第3話
「じゃあな!」
浩史が浮足立った様子で、踵を返して南へと続く道……太陽のある方を南と仮定して……を進んでいく。
「ちょっと、待って、異世界って、どうやって帰るの?」
浩史が振り返って眉根を寄せる。
「知らねぇし、俺は帰る気ねぇし。チート能力でハーレム世界だぜ?っていうか、俺についてくるなよ?助けてとか言われたって助けねからな?」
は?
ハーレム?何を言ってるの?
「婚約破棄したんだから、赤の他人。お前みたいな婚約者がいたって過去さえ恥ずかしいから近づくな。声をかけるな。誰かに俺と知り合いとかも言うな、お前はあっちに行けよ。俺の人生これ以上邪魔するなっ!」
はぁ?
私が、いつ浩史の人生を邪魔した?
はぁ?何言ってるの?本当に、わけが分からないっ!
こっちこそ、二度と浩史の顔なんて見たくないっ。
ぷいっと浩史に背を向けて北へと歩き出す。
「ああ、そう、俺は親切だから、一つアドバイスしてやるよ。いわゆるお前、勇者の俺の召還に巻き込んじまったんだろうし。見殺しにしたと思われても寝ざめが悪いからな。とにかくギルドに行け。じゃぁな!」
浩史の言葉に返事を返さずそのまま速足で歩きだす。
延々と伸びる道。
土の色は地球と変わらない。森の木々だって、ピンクの葉っぱというわけではなく緑だし、幹は茶色で空は青で雲は白。
異世界だって言われたってぴんと来ない。
けど……。空の月が違う。
怒りに任せて浩史と離れて歩き出したけれど……。知らない世界で一人でどうしよう。
不安が胸に押し寄せる。
立ち止まり、足元に視線を落とす。
今から、浩史を追いかけようか?
目に映るのは、土を踏みしめているスニーカーだ。
「土の上でもこの靴なら十分走れる……」
ジーパンにトレーナー……。とても29歳女子が新宿に足を運ぶオシャレとはいいがたい。本当はもっと春色の綺麗なワンピースとか、かかとのあるサンダルとか……いろいろおしゃれしたかったなぁ。
でも、浩史の隣に並ぶととてもバランスが悪くて。浩史とおそろいのような服装をしていた。子供のように唐突に浩史は楽しいことを見つける人だったから。「今から山に登ろうぜ」と突然言われたこともあった。「この靴じゃ無理だよ」と言えば舌打ちをされたりもした。それからだったかな。スカートもかかとのある靴もあまりはかなくなったのは。
「……あーあ。貴重な20代。もっと好きにおしゃれしたらよかったな……」
私と婚約していたことが恥ずかしいだって。
いい思い出だったとさえ言わないんだ。
バカみたい。
ぽたりと、地面に涙が落ちて、すぐに乾いて消えた。
バカみたい。
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