第28話 硝子の午前4時




「うん、ありがと。」


と、僕は答え、笑顔を返した...




でも....。


僕らはその後、レコードを何枚か聞いて

それから、横田は自分の部屋で。

僕は階上の、客間らしい洋間で眠った。

板間の板は古い一枚もの。

油の匂いがした。


ベッドに潜って、僕はうとうとしながら考えた。


---横田は何故、やつらが襲ってこないと言いきるんだろう....

---あの事故が仕組まれたもの?.....

---「奴等」と、「刑事」。何を捜査してるんだろう?

---「奴等」は、どうして僕と、S12を襲ったんだろう?...


.....たぶん。

512の男が何かを知っていた、んだろうな..。



----あの、R32GT−Rの男は?



僕は、そのことにどうして今まで気付かなかったんだろう、と。



....512の奴と仲間みたいだったから......。




....横田は止めとけ、っていうけど。


ちょっと、気になるんだよな...。




僕は、うとうとしながらそんなことを考えて

いつのまにか、眠りに落ちていた。




目が醒めた時、すでに午後だった。

この家の周囲は林、というよりちょっとした森なので

昼すぎだ、という事にも気付かず、眠ってしまっていた。


寝室から出ると、二階の廊下は明るい光に包まれていて

窓からは、清涼な風が流れ込んでいる。

僅かに、森の香りがする。


廊下を歩くと、まったく音のしない空間にスリッパの音だけが。

横田は、どこにいるのか気配すら感じられない。


階段が、階下へとつながっている。

その脇に、鏡と洗面台が一体になったユニットが据えられていた。


僕は、水栓のレバーを上げ、水を手で受けた。




井戸水なのか、思いの他冷たい水が心地好かった。






....ぼんやりとしていると、外の方でバイクのエンジン音がした。




Vツイン。

横田の、FX−1200だ。


窓から、顔を出して、音のする方向を見ていると...


昨日、僕が登ってきた道を、横田は上ってきた。



陽射しを浴びたV-Twin は、とてもまぶしく、


力動的な排気音がなんだかとても頼もしく思えた。






横田は、いつものようにBellのへルメットに黒いサングラス。

FXー1200をパークさせる。

クロム・メッキのサイドスタンドがロックして、バイクは大きく傾く。

確実に停止しているかを確かめると、バイクを降り

へルメットを取った。


「おーい、降りてこいよ。飯、食いにいこうぜ。」



二階の窓から見ていた僕に気付くと、横田はにっこりと笑う。



僕も、なんとなくリラックスでき、階下に降りた。



玄関で、昨夜脱ぎっぱなしになっていたスニーカーを履き、外に出る。

RZV500Rは、昨日と同じ場所にある。

夜露が降りたのか、メーター・パネルに水滴の跡が見える。


「どこ、いくの?」

僕は横田に尋ねた。



「ま、いいだろ、その辺で。」と、いつものように無造作に彼は答えた。



僕は、玄関ホールにおいてあった自分のへルメットを取り

ポケットからRZVのキーを取り出す。

小型の両面キーは、YAMAHA、と白文字が刻まれている。

白抜きにペイント処理をしてあるプラスティック・モールドの

部分がちょい安っぽいが

そのあたりの安っぽさも無闇に高級感のあるものよりは

好感が持てる。

走りの道具に虚飾は不要だ。


GPマシンなども、素材はともかく

表面の仕上げなどは至って簡素なものだ。

機能のみのため、ひたすらそれだけの存在。

それゆえ、無駄のない美しさは比喩表現としては

銃器のようだ、などとも言われるが

流体、空気の流れという物理現象を制御するために

モーターサイクルのGPマシン、そのレプリカであるRZV500Rは

あたかも飛翔する鳥にも似て優美である。

ひとたび大地を蹴れば、ロードを舞う鳥のように自由なカーヴを描く、

しかし、目標を定めた時、直線的に翔び去る鋭さは

やはり、攻撃的な猛禽類のようでも、ある...。


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