4 肆 ~ 設備視察2 ~
「はぁ~どっこいしょ」
「何です晴一さん、おじさん臭いですねぇ」
部屋に戻ってこたつに座るなり、アイから突っ込みが入る。けれどアイの言葉は間違っている。自分はおじさん臭いのではなく、おじさんなのだ。
「今更だぞアイ。俺は生まれた時からずっとおじさんだ」
しかし、おじさんも真面目に返すのはちょっと
「そうなんですか!? 人間にはそういう方も居るんですね! や~勉強になりますねぇ」
「純真無垢か!」と、突っ込みそうになったが、実際アイは純真無垢だし、天真爛漫な性格でもある。近頃は、自分への信用度が増しているせいか、何気なく言った嘘や冗談を鵜呑みにするようになって来てもいる。
「いや普通に嘘だぞ。そんな奴いたら怖いだろ」
「あ~も~っ! またそうしてからかってぇ! 危うく騙されるところでしたよぅ」
こんな単純な嘘にもコロッと騙されてしまうアイは、可愛らしいと思う反面、もう少し注意力を養ってほしいとも思う。
「アイちゃんはまじめさんなので、すぐにだまされちゃうのね。ネコはそんなアイちゃんがすきですよ」
「うう~。チビさんありがとうございますぅ」
何時の間にか戻っていたチビが、リエの膝元から顔を出して、アイへフォローを入れてきた。チビに優しくしてもらえてよかったなアイ。
「おや。面妖な猫がいると思ったらチビじゃないか。あっちは大丈夫? コピー置いてきたの?」
「だいじょうぶ。ぬかりはないよはるちゃん」
手取り足取りリエに踊らされながら、やや眠そうに目を細めたチビは欠伸交じりに言う。ホントにこの猫は動じない性格をしている。
「それはそうとユカリ。トモエの依頼の件だけど、何から始めるんだい?」
この惑星や地球での諸問題はほぼ解決しているので、そろそろ彼女の残していった依頼にも手を付けてゆくべきだろうと思う。そこで、具体的な予定をユカリに聞いてはみたのだが。
「私たち人類勢の残存兵力は少し前に解析済みだから、殆ど解決していると言えるのだけれど……。問題は残りの二勢力ね。ケイ素生命体勢と情報生命体勢。このふたつは、どういう系統で活動しているのかさっぱり分からなくて」
どんな組織でも、その構造は大抵階層別に分かれている。それが軍という組織ともなれば、猶更厳格化されているはずで、命令系統の頂点に対応する部分が必ずどこかにあるものだ。そこを掌握する事ができれば、組織全体を意のままに操る事も可能であり、停戦も兵器群の解体も容易だろう。だが、個という概念のない二つの勢力には、どういった対処をすれば良いのか。ユカリはその辺が分からないと言っている。
トモエの残していった情報によれば、彼らの武装は基本的に人類が生み出した兵器を鹵獲したものか、完全にコピーした物を使用していたようで、独自に開発した兵器という物は確認されていなかったようだ。
コピー兵器は、外観がほぼ同じでも中身は完全に別物へ変異しているため、こちらの制御など受け付けるはずもなく、行動に関しても条件やパターンなどは見出(みいだ)せていないという。
二勢力の基本戦術は、何らかの作戦に基づいた兵力の展開などはせず、味方同士で連携などを行っている様子も皆無なようで、物量に任せてひたすら突貫し、敵勢力に対して直接接触をして鹵獲のみを行うという戦術を行使していたそうだ。それ故に、命令系統などが存在するようには到底見えないのだ。それはまるでアメーバが、自分の周囲の餌を捕食するようにひたすら食指を伸ばし、餌を丸呑みにしてゆくような物だったらしい。
「こうなると……。制御が利くものは後回しにして、先に訳の分からん方を何とかするしかないかな。俺には双方の自律兵器を捕まえて解析するくらいしか思いつかんけれど」
「そうなるわよね。とにかく情報が少ないから、なんとかサンプルを入手できるように頑張ってるわ。とは言え、実際に頑張っているのは自立兵器群の戦術AIたちだけど」
丸投げか。
単純に、破損した武器や兵器などを回収して解析でもすれば、何か情報が得られるのではないかとも思ったのだが、彼等が戦った宙域には、残滓(ざんし)などがまったく残らないという事が資料を読み進めていく内に判明した。何故ならば、戦場となった当該宙域に存在する殆どの物質は、回収後リサイクルされるか、他の勢力に取り込まれて根こそぎ利用されてしまうためだ。
一度彼らが争えば、兵器だけではなくその空間にあったあらゆるものが失われる。戦闘に巻き込まれて破壊された天体の残骸やガスなどを、様々な元素として回収し資源と化す。そうして自己の戦力維持や増強を行い、宇宙を食い荒らして回るという傍若無人な振る舞いを、彼の三勢力は何十億年もの間繰り返していたのだった。なんとも迷惑極まりない話である。
「資料の中には確認できないけど、他に知的生命体はいなかったのかね。ああ、人工進化計画の適用外でさ」
「う~ん。そういう話はないようだけど、案外探せばいるかもしれないわね。私たちの知っている宙域なんてごく狭い範囲だけだし」
ユカリは狭いと言うが、創造主たちの残した活動宙域図も含めると、最長辺部では数千億光年を超える距離に及んでいるのだ。もしかしたら、連中の戦闘に巻き込まれて星系ごと消し飛んだとか、可能性がある生命のいた星が吹き飛んでしまったとか。そう言うことがあり得なくもない気もするから、ちょっと笑えない。実際そんな不運に見舞われた存在がいたとしたら、それはとても気の毒な話だ。そう考えると、我々人類の住む地球はたまたま共存派に救い出され、運よく進化を遂げられたという事になるので、感謝しなければいけないのかもしれない。
「地球は稀に見る幸運に恵まれた可能性大だな……」
「それは間違いないわね。御蔭で今私たちは幸せだし」
何気なく呟いた一言に、にこりと笑いユカリが答える。かわいい。
◆ ◆ ◆ ◆
ユカリと共にトモエの残して行った依頼や、この先の予定について軽く話し合った後、惑星内の主要設備を検分するため、どこでも襖を操作して接続先を保守管理区画へ設定する。要塞惑星の復旧後に、再度惑星内を回るつもりではいたので、ひと段落ついたこのタイミングが丁度いいし、今日は一日その予定でいくことにした。
目的地の転送室を出て格納プール前室へ入った所で、今しがた出てきた転送室の方から、可愛らしい声にに呼び止められた。
「はる様~」
振り向いたタイミングで、駆けて来たリエのタックルめいた抱擁が腰辺りに命中し、衝撃で体が揺さぶられる。
「おっと。どしたリエ? 付いて来たのか?」
足元でぴょんぴょん飛び跳ねて、元気いっぱいの笑顔を振りまく彼女を持ち上げ、肩車合体をしてくるくる回る。するとリエは笑って頭にしがみ付き歓声を上げた。
「ぼくの区画にはる様が検知されたので追いかけて来たのですよ~」
「そっか~。ちょうど聞きたい事もあったから助かるぞ~」
更に回転速度を上げてリエを接待するが、自分の目が回ってきたので回転接待は切り上げ、スキップをするように格納プール室のさらに奥へと歩みを進めた。
動力区画と同様に、例のセキュリティ通路を抜けて到着した空間は、整然とラインが構成された工場のような場所になっていた。
HUDを呼び出して、各設備の状態や役割を確認していると頭上のリエがガイドを始め、工場見学ツアーが開始される。設置されている各装置は、搬送系で接続されてはいるが、生成装置は同じ機種のようなので、外観や掲示されている銘板も全て同じ物になっていた。搬送系は、それぞれの接続先が自由に変更できるようになっているため、生産体制に応じて構成を変更し、生産率や出力内容を細かく設定できるのだとリエは言う。中でも、大型の物を出力する装置は壁際に設置され、全長の長いものや、体積の大きな物の生成に対応するらしい。
生成ラインのある区画の隣には、更に広い区画があり、そこには無数の配管とタンク状の容器やポンプのような装置が複雑につながり合った、化学プラントめいた場所になっていた。
この区画は、保守管理区画の最重要部分となるナノマシン素材生成装置区画である。惑星の建造や解体保守など、あらゆる場面で使用されるナノマシンと各種素材の生成、及び混合はここで行われ、保守管理専用の超空間グリッドを通じて、各所に送出されるようになっている。各区画直通車両の走行チャンバーを、超高速で修復した
「工場とかプラントって、見てるだけでワクワクするんだよなー。こういうのが好きだっていうのもあって自分の進路を決めたようなもんだし」
「はる様は機械が好きなのですか?」
「うん、好きだよ。電気電子機械類にかかわる技術とか、製品全般がとても好きだね。車もバイクも玩具もパソコンも家電も。数え上げるときりがないなぁ」
子供のころから、そういう物に対して並々ならぬ興味があったため、ゴミ捨て場などを回っては廃棄された家電製品を分解して、部品などを拝借していた。やがて小学校高学年になった頃、夏休みの工作と称して、簡単なリレーシーケンス制御のエレベーター模型を提出した時は、教師たちに絶賛されてしまい、ちょっとした騒ぎになったなんてこともある。その程度にはメカトロ関連が好きだ。
「では機械っぽいリエの事も大好きなのですか?」
「言ったら機械っぽいのかもしれないけど、別に機械じゃなくてもリエの事は大好きだよ。皆が人間でも機械知性でも、どっちでも構わないよ俺は」
「わ~い」
そう言った言葉にリエは喜んで、自分の頭を抱えるようにしてしがみ付いてくる。このとき回された腕に視界を遮られてしまうが、近頃人間離れ甚だしい自分は、区画の環境センサーや設備監視映像センサーから情報を補完できるので、問題はなかった。
さらにリエの案内に従い、プラント区画を後にして工場区画とは反対側にある別の区画へ移動する。ここの区画は、がらんとした広い区画になっている。区画の中央付近には、小型の生成装置や大物用の生成装置が設置され、各外観は赤い色をしていた。その中で一番小さな装置に目をやると、それはリエの背嚢にしまわれている、例の物体操作再現装置と同じ物のようだった。
「リエ……。これはあれかねぇ?」
頭の上で鼻歌を歌っていたリエに声を掛ける。
「はいです。これは全部物体操作再現装置ですよ」
物体操作再現装置……。リエと出会って間もない頃にその能力が披露され、皆の頭を悩ませたあの装置が、目の前に複数台設置されている。現在ではその機能や役割は判明しているが、プロセスの詳細はまったく不明で、トモエからもはっきりとした話を聞く事ができなかった代物だ。
その他にリエが持っている万能シリーズも、やはり仕組みはまったく不明で、これらに関する情報は、リスク回避フラグが設定されているというトモエの記憶領域内にあるものと、彼女自身も推察していた。
トモエが去った後にも、幾度か機能の検証を行った事があり、詳細な仕組みについては不明だが、各装置や万能シリーズが引き起こす現象が同一である事は分かっている。物体操作再現装置とは、素材を投入せずとも物体を生み出して自由に操作できる装置であり、投入した物体を全く別の物へと置換する能力も備えている。しかし、発生する現象の
そしてこの機能は、法則自体に干渉する事も可能なようで、あらゆる事象に局所的な変化をもたらす事ができるようだった。同じ機能を持つ万能カッターなどは、光さえ切断する事ができるため、たとえばレーザー光などを切断した場合、その断面から先には光が進まなくなるというとんでもない現象が起こる。また刃を縦に当てれば、竹を割ったように裂けもするし、レーザーの発振を停止しない限りはその状態が維持されることになる。
カッターは、使用者が意識を向けている対象にしか効果を発揮せず、他には一切干渉をしないが、逆に意識さえ向ければ、時間軸を固定されている不変の物体でさえ簡単に切断する事が可能だ。以前、自分が冗談半分で「空間斬!」などと中二臭い事を言いながら、空中へ意識を向けた事があったのだが、その時は突如HUDに警告ウインドウが表示され三度の意思確認が行われた。つまりそれは、空間さえも切る事ができるという事なのだろう。それに伴って発生する事態が予測不能だったため、最終確認となる三回目を了承した事は無いのだが、これを使用する事によって何らかの危険や問題が生じる場合は、未然に警告が発せられるようになっているらしい。
それにしても、三回目の確認を承諾した場合一体何が起こるのだろうか……。
「これは何なんだろうなー」
「わかりませんですね~」
「そっか~わからないか~」
出力される結果は分かるけど、そうなる仕組みは全く分からない。これらの設備は、下手に扱うととんでもない事が起こりそうなので、リエ以外の使用に当たっては、今や自分とユカリとアイによる三重承認制となっている。こんなものまで持ち出すような事態となれば、それは相当な危機的状況だろうと思われるし、今後ともそんな事が起こらないよう願いたいものだ。
「保守管理区画の主要設備はこれだけだよね?」
他に確認する部分もなさそうなので、ここを離れる前にリエに確認を取る。
「はいです」
「じゃあ戻ろっか」
元気な返事が返ってきたところで踵を返した自分は、またスキップをするような足取りで、肩の上のリエを接待しながら道を引き返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます