第一章:今日から私が貴方の守護天使/06

 早朝の私立八城やつしろ学院、二年E組の教室。朝のホームルームを間近に控えた教室の中、久城くじょうれんは自席に腰掛けながら机に頬杖を突き、すぐ傍の窓越しの景色をぼうっと眺めていた。

 一六四センチという、少し低めな背丈の少年。藍色の髪はセミショート丈まで伸ばしていて、瞳の色は綺麗なサファイア。肌は陶磁のように真っ白く、物憂げな表情を浮かべる顔つきは、どちらかといえば中性的で……彼が八城学院の男子ブレザー制服を着ていなければ、可憐な美少女と見間違えてしまうような。憐はそんな中性的で華やかな見た目の美少年だった。

 ちなみに、この教室で憐に与えられた席は窓際最後尾。なんともベストポジションな位置で、憐はクラスメイトたちと一言も交わさぬまま、ただぼうっと外の景色を眺め続けていた。

「はぁ……っ」

 そうして朝焼けに照らされた景色を眺めていれば、彼の口からは自然と溜息が漏れてしまう。

 ――――久城くじょうれん

 端的に言えば、彼は天才と呼ばれる類の人種だった。

 彼の一番の長所といえば、IQ200の数値を叩き出す類い稀な頭脳。その能力を以てすれば、定期テストではほぼ全て満点、全教科オール5の成績を叩き出すことは日常茶飯事だ。

 ……前言撤回、全教科オール5というのは嘘だ。厳密に言えば体育や美術なんかの、副教科の類は大の苦手だから、基本的な教科は全て最高成績と言った方が正しい。

 とにかく、憐はそんな凄まじい頭脳の持ち主なのだが――そんな彼の家柄もまた、凄まじいものだった。

 ――――久城コンツェルンの御曹司。

 それが、大天才の他にもうひとつ、彼に与えられた肩書きだ。

 僅か十数年で日本有数の大企業連へと成長した久城コンツェルン、それを率いる久城家の一人息子なのだ、彼は。

 だから彼は周囲から天才として扱われる以外にも、そうした名家のお坊ちゃまとしての扱いも受けていた。

 …………しかし、彼自身そういった扱いがあまり好きではない。

 名家のお坊ちゃまとしての扱いも、天才としての扱いも……憐はとにかく、他人から色眼鏡で見られることが好きではないのだ。

 故に、彼はこうして周囲のクラスメイトたちとはあまり接点を持っていない。

 皆が皆、憐をそういう目で見てくるのだ。ある者は彼のことを稀代の大天才として腫れ物扱いし、またある者は大金持ちのお坊ちゃまとして、羨望と僻みが入り混じった薄汚い目で見てくる。

 そんな連中ばかりだから、憐はクラスメイトと積極的に交流を持とうとはしなかった。

 嫌なのだ、色眼鏡で見られることが。妙なフィルターを通さない、ありのままの自分を見て欲しい……それだけが憐の切実な願いであり、そして未だ叶わぬ願いでもあった。

「……もう、こんな時間なんだ」

 そんな憐が、物憂げな顔で外の景色を眺めていると、やがて予鈴のチャイムが鳴り響き。それから五分後に本鈴のチャイムが続けて鳴れば、見慣れた教師がガラリと引き戸を開けて教室に入ってくる。

 入ってくるのは、担任代理の学年主任。数日前に突然、病気療養の為に休職したこのクラスの担任に代わり、ひとまず担任業務を代行していた初老の男性教師だ。

 だが、今日の様子は少し違っていた。

 そんな彼に連れられて――もう一人。学年主任に連れられる形で、見慣れない女教師が教壇に上がってきたのだ。

「…………あのヒトは」

 何気なく教壇の方に視線を流した憐は、主任に連れられて現れた彼女を一目見た瞬間――思わず、目を奪われてしまっていた。

「えー、こちらレイラ・フェアフィールド先生だ。新任ではあるが、休職した尼崎先生に代わり、今日から皆の担任をやって貰うことになった。皆も仲良くしてくれ」

「私はレイラ・フェアフィールド。今日から貴方たちの担任よ。……よろしく頼むわ」

 学年主任に間延びした声で紹介され、クールな落ち着いた声で挨拶をする彼女――レイラ・フェアフィールド。

 ブルーの髪に金色の瞳、一七七センチの華奢な長身を、タイトなスカートスタイルの黒いビジネススーツで包み込む彼女はあまりに美しく。憐は思わず、そんな彼女の姿に目も、そして心も奪われていた。

(……凄く、綺麗なヒトだな)

 それが、憐がレイラに対して抱いた第一印象だった。

 ぼうっと、何処か熱の籠もった視線でレイラを見つめる憐。

(……あれ?)

 教壇に立つレイラに、憐は目も、そして心も奪われながら――――ふとした時に、彼女と目が合った気がしていた。

 偶然だと思った。まさか見ず知らずの自分に対して、初対面の彼女があんな風に視線を流してくるはずがない。

 だが、それは偶然ではない。この出会いも何もかも、全て仕組まれたことであることに――久城憐はまだ気付かぬまま、ただ熱の籠もった視線をレイラに注ぎ続けていた。

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