピングみたいな感じでハマる。お前もいるか?」

「私、炭酸苦手だから」


 絃羽は申し訳なさそうに首を竦めて苦笑を浮かべた。

 そういえばそうだった。昔もみんなに合わせて無理して飲んでいたのだ。絃羽には代わりにスポーツドリンクを買ってやると、喜んでいた。


「じゃあ、帰りもここで待ち合わせな。勝手にふらふらとどっかいくなよ」


 校門近くにある防波堤でそう絃羽と約束すると、彼女は「うん、わかった」と微笑んで、学校の中に入っていく。

 彼女が校舎の中に入ったのを確認すると、俺も校門をくぐった。

 そんなに広い校舎ではなさそうだが、果たして部外者の俺が勝手に入っていいのかは疑問だった。都会では確実にアウトだ。

 しかし、田舎なので警戒心が薄いのか、特に教師っぽい人とすれ違っても何も言われなかった。


 ──帆夏ほのかは薙刀部だったよな。武道場でもあるのか?


 絃羽に訊けばよかったな、と思わず溜息が漏れるが、とりあえず体育館っぽいものだけを目安に武道場を探してみる事にした。

 すると、女子の気合の入った掛け声のようなものが聞こえてきたので、そちらに向かうと武道場があった。

 入り口の隙間からのぞいてみると、フルフェイスの防具をつけて薙刀を持った生徒同士が試合形式の練習をしていた。素早い攻防には思わず目を奪われてしまう。

 防具をつけていない生徒の中には、帆夏はいなかったので、あの戦っているどちらかが帆夏だろう。

 二人の生徒は気合いの声を放ちながら、薙刀を振り回す。

 ルールがさっぱりわからないのだが、足を打ったり面を打ったり鍔迫り合いをしたりしていた。

 薙刀の試合を見たのは初めてだが、素早いフットワークなどもあり、見応えがある競技だ。すると、すかさず片方が面を打った攻撃が入って、そこで試合終了。

 二人が礼をしてから面を外すと、勝った方が帆夏だったことが判明した。

 礼をした後、友達とハイタッチをしていた帆夏が、武道場のドアの近くで覗いていた俺に気付いた。


「え、お兄ちゃん⁉」

「よっ」


 手を上げてみせると、彼女は慌ててこちらに駆け寄ってきた。

 それと同時に「帆夏のカレシ⁉」と一斉にざわつく他の女子部員。帆夏は「違う! バカ!」などと叫びながら、身に着けていた防具をそちらに投げつけていた。


「お兄ちゃん、どうしてここに?」


 息を切らして俺のところまでくると、顔を真っ赤にしながら訊いてきた。試合後ということもあり、汗だくだ。


「あ、これ。美紀子さんから、弁当渡してって」

「ああ……今日私寝坊しちゃったから。わざわざ持ってきてくれたの?」


 帆夏は嬉しそうだった。

 ここで絃羽を送るついでとも言おうものなら、きっと昨日の再来になることは間違いないので、適当に頷いておいた。


「あと、これも。昨日のお詫び」


 そう言いながら、さっき買ったエナジードリンクを渡した。


「え、差し入れ⁉ ありがとうー! あたしこれ好きなんだぁー」


 帆夏は目を輝かせて言う。

 帆夏の笑顔は、夏の太陽みたいに眩しい。絃羽のものとは全然違った。


「にしても、凄いな。昔の帆夏からしたら想像もできなかった」

「全然だよ。さっきのは偶然勝ったみたいなもんだから。まだ補欠だしね」


 彼女は照れながら言った。

 そのあたりで、怖そうな顧問の女教師が帆夏を呼んだ。彼氏との逢瀬はそのぐらいにしろと付け足したものだから、帆夏の顔が真っ赤になる。


「あー、えっと。先生、呼んでるぞ?」


 なんだか俺まで恥ずかしくなってきてしまった。


「うん……えっと、今日はありがと。あと、昨日はごめんね。また夜もごはん作りに行くから」


 彼女は俺の返事を待たずに、そのまま部活へと戻っていった。

 戻った際にからかった部活仲間相手に薙刀で斬りかかっていたが、先生に怒られている。


 ──帆夏は高校生活も楽しそうだな。


 彼女の性格ならきっとみんなに好かれるだろうし、どこでも上手くやっていけるだろう。


 ──きっと絃羽は、その真逆の高校生活なんだろうな。


 絃羽の微苦笑を思い浮かべながら、小さく息を吐いた。

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