第1話 破談させてやると心に決めた日

 翌日―


「あーむしゃくしゃするっ!」


昼休み、私は幼馴染でボーイフレンドのセルジュ・ペトリスと日差しの良く当たる学食で2人でランチを取っていた。


「その様子だとまたお姉さんとジェイクの間で何かあったみたいだね。」


ハンバーガーを食べながらセルジュは尋ねてきた。


「ええ、そうよっ!昨日はお姉様とカフェ『ドルチェ』でオレンジティーを飲んでいたんだけど・・またしてもあのジェイクがっ!ノーラ嬢と現れて、これ見よがしに私たちの前で『あーん』をやっていたのよっ!」


言い終わると私はロールサンドを口に放り込んだ。モグモグ・・・・ゴクン。

うん、どんなにむしゃくしゃしていても、食べ物はおいしい。


「しーっ!落ち着いて!僕たちすごく注目浴びてるよっ!」


口元に人差し指を立ててジェスチャーするシェルジュ。うん・・確かに言われてみれば私たちは今周囲の学生たちから注目を浴びている。


「ごめんなさい・・・セルジュ。つい、興奮して・・・。」


しゅんとなってセルジュに謝ると彼は笑顔で返してくれる。



「まあいいよ。それで話の続きを教えてよ。ちなみに『アーン』って何を食べさせていたんだい?」


「チョコレートケーキよ。ジェイクはチョコレートケーキに目がないから。それ以外のケーキは絶対食べないのよ。全くジェイクはスイーツにまで偏食があるから嫌になるわ。」


私は次のハムとチーズを巻いたロールサンドに手を伸ばしながら言う。


「ああ・・ジェイク様の偏食は有名だからね。魚はソテー料理のみ。豚肉は嫌い、野菜は絶対火を通したものしか食しない・・。本当にジェイク様は18歳にもなると言うの、精神が幼いよねえ。さぞかしわがままに育ったんだろうね。こんな事では本人の為にはならないのに・・・。学校側も苦慮しているみたいだよ?何せ、レイモンド家は毎年巨額な支援金をこの学園に寄付しているようだから。」


セルジュは食べ終えた口元をペーパーナフキンで口元を拭きながらさりげなく毒舌をふるう。


「それは当然でしょう?あの間抜けなジェイクを分不相応なこの学校に通わせるには寄付金を払わないと退学させられてしまうと思ってるんじゃないの?この学校は名門校だからね。本当にそこまでして卑怯な手を使うレイモンド家は一家全員揃ってクズよ。」


ジンジャージュースを飲みながら私は言った。


「アハハハ・・・。ほんと、ルチアだけだよ。あのジェイク様をクズ呼ばわりする人間は。よほどジェイク様の事が嫌いなんだね。」


セルジュは頬杖をついて、笑いながら私を見ている。


「それはそうよっ!だって私の大切なお姉様は20歳になったら、あのジェイクと結婚させられてしまうのよっ?!」


その時、学食の中が騒がしくなった。


「あ、あれは・・・。」


セルジュは私の背中越しに何かを見たのか、驚いている。


「何?セルジュ。どうかしたの?」


私は背後を振り返り、目を見開いた。何と現れたのはジェイクとノーラ嬢なのだ。2人とも食事の乗ったトレーを手に持っている。そして2人はある席を目指して歩いていく。


「え・・・一体どこへ・・・。」


言いかけて私は目を疑った。何と2人が向かった先は姉が友人とランチを取っている席だったのだ。


「お姉さま・・・っ!まさか、ここで食事をとっていたのっ?!」


驚きの声を上げるとセルジュがのんびり言った。


「あれ?気づいていなかったの?お姉さんは僕たちがここに来る前から友人たちとあそこのテーブルで食事を取っていたよ?学食に入る時、お姉さんの姿が見えたからね。」


「セルジュッ!何でそういう大事な事を言わないのよっ!もう知っていたら・・。」


「知っていたら、お姉さんのテーブルの傍に行ったのに・・だろう?」


「ええ、そうよっ!でもそんな事よりも今はお姉さまよっ!本当に酷い男だわ・・・。婚約者の前で堂々と異性を引き連れてやってきて・・挙句に声をかけるんだからっ!」


私はイライラしながら彼らの様子をうかがった。姉は3人掛けの丸テーブルで友人たちとランチを取っていたようだ。その時私は見た。あのジェイクが姉の友人2人に向かって、一言二言声を掛けると、彼女たちはランチを手に抱えて立ち上がると姉を残し逃げるように立ち去って行く。そして空いた席に当然のように座るジェイクとノーラ。それを見ていたギャラリー達は途端にざわめきだした。


「見て見て・・・まただわ・・・。」


「酷い事するよな・・。」


「でも、ジェイク様・・・いつみても顔だけは素敵よね。」


「それにノーラは美人だもんな。」


等々・・誰もが好き勝手に囁いている。おのれ、ジェイクめ・・・大勢の人の前で私の姉に恥をかかせて・・っ!大体、美貌なら姉の方が上回っていると私は思う。


「あっのっ男・・・っ!」


怒りのあまり、思わずロールサンドを握りつぶしてしまった。


「うわああ!お、落ち着いてっ!ルチアッ!」


セルジュは慌てて、私の右腕を掴んで必死に止めようとしている。


「ええいっ!離しなさいっ、セルジュッ!お姉さまを助けに行かなくちゃっ!」


強引にセルジュの腕を振り払い、残りのランチの乗ったトレーを手に持ち、ズンズン3人のテーブルに近づくと声を掛けた。


「あ~ら、ごきげんよう。皆様、私もご一緒させていただけますか?」


「まあルチア。貴女もいたのね?いいわよ?」


姉は笑顔で私を迎える。


「げっ!ル・ルチア・・・ッ!」


明らかにジェイクは顔を青ざめさせて私を見た。勿論、ノーラ嬢も私を見て露骨に嫌そうな顔をする。


「ええ、それじゃお邪魔しますね。」


言うなり、私はわざとジェイクの傍にトレーをガシャンと置いた。


「うわっ!な・なにするんだっ!」


ジェイクが身を引きながら抗議する。


「あーら、失礼。手が滑ってしまったようで。ほほほほ・・。あ、すみません。椅子お借りしますね。」


私は隣のテーブルに座っていた男子学生に声を掛け、空いてる椅子を借りると、わざとジェイクと姉の間に座った。


「あら、今日のジェイク様のランチはこれですか?」


ジェイクのランチを覗き込むと、それは熱々のビーフシチューだった。このメニューだってジェイクが駄々をこねたから新作として加えられた料理なのだ。熱々なのか、まだ皿の中でぐつぐつと煮立っている。


「ふふん、そうだ。うまそうだろう?限定たったの2食しか用意されていなくて、俺とノーラしか注文できないのだ。どうだ?うらやましいだろう?」


ジェイクはこれ見よがしに姉に声を掛ける。


「ええ、そうですね。とてもおいしそうです。でもかなり煮立っているようなので、火傷にお気を付け下さいね。」


そう言うと、姉は冷製パスタを口にした。おおっ!さすが姉は私と違って冷静だっ!

しかし、ジェイクはこれが気に入らなかったのか何故かイライラした様子で言う。


「何なんだ?お前のその口の聞き方は?大体お前は普段から何を考えているか分からないから嫌なんだ。お前の笑い方は作り笑いのようで、ついでに言うと人を馬鹿にしたような笑いに見えてどこか不気味さを感汁。おまけに少しも感情を露にすることもない。全くお前みたいな女が婚約者だなんて、俺は何て不幸なんだ・・。第一俺は・・・」


腕組みしながらぐちぐちというジェイクを前に姉は静かにパスタを食べ続け、終わると口元を拭いて言った。


「あの、ジェイク様。私、食事が済みましたので。お先に失礼しても宜しいでしょうか?」


「な、何いっ?!お前・・・人がまだ食事もせずに話をしているときに席を立とうと言うのかっ?!どこまでも俺を馬鹿にして・・っ!」


もう我慢の限界だった。こんなクズにこれ以上大切な姉をなじられてたまるか。


「あーら、ジェイク様。それなら私が食べるのを手伝って差し上げますわ。」


私の言葉にジェイクが困惑気味にこちらを向いた。


「何?」


よし、今だっ!私はぐつぐつ煮え立つシチューをスプーンですくうと言った。


「はい、あ~ん。」


するとつられて口を開けるジェイク。私はそのまま熱いシチューを口の中に入れてやった。


「あっち~いっ!!」


途端に叫ぶジェイク。


「キャアッ!ジェイク様っ!」


ノーラが叫ぶ。


「さ。お姉さま、行きましょう。」


私は熱い熱いと水をがぶ飲みするジェイクと、おろおろするノーラを残して姉の手を握ると席を立って歩きだした。


「あ、あの。ルチア・・・いいのかしら?ジェイク様をあのままにして・・。」


姉は私に手を引かれながら困惑気味に声を掛けてきた。


「ええ、いいのよっ!これであの熱々メニューも消え去って厨房の人たちの仕事がきっとまた一つ減るはずだから。」


姉の手を引きながら私は思った。


もう決めた。この私が2人の婚約を破談にしてやると―。



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