第2話 婚約破棄計画プランA

 学校から帰宅後私と姉は明るい太陽が照らしているサンルームでお茶をしていた。


「お姉さま、何故いつまでもジェイク様と婚約されてるんですか?彼は今まで一度でもお姉さまにお誕生日のプレゼントをくれたことがありますか?」


バンッ


丸テーブルを興奮のあまり叩いてしまう。


「そうよねえ・・・確かに言われてみればないかもね。」


姉は読みかけの本にしおりを挟んだ。


「ええ、そうですっ!一度もありませんよっ?!婚約してから10年間一度もっ!なのにジェイク様には毎年誕生日に豪華なプレゼントを渡して・・・!それだって、ただ屋敷のドアの前で本人に手渡すだけっ!他の人たちはお誕生日会に呼ばれているのにお姉さまだけ門前払いですよっ?!こんなの絶対におかしいと思いませんかっ?!」


バンバンッ!


さらにテーブルを叩きながら、段々私の感情がヒートアップしてくる。


「落ち着いて、ルチア。私は別に何も気にしていないから。それにジェイク様ご自身が受け取りに来てくださるのですから別に不満は無いわ。」


そして姉は目の前に置かれたローズマリーティーに手を伸ばし、一口飲むと優雅に微笑む。


「お姉さま、もうあんな男は捨てましょうっ!婚約を破棄にするのですっ!大丈夫ですっ!お姉さまはとても清く正しく美しい方ですっ!巷では聖女様とうたわれているくらいですよ。あんなクズ男は、はっきり言ってお姉さまにはふさわしくありません。もったいないですよっ!」


ハアハア息を切らせて興奮する私を姉はじ~っと見ていたが・・・。


「ええ・・確かにジェイク様には顔を突き合わせるたびに『俺にはお前なんか釣り合わない、お前なんか大嫌いだ。』と言われるけれども・・。」


「ええっ?!直にそんな事言われてるんですかっ?!」


信じられない!そこまで馬鹿な男だったのだろうか?


「お姉さまはあんな男に『大嫌いだ』と言われて平気なのですか?」


優雅にハーブティーを飲んでいる姉を見て私は尋ねた。


「そうねえ・・・あまり良い気はしないけれども、人の嗜好を他人が口出すわけにはいかないし・・。ただでさえ、ジェイク様は食べ物の好き嫌いが激しい方なので、それは人に対しても同じなのかもしれないわね。でもこれは家同士が決めたことだから勝手に婚約を破棄にする事が出来ないわ。第一爵位はジェイク様の方が上なのだから彼の方から破棄の申し出がない限りは出来ないでしょうね。」


そして姉は再び読書を再開した。


「うう~っ・・・!」


悔しさのあまり歯を食いしばる。そうなのだ、ジェイクは侯爵家であり、伯爵家である私達よりも爵位が高い。なのでこちら側から婚約破棄を願い出ることが出来ないのだ。そして一番謎なのがジェイクである。姉の事を大嫌いと言うのなら、何故婚約破棄をしないのだろうか?しかも10年間もっ!


「こ、これは・・・もはや理由はアレしかないかもしれない・・・っ!」


声を震わせながら私はアップルティーを飲み干した。

そうだ、ジェイクは姉の意事をひどく嫌っている。つまりアレだ。姉を傷つける為にわざと傍に置いて自分が浮気するさまを見せつける・・・っ!


「お姉さま・・・。」


読書をする姉に呼びかけた。


「何?ルチア?」


姉は顔をあげて私を見た。


「お姉さま、このまま婚約者を続けたいですか?」


「そうねえ・・・私はどちらでも構わないわ。ジェイク様か・・・レイモンド家から破棄を申し出れば受け入れるし、このまま婚約を続けると言うのであれば従うまでだから。大体・・・よほどの理由がない限りはこちらから破棄を訴えるのは無理よ。」


「分かりました、ではジェイク様かレイモンド家から婚約破棄を申し出ればよいわけですね?」


カタンと椅子から立ち上ると言った。


「え?ええ・・。そうね。そうなるわね。」


「分かりました。お姉さま、お任せください。害虫駆除ならお任せください。」


私は腕まくりをした。


「え?害虫駆除・・・?」


首をかしげる姉をその場に残し、自室に戻るとクローゼットを開けてエプロンドレスに着替えた。部屋を出るとたまたま数人のメイドにすれ違い・・・ギョッとされた。


「まあ・・・ルチア様っ!またそのような服を着られたのですかっ?!」


「まるで農業を営む女性の姿ですよ?」


「旦那様が見たら卒倒してしまいますっ!」


等々・・口々に言われたが、そんな事気にする私ではない。


「いいのいいの、だってこれから自転車に乗るんだから。」


「ま、まあっ!自転車ですってっ?!は、伯爵家のご令嬢が?よりにもよって・・・平民女性すら乗らない乗り物にっ!」


すると一人のメイドが卒倒しかけた。


「きゃあっ!しっかりして!」


「水!お水を飲んで落ち着いてっ!」


メイドたちがキャアキャア騒いでいるのを尻目に私は屋敷の倉庫へと向かった。

倉庫までの道のり・・やはり何人もの使用人たちに出会ったが、全員驚いた顔をして私を見ている。う~ん・・・少し注目を浴びすぎてしまった。


倉庫へたどり着いた私は早速中へ入り、自転車を引っ張り出してきた。


「さあ、さっそくあの愚か者のところへ出発よっ!」


私は勢いよく自転車をこぎ始めた―。



****



 ここは田舎の土地である。レイモンド家と我がダービー家までは道のり約3km離れており、のどかな田園風景を通り越した先にある。私は馬にも乗れないし、馬車を動かすことも出来ない。そして何より自転車に乗るのが好きである。途中で出会った農村地域では、自転車に乗っている私を見て誰もがギョッとした顔で見ている。それは当然の事だろう。何せこのあたりで自転車を乗り回しているのは私しかいないのだから。当然ジェイクだって乗れない。


「ふふん、ジェイクの奴め・・この私の自転車テクニックを見て驚くがいいっ!」


風のように自転車を駆りながら、私はレイモンド家を目指した―。




 30分後―


 ダービー家より2倍は広いかと思われるレイモンド家に到着した私は、今門の前でジェイクと対峙していた。門前に現れたジェイクは私を露骨に嫌そうな目で見ると言った。


「何だよ・・・ダービー家の令嬢が尋ねてきたと爺やに言われたから出て来てみれば・・・お前かよ。」


そして溜息をついてきた。


「あら、お姉さまじゃなくて残念でしたか?大体、屋敷の中にも入れてくれず、しかも門の外で待たせるなど・・・やはり貴女はお姉さまが来たと思ってこのような扱いをされているのですよね?何せ貴女は一度たりとも誕生日プレゼントを届けに来たお姉さまを自身の誕生会にすら招いてくれた事もございませんものね?」


私は腕組みしたまま言った。


「・・・。」


しかし、肝心のジェイクは何も語らない。


「と言うわけで、婚約破棄して下さい。」


「は?」


私の言葉にジェイクは目を丸くした。


「お前・・・一体何を言ってるんだ?」


「あら?聞き取れませんでしたか?どうやらジェイク様は頭だけでなく耳もお悪いようですね?ではもう一度言わせていただきます。お姉さまと婚約破棄して下さい。」


「なっ、何だとっ!それはリリアンがそう言ってるのか?!」


何故か顔色を変えるジェイク。


「いいえ、違いますけど?これは私個人の意見です。だってジェイク様はお姉さまの事が大嫌いなのですよね?お姉さまの口からそう聞いております。大体私の大切なお姉さまをこのように存外に扱うような方に一生を託すわけにはまいりませんもの。」


「ちっ!リリアンめ・・っ!」


「はい?今・・舌打しませんでしたか?」


私は眉をピクリと上げた。


「いや、別にっ!それよりも・・・俺と婚約破棄したいとリリアンが言ったのか?」


「いいえ?お姉さまは何もおっしゃっておりません。」


「なら、婚約破棄は出来ないな。本人が言っていないのだから。」


フンと腕組みして顔をそむけるジェイクに思わず私は切れそうになった。が・・・・我慢我慢。


「言えないのは当たり前じゃないですか。ジェイク様は侯爵家、私たちは伯爵家です。爵位が低いこちらから婚約破棄を言い出せるとでもお思いですか?」


「ほーう、その割にはお前は俺にぞんざいな口を叩くよな?」


「ええ、当然です。私は姉とは違いますから。」


「ああ、そうか。しかし本当に俺は運が良かった。リリアンのように何を目の前でやろうとも文句ひとつ言ってこない大人しい女で助かった。やはり嫁にもらうならああいうタイプの女に限るな。結婚しても浮気し放題だ。大体あの女は自分の意思がないからな。まあ・・・リリアンから婚約破棄をいいだして来たら考えてみてもいいが・・絶対にそんな事は言い出さないだろうからな。」


「何ですって?浮気し放題?しかも姉には意思がないですって・・?!ジェイク様がそうおっしゃるなら、こちらも同じ事をさせていただきますからねっ!」


「へえ・・・お前ごときに何ができるって言うんだ?まあ、リリアンから婚約破棄したいと申し出てくれば考えてやらないこともないが・・絶対にそんな事言うはずがないからな。」


そして高笑いするジェイク。


「なら・・なら!姉から婚約破棄したいと言わせて見せますよっ!そしたら絶対に婚約破棄してもらいますからねっ?!」


「おう!やれるもんならやってみろっ!」


「その言葉・・・忘れないで下さいよっ!」


まさに売り言葉に買い言葉だ。

私は自転車にまたがると、一目散に自転車をこぎだした。その道すがら考えた。

プランA、婚約破棄の訴えは失敗だった。次のプランBに着手するしかない。

大きなオレンジ色の太陽を背に、私は自転車をこぎ続けたのだった―。

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