N.E.U.T.

鴨ノ箸

season1  The guy who swatting is a mother fucker.

『おっぱいの画像送って』


 ツイッターのDM画面にニュートが打ち込んだのは単純明快で幼稚な変態的文章だった。可憐な少女がカチューシャをして写っているアイコンの主はこちらも同様に単純明快な文章を返す。


『嫌です。死んでください』


 この少女は人並み以上には顔の整った女子高校生だった。長い金髪で透き通るような白い肌に惹かれ、一目見たときからニュートは彼女に狙いを定めていた。

 メリー・トンプソン。それが彼女の名前だった。誕生日は五月十日。家族構成は父、母、娘の三人。父親の仕事は銀行員、母親は専業主婦をしているらしい。通う学校はセントルイス外のミズーリ州の私立高校。学校ではマドンナ的な立ち位置のようだ。学校に好きな男はいないようで、好きな俳優はティモシー・シャラメ。友達からのおすすめだったらしい。あの塩顔が好きらしい。ニュートが一時期、髪型をティモシーよりにしていたのはいい思い出だ。

 身長167センチ、体重56キロ。胸のサイズはDカップ。写真を見る限り、形は綺麗そうだった。


『じゃあ、君のあの写真ばらすね』


『あの写真って何ですか?』


『君の恥ずかしい写真。俺、持ってんの』


 返信はなかった。今、途轍もなく怯えているのだろう。怯えているところ申し訳ないが、そんなものは存在しない。ただの嘘だ。簡単にばれてしまうものだ。しかし、受け手側は考える。本当に嘘であるかを。恥ずかしい写真というアバウトな言葉は人を深淵の思考へと至らせるのだ。

 そこにこの言葉を挿入する。


『見せよっか?』


 この問いに対して、百人に聞いたら百人とも見せろと言うだろう。しかし、現実はそうじゃない。

 恥ずかしい写真で想像するのは人それぞれ違う。これからその自分にとっての恥ずかしい写真がどうなってしまうのかを想像したくないから人は見せろと言わない。ここまで堂々としていれば無表情の言葉だけの会話では信じてしまうのだ。


『別にいらない』


 この言葉をスマホに羞恥と憤慨が混ざった感情で打っている様子が容易に浮かび、ニュートは笑いがこみ上げてくる。


『あ、そう。でどうするの?』


『分かったよ』


勝った。

ニュートは今までこの手を使って二十人以上の裸を見てきた。ニュートはそれで満足していた。本番まで行ってしまえば、警察にバレてしまうからだ。しかし、この程度ならば問題はない。何故かこいつらは裸くらいならいいだろうと、謎の価値観を持っているのだ。


——返信が遅い。写真を恥じらいながら撮っているのかな


 ムクムクと嗜虐心がこみ上げてくる。それに女子高校生の裸という犯罪ワードが現実に投影される背徳心が加えられて心が浮くような気持ちになる。

 会話もしたことのない女優の動画では味わえない現実的でそれなのに虚実的なこの感覚にニュートは恍惚していた。


 暗くなっていたスマホがブルーライトに満たされる。画面には画像が送られてきたという通知が表示されていた。


——来た!


 小刻みに震える手を揉んで、通知を開いた。


「あ?」


 そこに写っていたのは、白い手から生える中指だった。その他の指は折りたたまれ、表情を見せない中指がただ立っていた。


『きっっっっっっっっも』


 単純明快で相手を貶して蔑む為だけの言葉がそこにはあった。

 

——これだから気の強い女は。しかし、思った性格とは随分と違ったな


 しかし、無問題である。場数を踏んできたニュートにとってこれっきしのハプニングどうってことないのだ。


『じゃあ、晒すね』


 そう、これだ。嘘だと分かっていても心に鳥肌が立つようなそんな恐怖を味わえる。こんなに堂々と嘘をつく人間は中々いないからだ。


『ちょっと待って』


 ほら来た。予想通りの展開だ。


『今のは冗談。お兄さん?の性癖かなと思って』


 俺に被虐趣味はねぇ、とニュートは思う。女子高生のコスプレをした女優に踏まれたり、罵倒されたりする日本の作品に対して嘲笑してやったくらい、興味がなかった。


『さ、見せてよ』


『えー。お兄さんから見せてよ』


 意外な反応。あまりに態度が変わり過ぎて疑ってしまう。しかし、ニュートは疑いながらも未知の体験に興奮を隠せずにいた。


『見せたらおっぱい見せてくれる?』


『いいよ』


 ニュートは立ち上がり、躊躇なく下半身を露出する。

 そのとき、木屑が弾けるような爆音が家の中を木霊した。


            ***


 扉を開ける音というよりは壁を破壊する音だった。エンジンの音がここにいるぞと主張していたことから車両が追突したのだろう。ぼろい空き家で暮らしているため、壁は薄いがそれでも破られるとは夢にも思わなかった。


 ニュートには一度、同じような経験があった。FPSにて、とあるプレイヤーを執拗に殺し、その度に死体撃ちをして煽った。その後、そのプレイヤーはチートを導入したがニュートのプレイスキルはそれを上回る。執拗なキルは更なるものとなり、スナイパースコープが頭を捉えた瞬間、やられた。その時はインターホンだった為、何かを破壊されたわけでは無かった。その後、犯人は逮捕されたと知って、アカウントにその辺のウイルスを挿入するというオーバーキルをしたものだが。

奴らが出動するということは恐らくは強襲するくらいの犯罪者とでも言われたのだろう、とニュートは勝手に推測した。


——スワッティングとはどこのヌーブゲーマーの仕業だ?


 ふとニュートは机に置かれたスマホを睥睨する。そのとき、やらかしたと自覚した。

 画面に写っていたのは『死ね』の二文字だった。この様子だとスワッティングを行ったのはこの女だろう。

 それにしてもおかしい。こんな事如きでSWATが動くとは思えなかった。


「おいっ!そこのクズ野郎!去勢してから殺してやるからそこから動くなよっ!」


 品を場外ホームランしてしまったような暴言がニュートのいる部屋の壁を透過して聞こえてくる。まさか現実でこんな言葉を聞くとは思っていなかった。コンピューターに表示されると一丁前に義憤を感ずるものなのに現実になると途端に小さいものに聞こえて、嗤ってしまうのは何故だろうか。

 しかし、呑気に笑っていられるのも車がバックする音を聞くまでだった。一番堅固なはずの外壁を破壊するのだから、SWATとニュートの間にある形だけの貧弱で空疎な壁など赤子の手を捻るよりもイージーだ。

 

——マズイ


 ニュートは床に投げ捨てた下ジャージとパンツを拾って、即座に履き直すと裏口から逃げ出した。

 裏口は隣の家の庭に繋がっている。休日の夜だったからか、先程から庭からは喧騒と肉の匂いがニュートの鼻に直撃していた。しかし、壁を突き破る音に困惑していた彼らは唖然としていて微動だにしていなかった。ニュートがそこを通っても眺めるだけで何かをしようとはしてこなかった。

 ニュートは太った人妻が飲んでいたコーラを取り上げてその場で呷る。そして地面にコップを投げ捨てると彼らは硝子が弾ける音に一斉に反応した。

 

 引きこもりのニュートだが、何故か運動神経は高かった。茶色の柵を飛び越えて、次の庭へ、それを繰り返して住宅街を飛び出す。


——警察がうようよいんな


 出口から素直に出ることは諦めて、なるべく警察がいない方に回って柵を上った。

まだ七時だからか、車はひっきりなしに走っている。そこらへんに路駐してある車を探して窓ガラスを割り、鍵を開けて車に乗り込む。

エンジンをかけて、発進する。あの家は捨てることになるが仕方のないことだろう。PCはまた買い直せばいいだろう。結構気に入っていただけにニュートには少しばかり後悔が残っていた。

 

——まさか失敗するだけじゃなくてSWATまで来るとは


 ニュートは深く溜め息をついた。事前に性格面の情報も収集してから行おう、とニュートは教訓を得ていたのが、失敗すると言うのはいつでも萎えてしまうものだ。


「と、ま、れや!」


 サイドミラーに警察車両が映ったかと思うとそれはF1の如き速さで接近し、カーチェイスは無駄な行為だと吐き捨てるようにニュートの乗っていた車の横部分へ衝突した。

 体に強い衝撃が伝わる。シートベルトを着けていなかったのも相まって、ニュートの身体は宙に浮いた。スローモーションで回り続ける視界がニュートに何が起こったのかを鮮明に教えてくれた。


——ぶつかってきやがったっ!


 警察が犯人車両にタックルするなど、派手な映画でしか見たことがないニュートであったがそんなことを考えられるほど現在ニュートが置かれている状況に余裕はなかった。

 空間が歪むような衝撃がニュートの身体を震わせた。身体の中から直接平手打ちをくらったような感覚がニュートを襲う。

 

 車は歩道に出て、壁に衝突した。想定外の衝撃にニュートの身体が大きく揺れた。


 車両が衝突した衝撃の後に身体をハンドルや扉にぶつけたことで、鈍器で頭を殴られたような鈍い痛みに襲われる。視界はぼんやりと白い靄がかかっていて外側から徐々に黒くなっていく。


 視界に映ったのは鮮血を吸い込んで赤黒く変色していたシートだった。全ての感覚が鋭くなり、自分の掠れた呼吸の音が酷く無機質に聞こえる。恐らく肋骨が肺に突き刺さっているのだろう。喉から逃げ場を求めて必死に叫ぶ二酸化炭素を含む空気たちは面白いほど赤い血塊となって溢れ出た。


——頭……痛ぇ……

 

 後頭部を触ると魂を成分としたような血液がべっとりと手に張り付いていた。手からは鉄を含んだ異臭がしつこいくらい、ニュートの鼻腔を刺激した。気付けば車内中が血の嫌悪感を覚える匂いに溢れかえっていた。


 実感として目の前に迫る死にニュートは抵抗する気概も体力も残っていなかった。思ってみれば自分は死んで当然の人間。何かを死を持って救えるわけでも教えられるわけでもない。無論、ニュートに救う気も教えるつもりもなかったが。


 意識がニュートの肉体を突き放していく。天国や地獄などの神的なことをニュートが信じていた訳ではなかったがこのまま地獄に行くならばとニュートは十字を切って祈っておいた。この程度で赦してくれるのか、とニュートは嘲笑ったが、形だけの祈りなど神に届くはずもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る