日野武史・桐谷美紀子との再会
「お兄ちゃん、もうご飯できてるから早く降りてきなよー!」
階下から
わかったよ、と少し声を張って返すと、「はーやーくー」と返ってきた。
なんだか、昔より元気になっている様に思うが、それにしても帆夏は可愛くなっていた。ちょっとドキドキするくらいには可愛い。困ったものだ。
客間を出て、階段のほうへ向かっていると、隣の部屋の前で俺は思わず固まった。隣の部屋はちゃんと施錠用の鍵がついていて、そのドアには『いとはのへや』という掛札が掛かっていたのだ。
──
絃羽の部屋がどうしてここにあるのだろうか。
彼女も確か、帆夏と同じくご近所の娘さんだったはずだ。それがどうしてこの家に部屋があるのだろうか。
──まあ、後で訊けばいいか。
おそらく理由も叔母の
階段を降りると丁度、玄関の扉が荒々しく開かれ、スポーツ刈りの少年が駈け込んできた。帆夏と同じ学校の制服を着ている
「あー! ほんとにユウ兄だ! すげえ久しぶり!」
スポーツ刈りの少年が、俺を見て目を輝かせた。
声変わりで声こそ変わってしまったが、顔を見て一目でわかった。
「おお、武史かぁ! お前声変わりしたのな!」
「うっせぇよー!」
言いながら、武史が抱きついてくる。昔と変わらず可愛い奴だった。
背中をばんばん叩いてそのハグに応えてやると、高校生特有の男臭さが香ってきて、もう子供ではないのだなと改めて思わされた。
「それにしても、お前はあんまり変わってないのな」
「どういうことだよ、それ」
武史が笑って、俺にパンチをくれてくる。
「そのまんまの意味だよ」
帆夏は女として着実に成長していってるというのに、こいつときたら……背こそ伸びたものの、まったく子供っぽい雰囲気だ。ただ、そんな彼にどこか安心してしまっている自分がいた。
「ちょっとー、武史ずるい! あたしもお兄ちゃんとハグしたいのに!」
「帆夏はだめ! ユウ兄は俺のだから!」
誰がいつお前のものになったのだ。俺だって帆夏とハグしたい。むしろ大歓迎だ。
そんなこんなでわちゃわちゃしていると、中から茶髪のお姉さんが現れた。手をパンパンと叩いて、騒ぐ俺達を御する。
「はいはい、あなた達も
叔母の
五年前に見た時と殆ど変わっていない、大人の女性の風格。俺の母親とは少し歳が離れているが、一応は四十前後のはずなのだけれど……それでも若い。二十代と言っても通じるのではないかと思えてくる。
美紀子さんの言葉を聞くと、武史が時計を見てあっと慌てた表情をする。
「あ、いっけね! 早く飯食おう。午後練早めに始まるんだよ!」
武史が慌てて居間に向かっていった。
「あいつ何か部活やってんの?」
なんとなしに、帆夏に訊く。
「うん、武史は野球部だよ。まさかの一年でレギュラーだからびっくりだよね。ちなみにあたしは薙刀部!」
補欠だけどね、と帆夏は苦笑いした。
「へぇ……みんないろいろ頑張ってるんだなぁ」
俺の中で小学生だった子たちが、部活で頑張っているというのが信じられない。なんだか浦島太郎になった気分だ。
絃羽の事を尋ねようと思ったが、帆夏も続くようにして居間に向かってしまった。この調子だと絃羽も居間にいるか、後で遅れてくるのだろう。
絃羽はこの二人と違って、どちらかというと引っ込み思案な性格だった。いつもほかの連中の背中に隠れて顔色を窺っているような子だ。この二人に対して、彼女がどう接しているのかを見るのも楽しみだった。
──そういえば……。
彼らの中で違いがあるとすれば、呼び方だ。『お兄ちゃん』『ユウ兄』と呼ぶ帆夏と武史に対して、唯一俺を『悠真さん』と名前で呼んでいたのが絃羽だった。理由はわからないが、小さい頃からずっとそうだった。
──絃羽も変わったのだろうか?
何となく皆と仲良くしてくれていたらいいなと思いながら、美紀子さんも帆夏に続こうとするが──俺は慌てて呼び止めた。まだ挨拶をしていなかったのだ。
「美紀子さん、お久しぶりです。挨拶が遅くなってすみませんでした。今回は、いきなり頼んでしまったのに快く引き受けてくれてありがとうございます」
俺はぺこりと頭を下げた。
「もう、そんな他人行儀にならなくていいのよ。私だって数年ぶりに来てくれて、嬉しいんだから。来るのは何年ぶりかしらね?」
「ちょうど五年くらいですね」
「あらあら、それだと私の老けもばれちゃいわねぇ」
「そんなことないですよ、お若いです。普通にお姉さんかと思っちゃいましたよ」
言うと、美紀子さんは「お世辞が上手くなったわね」と笑っていた。
美紀子さんは今はここの家主で、一人で畑やらを切り盛りしている。結婚していたが、旦那さんは俺が小学生くらいの頃に病死していた。以降、俺の知る限りずっと独り身だ。
「まあ、悠真くんの話も聞きたいけど、まずご飯にしましょう。長旅疲れたでしょう?」
「ええ、まあ。もうお腹ぺこぺこです」
なんだかんだ昼に間に合わせる為に朝早くに家を出たので、結構眠いし疲れている。ご飯を食べて、昼はゆっくり寝かせてもらおう。
居間に着くと、武史と帆夏は五年前と変わらず、所定の場所に座る。おそらく二人のご両親は仕事中だ。
確か、俺の記憶の中でも昼はいつもこのメンツにうちの両親や祖父母が加わるといった感じだった。武史達の両親は仕事で忙しいので、こうして昼は美紀子さんや俺の祖父母が面倒を見ていたのだ。
俺も、帆夏に勧められるがままに彼女の横に座らされた。帆夏はこんなに俺に懐いていたっけか、と思うくらいに懐いている。やはり五年も時間が空くと違うのだろうか?
ただ、テーブルを見て、少し異変を感じた。お皿や料理が、四人分しかなかったのだ。
「あれ? 絃羽の分は?」
ふと、疑問に思ったので、そのまま尋ねた。
なんとなく、いなかった人間のことを気にかけていっただけなのだが、その場の空気が一瞬、固まった気がした。
「あ、えっと……絃羽、今日は朝から部活、じゃなかったっけか?」
武史がやや気まずそうに言う。
「補習も受けてるんじゃなかったっけ? お弁当も自分で作ってるみたいだし」
帆夏も、先ほどとは少し声のトーンが変わっていた。どこか突き放すような冷たい言い方だ。
「そ、そっか……残念だな。そういや、絃羽って今ここに住んでるのか? さっき部屋があったんだけど──」
「うひゃー! 美味そう! いただきまーす!」
もう一度聞いてみると、それを聞いていなかったかのように、武史が遮った。
「こら、ちゃんとお兄ちゃんの分も残さないとだめだよ? あたしがせっかく一生懸命作ったんだから」
「じゃあ、俺それ食わない」
「ちょっと! それどういうことよ!」
ははは、と乾いた笑みが漏れる。
ただ、それは明らかに無理やりな流れの切り方だった。
美紀子さんも、俺の方をちらっと見たものの、少し困ったような笑みを浮かべていた。
どうやら、五年間の間で、変わってしまったこともあるらしい。それがどんなことなのか、五年も居なかった人間がどうこう言う資格はない。
少しさびしい思いを感じながらも、俺は帆夏が作ったと思われる焼き魚に箸を伸ばした。
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