第三章:キルボックス・ヒル/02

 危険を察知したレイラは憐を連れ、四八階の展望台から受付フロアのある四六階へと慎重に戻って来ていた。

「……やっぱり、そういうことね」

 そうして戻ってきたレイラは、憐の身体を背中に回しつつ、曲がり角から受付フロアを窺い……その様子を見て、全てを察していた。

 ――――黒ずくめの、正体不明の兵士たち。

 曲がり角から僅かに顔を出して様子を窺うレイラの瞳に映ったのは、そんな物々しい連中の姿だった。

 フロアの隅には受付の女性スタッフ数名が怯えた顔でしゃがみ込んでいて、そして兵士たちの足元には……数名の遺体が転がっている。

「やるしか、なさそうね」

 そんな様子を見たレイラは呟くと、右手をジャケットの懐に突っ込み……そこに吊るしていたショルダーホルスターから、そっと自前のカスタムガン『アークライト.38』を抜いた。

 親指でサム・セイフティを押し下げて安全装置を解除し、弾倉を軽く抜いて残弾を確認した後……スライドも僅かに引き、薬室への装填状況も確認。ちゃんと三八スーパー弾が装填されていることを確認すると、アークライトの銃把を軽く握り直す。

「レイラ……それって」

 彼女が懐から抜いたアークライトを見て、憐が戸惑いの呟きを漏らす。

 それにレイラは「本物よ」と短く答えた。

「どうして……レイラが、そんなものを」

「端的に言えば、私は貴方を守るために此処に居る。そして……私が貴方に正体を明かさないといけなくなるような事態が、今まさに起こっているということよ」

「意味が、意味が分かりませんよ……レイラが、そんな」

 完全に混乱した様子の憐に、レイラは「事情は後よ」と短く言い放つ。

「とりあえず、貴方はそこで待っていなさい」

「待ってろって――レイラっ!?」

 続けてレイラは言うと、驚く憐に構わず――アークライト片手に、曲がり角から飛び出していった。

「ふっ――――!!」

 稲妻のような勢いで受付フロアに飛び込み、敵の不意を突く。

 排除すべき敵の数は……三人。そこまで多い数じゃない。アークライトの弾倉容量は九発。余裕で倒せる数だ。

「っ! 居たぞ!!」

「コイツが例の、護衛……!」

 飛び出してきたレイラの気配に気づき、黒ずくめの兵士たちは一斉に振り返る。

 だが――――遅すぎる!

「…………!」

 飛び出したレイラは、まず一人に向けアークライトを構え……発砲。

 続けざまに二発を撃ち放つ、ダブルタップでの射撃だ。ダンダン、と連続で撃ち放たれた三八スーパー弾は兵士の胸、防弾プレートキャリアに食い込み、彼の身体を吹き飛ばす。

 致命傷には至っていないが……ひとまず、これでいい。

「……!!」

 そうして一人を吹っ飛ばせば、続けてレイラはもう一人に向けて発砲。今度は眉間を狙ってのダブルタップだ。

 乾いた銃声とともに撃ち放たれる銃弾は、吸い込まれるように兵士の眉間へと吸い込まれ……弾ける。

 レイラの銃撃を喰らったその兵は、黒い目出し帽バラクラバを赤く染めながらバタリと倒れた。明らかに即死だ。

「この……っ!!」

 とすれば、三人目の男が激情に駆られるがまま、手にしていたライフルをレイラに向ける。

 彼女の背後から、完全に背中を撃つ形だ。普通なら反応が間に合わない。

 だが――――レイラは、特別だった。

「――――視えているわ、何もかも」

 ライフルが火を噴く一瞬前、レイラは僅かに身体を揺らした。

 そうすれば……彼女の背中を貫くはずだった銃弾は、虚しく空を切ってしまう。

 …………レイラは避けてみせたのだ、背中からの銃撃を。

 まるで後ろにも目が付いているような動きに、兵士が目を丸くする中……レイラは振り向きざまに再び二連撃。ダンダンッと銃声が轟けば、その兵士はやはり眉間を撃ち抜かれ、ライフルごと後方に吹っ飛んで息絶える。

「く、そっ……!」

 すると、そのタイミングで一人目の兵士……さっき胸に食らわせた奴が起き上がろうとした。

 だが、それを許す彼女ではない。

 レイラはサッと振り返ると、今まさに起き上がろうとしていたその最後の一人目掛けて三連射。今度は頭部を貫く三発の銃弾で以て、その兵士にトドメを喰らわせてやった。

「…………まずは、これで終わりね」

 右手に握り締めるアークライト、銃口から仄かな白煙が漂うカスタムガン。

 弾を切らし、スライドが後退し切ったままのホールド・オープン状態を晒すその拳銃を構えたまま、レイラは小さくひとりごちる。

「憐、いらっしゃい。もう大丈夫よ」

 そうすれば、レイラは曲がり角から一部始終を眺めていた憐をそっと手招きした。

「何が、どうなって……」

 憐は彼女に招かれるがまま、呆然とした顔でレイラの傍に近づいてくる。

「あの……レイラ、このヒトたち……殺しちゃったんですか?」

「当然よ」

「どうして、レイラがそんな……」

「私の役目は、何があっても貴方を守り抜くこと。そして……この連中は、恐らく貴方を狙ってやって来た」

「それって……!」

 戸惑う憐に「ええ」とレイラは頷き、

「いつかは、こういうことも起きると思っていた。けれど……思っていたよりも早いわね」

 と、アークライトの弾倉を交換しながら小さく呟いていた。

「さてと……このレベルの敵となると、こちらも相応の準備が必要ね」

 弾倉を交換したアークライトのスライドを前進させ、安全装置を掛け直し……サッと懐に仕舞えば、レイラは足元に転がる兵士たちの遺体を一瞥し。するとしゃがみ込み、おもむろにその遺体をまさぐり始めた。

 敵の死体から武器弾薬を調達しようという考えだ。敵の規模がどの程度かは不明だが、こちらも相応の準備をしておく必要がある。幾ら敵の武器といえども、拳銃一挺と折り畳みナイフ一本で戦うよりはよっぽど良い。

 そうして敵の死体を漁って、レイラは幾つかの武器を入手していた。

「ふぅん、結構いい銃持ってるじゃない」

 レイラが入手したのは、敵の持っていた自動ライフルだ。

 ベルギー製のF2000自動ライフル。機関部が銃床に据えられた……ブルパップ式という特殊な形のライフルだ。弾倉が銃床の真下から生えている形、といえば分かりやすいだろうか。

 銃の上部に一・六倍率の固定スコープを搭載していて、人間工学を意識したらしい、ツルっとしたデザインは……何となく魚類を思い起こさせるような形だ。

 レイラはそんなライフル本体と、予備弾倉数本を確保していた。他の二人も同じライフルを持っていたが……こちらは簡単に分解して、使用不可能にしておいた。

 また、それに加えてシグ・ザウエルP320自動拳銃を一挺に、それ用の弾倉も入手した。

 加えて破片手榴弾もだ。F2000の予備弾倉はジャケットのポケットへ雑に突っ込み、P320自動拳銃はショートパンツの後ろ腰へ雑に差しておく。

「後は……脱出手段」

 そうして敵兵の遺体から武器弾薬を頂戴すると、今度は別の遺体……不運な犠牲者の遺体へとレイラは手を伸ばした。

 スーツを着た、身なりの良い中年男性だ。運悪く撃たれてしまった犠牲者といったところか。

 レイラはそんな中年男性の懐に手を突っ込むと、そこから車のキーを――メルセデス・ベンツのロゴが刻まれたスマートキーを拝借する。

「良いんですか……?」

 そんな風にレイラが武器だけではなく、他人の車のキーまで頂戴するのを見て、憐が戸惑う。

 すると、レイラは「彼にはもう必要ないわ」と短い言葉でそれを一蹴。立ち上がると、憐の顔を見つめながら続けてこう言った。

「それに、私が最優先すべきは憐、貴方をこの場から無事に逃がすこと。可哀想だけれど、死者を悼んでいる暇はないわ」

「えっと……その、事情を聞かせて貰えませんか? まだワケが分からなくて……」

「さっきも言った通りよ。私は貴方を守るために此処に居る。教師として貴方に近づいたのもその為よ。こういう連中から憐、貴方を守り抜くために……私は、今日まで貴方の傍に付いていたの」

「僕を……レイラが? そんな、意味が分かりませんよ……どうして、どうして僕が狙われなくちゃならないんですか!?」

 事情の説明を求める憐は、明らかに混乱した様子だ。

 それに対してレイラは簡潔に説明した後、尚も混乱する憐に「それは私にも分からない」と短く答え、

「でも、誰が相手であろうと私が必ず守り抜いてみせる。だから……久城憐、今は私を信じなさい」

 ゴールドの瞳で真っ直ぐに見つめながら、レイラが告げる。

 そんな彼女の双眸に勇気づけられたのか、憐は落ち着きを取り戻し。とすれば「……分かりました」と頷き、

「レイラを信じます。だから……後で必ず教えてくださいね。本当のレイラのことを」

「……分かった、約束する」

 上目気味にレイラの顔を見つめながら呟く憐と、それにフッと表情を綻ばせながら頷き返すレイラ。

 そんな風に二人で頷き合うと、レイラは「とにかく、詳しい話は後よ」と言い、憐の手をそっと握り締める。

「とにかく、今は脱出が最優先よ。――急ぎましょう、憐」

 そう言って、憐とともに駆け出していった。

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