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3 参 ~ 設備視察1 ~

 サクラを起こそうとしたが、何度揺すっても起きやしないので、海水を手に取って顔に水滴をたらす。予想通り、途中から狸寝入りを決め込んでいた彼女は、すぐさま飛び起きて「鬼~! 悪魔~!」などと言ってきたけれど、適当にあしらって社の玄関へ向かうことにする。踵を返し彼女へ背中を向けると、すぐ追い打ちでも掛けるように乱暴に飛び乗られた。サクラは、「眠り姫はキスで目覚めるもんでしょー!」と乙女チックな文句を言っていたが、「静かにしないと降ろすぞ」と言うと、途端に大人しくなった。

 部屋に戻ると、シェフの四人とメイの姿は無く、ユカリ、リエ、ランの三人が、こたつを囲んで大富豪をやっていた。


「あれ? メイ戻って来なかった?」

「いいえ、見ていませんわよ?」


 彼女の行方をたずねると、こちらに背を向けて座っていたランが、振り向く格好でそう答える。


「あれ~。先に戻ってるはずなんだけどなぁ」


 入口に突っ立ったままサクラを降ろすと、「あたしも混ぜれ~」とメンバーに加わりに行ったので、そのまま又部屋を後にしてメイを探しに出る。


 割と広い社内を目視で探し回るのは大変なので、ローカルリンクの座標から追跡しようと思ったのだが、彼女のリンクは閉じられていて居場所が掴めなかった。そこで社システムへアクセスし、環境センサーと仲居ヨリの目撃情報から、座標の割り出しを試みる。するとどうやら、メイは日本庭園内の茶室にいるようなので、茶室担当仲居ヨリの視界を共有して室内を覗いてみた。てっきりお茶でも飲んでいるのかと思っていたが、メイはいつもの透過コンソールを広めに展開して、何かを熱心に描いているような動きをしていた。

 茶室担当の仲居ヨリに指示を出し、メイの背後にある茶釜の方へ移動する振りをさせ、コンソールの表示面を覗かせてみると――そこには何というか……。裸の男同士が、行きすぎた友情を確かめ合っている様子を克明に描いた、躍動感溢れる画像が表示されていた。


「えええ!? これ……。ええぇ……」


 あろうことか、メイは腐った女の子だったようだ。彼女の筆は恐ろしく速く、迷いなく描かれて行く執筆の様子は、まるでXYペンプロッターのように正確で、一ページを僅か数分で仕上げて行く。だがなぜ手書きなのだろう。手動で描画を行うくらいなら、イメージを直接画像として出力すれば良いのではないだろうか。


「あっ! これはユカリが言ってた雰囲気半分みたいなアレなのかな? びみたいな。それで茶室?」


 正直これは面白い。と言っても、彼女の趣味が可笑しいという意味ではない。

 恐らくメイは、様々な思いを秘めた難解な心境で、この作品を生み出しているに違いないのだ。何故テーマがソレなのかは分からないが、真剣に取り組んでいることは間違いないだろう。

 もしかすると、こちらへ執拗なまでに注がれていた彼女の視線の意味は、自分の体を資料として詳細に観察をしていたという事なのだろうか……。だから、特に風呂場では念入りな検分を行っていたのか。


「だとしたら、なんかやだなぁ……」


 しかし、これはあくまでも推測に過ぎない。彼女のこれまでの振る舞いや、その胸中にも興味が湧いてしまったので、後日それとなく話を振って反応を見てみようと思う。なるべく穏便に、直接的な表現は避けて、さりげなく何気なく努めて自然に……。

 無口なメイの事だから、聞かれなければ絶対にそんな話はしないだろうし。まぁ、聞いてみたところで、彼女が話してくれるかは分からないが。

 一先ずここは何も見なかった事にして、仲居ヨリとの視界共有を閉じ、客室へ戻った。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「お昼はまだかいのぅ」

「おじいちゃん、お昼は先週食べたばかりでしょ?」


 ボケを飛ばして部屋に入ると、ご機嫌な様子のサクラが珍しく更にボケ返してきた。何事かと思えば、彼女はこの短時間でランキングトップになっているようだった。対して、切る手札をなかなか選べずにいるユカリは最下位のようで、怖い顔をして場と札を見比べている。

 分析能力と状況判断力は低く無いはずなのだが、聞けば彼女は中々上位に行けず、良くて平民止まりだそうで、どうも勝負事や駆け引きは苦手なようだった。


「外野が口出しするのは野暮ってもんだが、敢えてユカリに言うとすれば、リスクを恐れるあまり大胆さに欠けるってところかな?」

「ほら、晴一くんも姉さまは慎重すぎるって言っていますわよ?」

「ユカリ姉案外ビビりだからな~。こんなのは勢いだよ、勢い~」


 ランとサクラもユカリの弱点には気づいていたらしく、同じようにダメ出しをしていた。


「うるさいわね。晴一のばか」


 そして、また何故かユカリのイライラの矛先が自分に向いてしまう。理不尽ですよね~。


「あ~あ。馬鹿って言われちゃった。辛いなぁ。今日はもう辛過ぎて死にそうだから、ヨリに慰めてもらおうかな~」

「そのお役目わたくしが承(うけたまわ)りましてよ!」


 素早く手札を袂(たもと)にしまったランが、端の方に座っている自分の所へやってきて正座をしたかと思うと、太腿をぽんぽんと叩いてアピールをして来る。彼女の申し出は有難かったが、丁度昼食時間となったため、至極残念そうなランに礼を言って今回は見送る事にした。それ以前に、皆と遊んでいるゲームを放り出してしまうのはどうなのだろう。

 お昼の用意が進む中、入り口の襖が開いてメイが戻って来た。何となく目を合わせ難かったが、何も知らないふりをしてどこへ行っていたのか聞いてみたけれど、彼女は「ちょっと……」と言うだけで、それ以上は答えてくれなかった。


「メイなら茶室に居たでしょ? さっき仲いにゅー」

「あーあー。ユカリちょっと話があるんだ外に出よう」


 ユカリの口から不都合な事実が語られる前に口を塞ぎ、羽交い絞めのような格好でこたつから引っ張り出すと、困惑している彼女を小脇に抱え直し部屋の外へ連れ出した。廊下を左に出て駆け足で進み、突き当りに新設されたカフェテリアへ入る。手近なテーブルへ適当に座り、注文を取りに来たウェイトレスヨリへ、タピオカミルクティーをふたつ注文した。


「もう、何なのよ突然。お茶ならご飯の後だって良いでしょ?」


 いきなり拉致されるように連れて来られたユカリは、当然ご機嫌斜めだった。


「そう言わずにちょっと付き合ってくれよ」

「どうしたのよ改まって。他の子に聞かれちゃまずい事でもあるの?」


 即座に運ばれて来たタピオカミルクティーを受け取り、中身をストローでかき回しているユカリは、不満そうに口を尖らせている。


「おう。大ありだからここまで連れて来たんだよ」


 自分の訳ありげな様子を察したためか、彼女は姿勢を正し話を聞く体勢を整える。


「さっきユカリが言おうとしたメイの話なんだが、あれは伏せておいて欲しいんだ。少なくとも本人の前では」

「どういう事?」


 まったく意味が分からないといった様子で、ユカリは自分に怪訝な目を向けて来る。


「茶室でメイが何をしていたか知ってるか?」

「いいえ知らないわよ。あの子があそこにいた事と、晴一が覗いていた事は知っているけれど。まったく、いやらしいわね」


 ストローをくわえたユカリが、いつものジト目で酷い事を言う。『まったく、いやらしいわね』じゃないよもう。メイの趣味を尊重したいと気遣っての事だというのに。


「話を聞く前からいやらしいとか言うんじゃあない。むしろこの場合いやらしいのは……いや。う~ん、何といったら良いものか……」


 なるべく刺激的な表現を控えるよう言葉を選び、メイのこれまでの行動や、茶室で行っていた作業の内容を正確かつ丁寧にユカリへ話して聞かせた。そして、そういったジャンルをこよなく愛する人たちが世の中には沢山いるということも。全体で見ればそりゃ少数派ではあるけれど、メイが特別変わっているとか、おかしな子だとか、そういう話では無いという事も付け加えて、きちんと説明した。初めはユカリも驚いたり、顔を赤くして俯いたりしていたが、自分が真面目に話をしている事がわかると、次第に態度も変わってゆき、大事な妹の趣味に対しても理解を示すようになっていった。


「はぁ……。我が妹ながら特殊な趣味を持ってしまったものね」

「確かに特殊かも知れないけど、別に悪い事ではないし。恐らく心配するような事でもないと思うから、少し様子を見ようとは思ってるんだ」

「そうね……。趣味は個人の自由だし、誰かに迷惑を掛ける物でもないでしょうし」


 底の方に残ったタピオカをストローで吸い上げて、カップを空にするユカリ。物足りなさ気な顔でストローを覗いているところへ、手を付けていない自分のカップを差し出すと、彼女は喜んでそれを受け取った。


「俺からの話は以上だから、それ飲んだら部屋に戻って昼を食べよう。せっかくの料理が冷めちゃうからな」

「うん。あの……晴一? メイの事真面目に考えてくれていたのに、さっきはいやらしいなんて言って悪かったわ。ごめんなさい」


 珍しくはっきりとした口調でそう言ったユカリは、頭まで下げて自分に謝って来た。


「いいよ。気にすんな」


 ユカリの頭をくしゃくしゃと撫でると、彼女はにっこりと微笑む。やがてカップも空になったので、席を立って出口へ向かうと、まるで指定席だと言わんばかりに、ユカリは自分の背中へと飛び乗って来た。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 昼を食べた後は、社内でまだ探索していない場所を埋めるべく、どこでも襖を利用して社システムの本体がある区画へ出張って来た。広さは、量子脳格納プール前室を二倍した程度のスペースで、周囲の壁には、ステータスモニタLEDめいた点滅表示が無数に瞬(またた)いている。

 部屋の中央には、昔々のスパコンに似た円筒状の装置が四つ並んでいて、側面にある窓の中には、二センチ角くらいのガラスキューブのような立方体が整然と配置され、それぞれが時折ランダムに青い光を放っていた。装置周辺の床には文字表示があり、“主演算機一~四”と装置を囲うように書かれているので、この四つの装置が社システムの中央処理装置のようだ。


「またえらく古風な見た目だな……」


 主演算機の外観を一通り見回してから壁際に移動し、無数の光が明滅するその部分を観察すると、そこには縦十五センチ、幅二センチ程の区切りが設けられていた。さらに周囲を見回すと、壁面全てがそうなっているようだ。軽く触れた区切りの一つは、ひんやりとした金属の感触があり、その滑らかな手触りはアルマイト処理を施されたアルミニウムのようだ。

 とそのとき、今しがた触れた区切りがいきなり突出して、手前にスライドするように伸びてきた。予想外の変化に驚きつつ成り行きを観察していると、それは一メートルほど飛び出したところで動きを止める。せり出てきた物体は、金属の枠に嵌まった透明なガラス板様の物だった。板の内部には、見る角度に応じて、キラキラと輝く精細な亀裂のようなものが縦横無尽に走っており、それはユカリの持つ緑色透明な記憶媒体と同じ構造のようだった。


「なるほど。これ全部記憶装置なのか。そういやユカリが光子を閉じ込めて記録するとかなんとか言ってたっけ。光を固定しているのやら、こちらが固定されているのやら……。全く分からんな」


 掌で影を作ってガラス板を覗き込んでも、亀裂状の輝きに変化は無い事から、それ自体が発光しているという事が判明したが、目視でわかるのはその程度の事だけだった。このまま出しっぱなしという訳にもいかないので、直感的に飛び出している記憶媒体の先端に再度触れてみる。すると予想通り、媒体は出てきた時と同じように、ゆっくりと壁の中へ引っ込んで行った。光学ドライブのトレイめいた馴染み深い操作手順に、少しだけ顔がにやけてしまう。


「ここはこんなもんか。あんまりいじくりまわして機能に支障が出るのも困るし。もう出よう」


 そんな事になれば、ユカリの逆鱗にも触れかねない。もし仮に、これまで蓄積されて来た大切な食品の情報をすべてロストした、などという事になれば、食いしん坊たちからどれだけの顰蹙ひんしゅくを買う事になるか。考えただけでも恐ろしい……。食べ物の恨みは怖いのだ。 

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