学園の根暗が魔王の側近なんて、誰が予想できる?まあ俺なんだけどさ。
reyon
第1話
「悪いけど、この先に進むのは許可できないんだよ」
そう言うと、レイモンの目の前に立つ男は嘲るように笑った。そしてそのまま少し先の建物に入ろうと足を踏み出した。それに鬱陶しげにため息をひとつ吐くと、レイモンはもう一度警告をした。
「もう一度言う。とっとと出てけ」
さっきより低い声で。そしてレイモンが少しだけ力を乗せて言えば男はわかりやすいほどに動揺して固まった。見開いた瞳には驚きと畏怖が滲んでいた。
レイモンが出口をあごで示すと、びくりと男の身体が動いた。
「おい」
そう言って、学園の外に行くよう伝える。それを理解した男は慌てて木々の中を駆け出した。暗い木々の中を走り去っていく姿を見届け、レイモンはうんざり呟いた。
「今月で7人目かよ」
木に囲まれるようにして佇む歴史ある館。木で作られた陰の中から最上階を見れば、月夜に誘われたのか、バルコニーに部屋の主が出てきたところだった。学園内とは違ってゆったりと下されたダークブラウンの前髪からは、きらりと金色の瞳がこちらを向いた気がした。
思わず息をのんで、木々の陰に深く埋もれる。少し間を置き、もう一度そっと伺えば、金色の瞳はもうすでに部屋に戻ったようだった。レイモンは安堵して、軽く息を吐いた、
「とっとと魔界に戻りてぇ……」
そしてそう呟くと、今度は盛大にため息をついた。すでに人がいなくなったバルコニーに視線を向けながら、レイモンはここ2ヶ月のことを思い出していた。
__________
街の中心街からは離れた貧民街。寂れた酒屋や寂れた宿がたたずむ薄暗い路地。その一角で違法行為におよぼうとしていた男の手をひねり上げると、レイモンはそのまま男を壁に押しつけた。
「魔人基本締結条約の第2条をもってお前を捕らえることとする。……つーわけで、大人しく捕まっとけよ」
「な、ふざけるな!」
壁に押しつけた男はわめきながら振りはらおうとする。体格的には男の方が大きいものの、レイモンはピクリとも動かなかった。実力差があるのは明らかだったが、男は諦めずにばたばたと手足を動かし、離せとわめいていた。レイモンがいい加減うっとうしく思い始めたころ、ようやくレイモンが待っていた男がやってきた。
足元までのびる黒色のロングコートは、レイモンと同じく規定のものだが、背の高い彼が着ると優美にみえた。
「レイモン、あっちの子の保護完了したわよ」
「記憶は消したか?」
「もちろんよ」
「じゃあとっととコイツ送るか」
「お、おい! どこに!」
未だ身動きのできない男は上ずった声をあげるが、それを無視していつものように違法者をあっち側へ転送しようとした。だけどいつもと違い、横から待ったがかかった。
「あ、そうそう。アナタのお呼び出かかってるわよ」
「ん? 呼び出し?」
ピタリと展開していた陣を止めて、横に立つ彼を見る。
「そう。偉大なる我らの魔王さま、からね。新しい仕事についてですって。ソレ運ぶならついでに行って来ちゃいなよ」
彼はそう、楽しそうな声色で言った。
レイモンはそれを聞くとフードの下で思いっきり眉を寄せた。
「いい加減、休みてぇ……」
遠い目をしながら思わず呟いた言葉は、転移する前に消えていった。
魔界に転移して違法者を引き渡すと、レイモンは城まで向かった。城を訪れるのは実に50年ぶりだった。
黒い城の執務室に入ると、懐かしい人が穏やかな目をして待っていた。魔界の指導者であり、レイモンの仕える人物であり、そして友人でもある。
「レイモン、久しぶり。元気だったかい?」
紫色の瞳で微笑まれて、まるで昔に戻ったような気になった。
「魔王さま、……アズエル、久しぶり」
レイモンはなんだか気恥ずかしくなりながらも、フードを下ろして魔王に向けて微笑んだ。彼の艶めいた紺色の髪と翡翠の瞳が現われると、魔王は懐かしい日々の記憶がぼんやり浮かんだ。
「本当に、懐かしいね……」
部屋には友人との再会を喜ぶ温かな雰囲気が漂っていた。
しかし、それは数分だけのことだった。
「で、魔王さま。俺、働きづめなんですよ。いい加減休みがほしいんですよ。そんな中で新しい仕事ってどういうことですか?」
レイモンがニコニコ笑いながら言いうと、魔王はうっと口をつまらせた。そしておろおろと視線を泳がしながら言った。
「あ、うん、その、ごめん。レイモンのおかげで条約はいまだ無事だよ。それで休暇をあげたいんだけど、でも、どうしてもレイモンにしか任せられないことがあって……」
「魔王さま、俺、50年ぶりに魔界に帰ってきたんですよ。50年ぶりに。50年ですよ?」
「うっ……ご、ごめん……」
「いやあ、久々に城を見て俺、感動しました。魔界の城ってこんなに美しかったんだなって」
「ご、ごめん。……だけど、向こうに送れる魔族で信頼できるのって、君しかいなくて……受けてもらえない、かな?」
最後の小さな謝罪まで聞くと、はあとひとつため息をこぼした。そして少し苦笑した。
自分より圧倒的に強く、従えることができるのに彼はそうしない。いつも最後にレイモンの気持ちを聞いてくれる。そんな彼だから、結局のところレイモンは断れなかった。
「……終わったら長期休暇だから」
それを聞くと、魔王はうつむいていた顔をパッとあげてレイモンを見た。
「う、うん! 必ずそうするよ!」
「……はあ。……で、俺に仕事って? つうかそもそも他の特別警備部隊のヤツらじゃダメなのか?」
終戦後に魔界とアスラン大国が停戦協定を結んではや50年。魔族は人間にむやみに手を出さないこと。そして人間も魔族にむやみに手を出さないこと。これを基本とする魔人基本締結条約を結んだが、当然納得せずに違反しようとするものがいる。それを未然に防ぐよう命じられたのがレイモンをはじめとした特別警備部隊だった。
「うーん、絶対に傷つけちゃマズいんだよね。でも襲ってくる相手が未知数なんだ。しかも日にちもかかるし。隊員を全員投入しちゃったら、街の方が手が回らなくなっちゃうし。それにいきなり何人か投入するのもちょっとリスクがあってさ……」
「……つまり?」
「実はね、今度隣国から留学中だった第二王子が学園に戻ることになってね。レイモンには彼の護衛にあたってほしいんだ。それで、学園に通ってほしいんだ。だから来月からよろしく頼むよ」
「……は?」
「あ、ごめん。早口だったかな? えっとね、実はね、今度隣国から留学中だった第二王子が学園に戻ることになってね。レイモンには彼の護衛に、」
「いやいや、……は?」
レイモンは呆然として、固まった。
そして心の中で冷静に、冷静にと思いながら議論を始めた。
(来月って言ったか? いや、一週間しかないじゃん。てか、え、なに? 王子? 護衛? 護衛って側にいるヤツだよな? 待て、それってアスラン国側も知ってんのか? いや、そもそも向こうの依頼か?)
「……その護衛って、アスラン国側からの要請ですか?」
「ううん、違うよ。だから秘密裏にバレないように守ってね。レイモン、君ならできるから。」
「……いやいやいや」
(王子をバレないようにどうやって守れってんだ。王子だぞ、王子。簡単に近づける相手じゃねえし。下手したらこっちが捕まるだろ。いや、そもそも学園? アスラン国の? )
「あ、そうそう。君は学園ではレイモン・アスディアという地方の商家出身にしたよ」
「は? どういうことですか?」
「うん、これは非常事態だからね。ちょっとこっちで入学を偽装してね。だから君は来月からは学園に通う一年生のレイモン・アスディア君だよ」
ニコニコ笑いながら告げる魔王に、レイモンはやっぱり断ればよかったとひどく後悔をした。
こうして学園に通う地方の商家出身のレイモン・アスディアが誕生したのだった。
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