第3話 聖剣実習で勇者がいてやばい
「ベジル! ベジル!」
ドアがドコドコノックされている。
起き上がると、開きっぱなしのカーテンの向こうに、日の出が見える時間だった。
ねむねむ。
「ベジル! ベジル!」
マーシャルの声。
ドコドコドアをたたいている。
「……マーシャル?」
「お? 起きたか! 大ニュース大ニュース!」
「ふあーあ」
「あくびなんかしてる場合じゃないんだよ! とりあえず開けるぞ!」
ガチャガチャ、と音がしたと思ったら、マーシャルが部屋に入ってきた。
「おいおい!」
やばい、鍵かけてなかった。
俺は反射的にシーツを上げて体を隠す。
「ん? ……なんだよ、女でも連れ込んでんのかと思ったぞ」
シーツを離さない俺を見てマーシャルが笑っている。
昨日は現実を忘れるために、マーシャルと、全力で第二、第三のエロイモ掘りをしていたら、休日が終わってしまっていた。
そのため、いま、俺、半裸。
激ヤバですよ。
「眠いんだけど」
「そんなこと言ってる場合じゃねえんだって! 今日の実習、なんだか聞いて驚け!」
「なんだよ」
「聖剣実習だ!」
学校の地下三階。
聖剣保管室という名の洞窟みたいな場所に集まった俺たち。
そして奥にいる先生と、その横に刺さっているのは。
聖剣。
マジかよ。
「な?」
となりのマーシャルが笑う。
「マジかよ」
「な?」
マーシャルがさらにうれしそうに言う。
元勇者の先生が魔王城から帰ってきてあそこに刺したら、勇者の能力は消えたらしい。
それ以来、聖剣は、あそこで勇者が来るのを待っているらしい。
ここからでも聖剣の圧がビンビンくる。
超くる。
あれはやばいやつだ、って感じがすごい。
俺が関わらないほうがいいやつだ、ってビンビン。
……いや、やばくない。
なに言ってんすか。
超いいオーラ出てるじゃないですかー。
やばいって、魔王の言い方じゃないですか、やだー。
そんなことないですー。
聖剣ですよー?
超いやされますわー。
「なんで聖剣実習なんて知ってたんだよ」
「ベントリーに聞いた」
「あいつなんなんだよ」
まわりを見てもベントリーの姿はない。
「いないじゃん」
「カゼだって。ついてないよなー、聖剣実習なのに」
「あ」
俺、仮病にすればよかった。
いや。
それもだめだ。
それこそだめだ!
仮にだ。
仮に、魔王の力が、俺の中に、ちょこーっ、とだけ目覚めてるとしても。
目覚めかけ、かけ、かけ、くらいだと思うけど!
俺は勇者になりたいんだ。
聖剣を直接見られるチャンスを逃すなんて、それは、さすがに、勇者候補生としてあるまじき状況ではあるまじき?
できるだけ聖剣を近くで見るべきでは?
そうしたら、もしかしたら、魔王の力も吹っ飛んで、俺は勇者になれるのでは?
「せんせー、きょーは、なにをするんですかー?」
マーシャルがバカみたいなききかたをする。
「うん。今日はみんなそれぞれ、聖剣にさわってもらう」
先生の言葉に、ざわっ、となる。
「いいんですか!」
「壊れる心配とかないんですか!」
「持って帰ってもいいんですか!」
好きなこと言ってる。
「問題ない。そもそも、勇者以外に聖剣を抜くことはできないし、持ち運ぶこともできない。だからここを開放しても、本来は問題ないくらいだが」
「じゃあ聖剣見学ツアーとかやって入場料とる、とかやってもいいんですか!」
マーシャルが叫んだ。
「そういうおかしなことを始めるやつがいたら困るので、こうして秘密裏に保管している」
わはは、とみんな。
俺はマーシャルのすねをけった。
「って。なんだよ、本気なわけないだろー?」
と言うマーシャルだが、デートコースに使うくらいのことはしかねない。
聖剣の輝きよりも君の瞳の方がきれいだね、今日はもっと君と仲良くなりたいな。
カンパイ。
みたいな。
「うるせえ!」
「な、なんだよ、なにも言ってないだろ」
うろたえるマーシャル。
「じゃあ、一列にならんでもらおう。順番に」
先生が言っている途中でもう、俺が俺が、とみんなが列をつくっていた。
「おーい?」
列のかなり前の方でこっちを見ているマーシャル。
俺は動いていなかった。
どうしたもんかな。
うーん。
「ずいぶん余裕なのね」
背後からの声で背筋ピーン!
「や、やあリンセス」
「あなたは、自分が勇者だって確信してるんでしょ?」
今日もかわいい。
「いや、そんなことは」
「だからあんな、どうでもいいことを言って私を惑わせようとしてるのね」
リンセスは、キッ、と俺を見た。
「あれは」
どうでもよくないです。
「あなたが先に行って。私が最後にやる」
リンセスは、鋭い目で俺を見ている。
ごほうびである。
俺は、リンセスの鋭い視線をビリビリ感じながら列にならぶことになった。
たまにちらっと振り返ると、鋭い視線が俺を見ている。
ゾクゾクする。
たまりませんなー!
うははっ!
……じゃないです、俺はそういうアレな人ではないです。
あー鋭い目で見られたら嫌だなー。
本当だなー。
まんじゅうこわいなー。
さて。
聖剣だ。
こんなことを考えている間にも、聖剣タッチの列は進んでいた。
さわるといっても、そりゃまあ、勇者志望の人ばかりですから?
引っこ抜こうとしますよ。
そして抜けずに、てへへ、みたいな顔までがワンセット。
他には、俺はみんなとちがうんで……、みたいな感じでつばを、ちょちょい、とさわって終わりにする人。
地面を壊せば持っていけちゃうやつなんじゃないですか? みたいな話を先生としてたりする人。
「聖剣が刺さっている土地は、土地の性質が変わる。勇者でなければ刺さっている部分を壊すこともできないだろう」
そーなんすか。
はー。
すごいですねー。
「見てろよベジル!」
マーシャルが、力の増強魔法とかわりとガチでぶちこんでるけど、ぴくりともしない。
「うおー!」
なんか、剣が刺さってる感じに見えるけど実は、剣が刺さってる形のオブジェなんじゃない?
くらいびくともしてない。
マーシャル、わりと力はすごいですよ?
素手バトルなら一級ですよ、マジで。
力じゃないんですねー。
「次」
「次」
「次」
とどんどん進んでいき。
「次」
先生が言うと、ばっ、と視線が俺に集まる。
いよいよだな、という期待を感じるのは気のせいじゃないだろう。
背中に突き刺さるリンセス視線もさらに強まってる感。
わっはっは!
本命登場ですよ!
言ってる場合じゃないんですよねー。
一番の本命。
もしくは、一番ありえない、みたいな感じですよねー。
つーかわりと冗談じゃないんすよ。
みんなの視線とか。
リンセスの視線とか。
わりとどうでもよくなってきたんすよ。
聖剣からの圧。
マジのガチのやつ。
ビリリビリリなんすよ。
アカンですよ。
「どうしたベジル」
「あ、いや、なんか聖剣から圧を感じるんで、緊張して」
俺が言ったら、先生が目を大きく開いた。
「先生も、初めて聖剣の前に立ったときには、お前と同じような感想を持ったぞ」
みんながざわわ。
リンセスの視線はビビビビ。
「本気で抜いてみたらどうだ」
「え?」
さらにみんながざわわで、俺はもっとざわわ。
「え?」
「やってみろ」
「あ。はい」
誰も、そんな言われ方をした生徒はいなかった。
先生の期待は明らか。
みんなの注目も爆発寸前。
俺は聖剣の前に立った。
あ。
もうビリッビリきてる。
さわったらやばそうな気がするんだよなー。
と思いつつですよ。
ちょっとさ、思うじゃん?
抜けんじゃね?
俺。
これ。
って。
だってさ、冷静に考えてみよう?
勇者学校のエリートが、急に魔王に目覚めるって意味わかんなくない?
胸のシミは、やっぱりたまたまなんじゃ?
いまのビリビリも、実は。
実は、勇者特有のやーつかもしれなーいじゃなーい?
ほら。
魔王の胸に、コウモリの紋がある。
それは俺も納得したよ。
のってる本もたくさんあったしさ。
でもさ?
コウモリのシミが胸にある人が、魔王確定、っていうのはわかんないじゃん?
胸にコウモリのシミがある定食屋の店長だっているかもじゃん?
ね?
でしょ?
先生も、あの先生も。
俺に期待してるじゃん。
……ほらほら?
ほらほらほらほら?
いけそうじゃん?
いやー、なんか急に気持ちが軽くなってきたわー。
イエーイ聖剣抜いちゃいました! とかやったほうがいいかな?
やれやれ、聖剣なんてほしくないんだけどな……、みたいな顔の方がいいかな?
やっちゃいますか。
へへ。
さてと。
と柄を持ってみるとうぎゃあああああああああ!!
即座に手を離す。
「どうした?」
先生がふつうにきいてきたので、俺のやせ我慢は成功してるんだろう。
「いえ、ちょっと」
「力が流れ込んでくるのを感じたか?」
先生はちょっと期待してる感じで言う。
みんなも、おお? 勇者誕生か? みたいな感じになってる気がする。
「いや、あのー……」
強烈な拒否を感じましたね。はい。
これ以上俺にさわったら殺すぞ、ってうか。
聖剣の矜持っていうんですかね? そういうやつですね。
「……今日はやめます」
俺が聖剣から離れると、ざわ、となった。
「どうしてだ」
「俺はまだ、聖剣に挑戦するのは早すぎる。そう思うんですよ。だからです」
「……!! ベジル……!!」
やべえ、ウソがバレたか、と思ったら、先生がなみだを流していた。
「誰もが、いますぐ欲しがる聖剣を、自らの意思でがまんできるとは……! わたしには、そんなことはできなかった……! すばらしい精神力だ……!!」
……!!
やったぜ結果オーライ!!
さっき、逆につばだけしかさわらないぜ、みたいなやついたけどそいつはスルーだぜ!
「では!」
俺はリンセスを見た。
「じゃ、どうぞ」
「本当にいいの?」
リンセスはいつものきびしいやつじゃない目で見た。
とまどい。
うたがい。
そんな感じ。
「どうぞ」
「じゃあ」
リンセスは聖剣に近づいていく。
そして手にした。
リンセスがさわった瞬間、聖剣がほのかに光ったように見えた。
みんなは遠かったせいか、気づいていないようだ。
リンセス自身もわかってない?
そしてリンセスは力をこめ、抜こうとする。
聖剣は動かない。
「なにも感じないし、動かない」
リンセスは手を離した。
他のみんなは、俺がメインだと思ってたからちゃんと見てなかっただろう。
先生も、まだなみだを流してたから気づいてないだろう。
僕は見た。
リンセスの額に、勇者の紋。
竜を模した紋章が一瞬浮かんだのを。
やべえ。
やっべえ。
勇者いた……!!
ここにいたー!!
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