第16話 FJ20ET 230ps


その頃.....FJ20の彼...は。




彼は、スロットルを床が抜けんばかり、と踏み込んだ。

コンパウンド・ゲージは跳ね上がり、フル・ブーストを得たFJ20は

バンカラな震動激しく凄まじい加速を見せる


...が。


不気味な物体は、ルーム・ミラーに貼りついたように。

エア・インテークは、まるでブラック・ホールの入り口のようだ。

レブ・リミットを超えそうになり、シフト・アップをやや強引に行う。


メタリック・クラッチが硬質な感触。

トルクが乗る回転数。


しかし、バックミラーの怪物は、へばりついたままだ。

スポーツ・シート背中との間が、空間をもったかのように実在感がない。

ゆっくりと、汗がしたたり落ちて行く.....。

ブーストも、とうに1kg/cm2を超えて、危険な領域だ....。

畜生!

どうして離せない!

ウッド・リム・ステアが汗で滑る.....。



....ん?

ここは、...どこだ?

...そうか、...夢か。

嫌な夢だな。...と、



彼は目覚め、記憶を反芻し始めた....。



俺は、確か.....S12に乗っていて....



....エンジン・ブロー。

....キャリア・カーの偽警官にだまされて。

....妙なところに連れてこられて。


「お前も、仲間じゃねぇのか?」


さっきまでの物腰をどこへやら。


キャリア・カーを運転していた男は、やくざさながらに。


彼はまったく、訳が分からない、といった風で。

コンクリートの壁を見ていた。


...こりゃ、手抜き工事だな..。

こんな状況でも、やはり職人というものは不思議なものだ....。



...キャリア・カーに乗せられて、こんな所に来ちまう、とはな。

警官だと思って、気を許したのが、まずかったな....。



...警官?


「お前、警官がこんなことして、ただで済むと思うなよ!

誘拐罪じゃねぇか!」


「...誘拐?ふ、おれたちは、『特高』なんだよ。

  なんなら公妨で引っ張るか?ん?」




.....特高?


そんなものが、現代に存在していたのか?


S12は、我が耳を疑った。


...そうか、こいつらが『とんび』?か?

....それならば、あのR33-Rとグルなのか?


彼の、持ち前の正義感が、また怒りを呼び起こして。



「このままで済むと思うなよ!」



「うるせえ奴だな、少し黙ってな。」




そういうと、何やら液体の染込んだ布切れを彼の顔に押し付けた...

拒否する間もなく、彼の全身から、緊張が解けていった...。


薄れ行く意識の中、彼は思う。

...誰かに、知らせなくては..。


ポケットの中の携帯電話、手探りで発信ボタンを押した...。


発信先は、さっき聞いたばかりの“あいつ”の家になっていた..。


見覚えのないコンクリート打ちっぱなしの壁。




.....こりゃ、手抜きだな....。(苦笑.)





...ここは、どこだ?

彼は、耳をすましてあたりをうかがった。

騒音が少ない。かすかに、自動車のタイア・ノイズ。


おそらく、高速沿いのどこか、ガレージかなにかだろうか。


.....鉄筋コンクリート。壁式SRCだから、あまり高層建築ではなさそうだ。

モルタル壁直塗りだから、あまり新しい建物じゃないな。

廃病院か、何かかもしれない。


.....俺のマシンは?

キャリア・カーに載せてきたから、駐車場のどこかに停まっているかもしれない。

しかし、エンジンが動かないから、逃げるとすりゃ...


キャリア・カーごとかっぱらう、か。


彼は、ベッドから起き上がった。

窓際により、外の様子をうかがう。

深い、針葉樹の森林。鬱蒼とした。原生林?

.... ありゃ、ヒノキだな...。


彼の職人としての日常が、記憶ファイルとして活用されている......。


...とにかく、ここから出なくちゃな.....。


ドア・ノブを静かに回す。

安手のステンレスの感触が冷たく。


「....?」



ロックがかかってない。


意外に、あっさりとドアは開いた。


「....Lucky!」


細めに、静かにドアを開く。

廊下は薄暗く、人の気配は無い。


そっと、ゴム底靴に注意を払いつつ、彼は逃亡を試みた....。


フロアは、モルタルに樹脂塗装で、足音を忍ばせるには好都合。

すばやく、壁伝いに、かれは廊下を移動した。


多数の引き戸が無造作に続いている。

やはり、病院の跡のようだ。


ナース・ステーション。

処置室。

医局。

薬品の芳香、有機的な匂い。

病院、が染みついているかのようだ。


「そういや、前、医者の施主と喧嘩して......。」

......金払うときになって、ごねやがって。

......どうも、医者とか警官とかは偉そうで気にいらねぇ。


日常的な連想。

およそ、緊張感がないが。

まあ、実際にはこんなものだ。

ゴルゴ13も、腹減ったりするだろうしね。


医師の控え室らしい小部屋から、人の気配。


「!」



いきなり彼は、緊張に引きもどされた。


..しかし、なんで俺が、あんな変な連中に....。


スピード違反くらいで.....。


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