第36話 S12の彼
峠を流しながら、下り始める。
そろそろ朝の雰囲気で、ゴルフ場の送迎バスやら乗用車やら、と
所帯じみて来て、さっきまでの神聖なロード、なんて気分にはまったくならない。
峠を下り切ると、すこし蒸し暑い感じがした。
オープン・ボディの車というのは、そこにいる、という実感があっていい、と思う。
モーターサイクルでも、ヘルメットをかぶらなければ似たようなもの、だが
それでは速度を出せないし、リスクも大きい。
僕は、マシンをパーキングに寄せ、イグニッションを切り、携帯をトノ・カバーの
下のバッグから取り出した。
なんとなく、だけど、S12の彼に連絡した。
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彼の家は、峠からすぐ近くの国道沿いだった。
国道が高架になる、その陸橋のすぐ側の一角、百坪ほどの土地に
旧い木造家屋、それと作業場とガレージ。
時の刻みを反転させたような雰囲気に、僕は少し安堵した。
周囲は商工業地域で、どちらかというと工場など目立つ。
新興の外車ディーラー、トラックの修理工場、大衆食堂...
よくある、どこにでもあるような感じのバイパス沿いのムード。
どうして日本中一緒なのだろう、と思いながら。僕は彼の家の
ガレージにマシンを止め、温室の中に咲いている蘭の花、のあでやかな雰囲気にどこか違和感を感じつつ
彼が出てくるのを待った。
「よお、よく来たね。」
ひさしぶりに会うのに、なんとなく昨日会っていたような、
そんな雰囲気て彼はあたりまえ、という顔つきで。
薄いベージュの作業着はところどころ擦れていて、
しかし、さっぱりと洗濯されていて清潔感がある。
そのあたりに緻密な雰囲気を漂わせ、メタル・フレームの眼鏡によくマッチしている。
「ああ、こんちは...ちょっと、近くまで来たから...それで...。」
僕は、仕事前だ、という彼に気遣い、今日の事をさらりと話した。
R32の男の素性、とかも聞いてみた。
「さあ...割と、あいつらは...。」
と、彼も詳しくは知らない、と言った。
ただ、ナンバーから住所くらいはわかるだろう、と、付け加えて。
で、僕はというと、S12の彼が教えてくれた陸運事務局へ行って、
彼の言うとおりに登録番号の照会をして、512の男の住所を知った。
その住所から場所を知るのにはちょっと苦労したが
区域の図書館で住宅地図をコピーして、
場所をよく見ると、意外、いつも通る箱根の中の別荘地の外れだった。
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僕はマシンのエンジンを低く抑えて
落ち葉の舞散るアスファルトの坂道を登った。
.
.....そこは、鬱蒼とした森の中、というコトバがぴったりの場所で、たぶん
大きな会社か何かのゲストハウスだったのだろう、と思えるような建物だった。
主を失った家は、薄暗くて少々不気味に思えたが
僕はエンジンを切り、建物の周りをうかがった。
.....一階はシャッター付きのガレージ。
二階が大きな硝子張りのゲストハウスのようだ。
少し森の奥手の方に離れがあり、そこも小屋、というよりは
一戸建ての住居、ほどの大きさだが
どの建物にも人気はない...
......この男....
確か、肉屋か何かだ、と聞い.てたけど...
それにしては豪華な家だな、と僕は思う。
フェラーリ512を乗り回し、広大なゲストハウスにひとりで住む男。
なんとなく胡散臭い、と横田の言う意味を僕は、実感していた。
薄気味悪いな、とは思ったけど、誰もいないから少し、様子を見よう、と。
僕はマシンのキーを抜き、ガレージのシャッターの方へ歩いた。
落ち葉が積もったアスファルトのパーキングの感触を靴底に感じながら。
.....ガレージのシャッターは、鍵がかかっていて開かない。
中の様子を見ようにも、新聞受けの穴もないので覗くのも無理だ。
でも、微かにオイルとガソリンの匂いがする。
中にはまだマシンが何台かあるのかな、と思い
ふとガレージの方からゲストハウスの玄関を見た。
古びた、鋳物のオブジェ。
どこかで見た記憶がある......
僕は、記憶の糸を手繰った.......
.....そうだ。これは....
兄貴が言う「邪悪な宗教団体」のマークだ。
............。
僕は、なんとなく嫌な気持ちになった。
兄貴と同じように、高速の事故で死んだ男は、対抗組織の
シンボルのついた家に住んでいて、
しかも、事件を闇に葬ろう、と警察はマスコミを遮断し
事故現場にいた僕らには変な連中がつきまとう...
真相を追った新聞記者は、行方知れず.......
....こりゃ、やっぱり横田の言う通りヤバイみたいだな....
僕は、なんとなく怖くなって逃げ帰ろう、とマシンの方を見た。
すると......
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