捜査13日目~ソフィア・タウゼントシュタイン

 マイヤーはクラクスに会うために遊撃部隊が使っている大部屋に向かっていた。マイヤーはルツコイに呼び出されたので、クラクスに大部屋で待っていてくれと言ってあったのだ。

 先ほどルツコイ達からクラクスを捜査から外せという話をされ、仕方なく命令には従うが、何とかクラクスへの嫌疑を解消したいと考えていた。そして、捜査の新しい人員を誰にするか。


 クラクスは大部屋の中に入った。クラクスが自分のベッドに座って待っていたが、マイヤーの姿を見て立ち上がった。

「どうでした?」

 クラクスは笑顔で話しかけた。

「実は」。今、執務室で話された内容について、クラクスには包み隠さず本当のことを話そうと思った。こういうことは遠回しにするよりはっきり言った方がいい。マイヤーは暗い顔で話し出した。「君を捜査から外せと言われた」。

「どうしてですか?」

 クラクスは驚いて聞き返した。

「実は、君にエストゥス・ヴェールテとクリスティアーネ・ヴェールテの殺害の嫌疑がかかっている」。

「なんですって?」

 クラクスは驚いた。無理もないだろう。

「ヴェールテ一族がモルデンから脱出する際の経緯について憤りを感じていて、それが原因だと」。

「私は確かにヴェールテ家には良い印象を持っていません。だからと言って人殺しなどとんでもない」。

「私は君を信じているが、警察と司令官が疑ってしまっている。ここは一旦捜査から離れてくれとのことだ」。

「わかりました」。

 クラクスはうつむいて言った。不満はあったが、ここは承諾した。

「部隊に合流して通常の業務に戻り、指揮を執っているプロブストに従ってくれ」。

「わかりました」。クラクスはそう返事をすると、顔を上げて尋ねた。「今後は捜査はどうされるのですか?」

「司令官には後数日間だけ時間をもらった。その間に我々で解決できない場合はもう警察に任せろと」。

「そうでしたか」。

「君の後任も見つけないといけない」。

「ホフマンはどうでしょうか? 賞金稼ぎ時代にこういう案件もやっていたようなので」。

「斬り合いがあれば彼は役に立つだろうが、今回はそういう案件でもないからな」。

「では、師のもう一人の弟子、ソフィアはどうですか? 彼女は頭もいいので、事件の推理もできるのはと思います」


 マイヤーは彼女の顔を思い起こした。ソフィア・タウゼントシュタイン。赤毛の長髪で青い目の女性だ。確かまだ十八歳で、戦争が終わるまではカレッジで学ぶ学生だったと聞いた。 “深蒼の騎士” になりたいと思っている経緯も以前、クリーガーから聞いたことがあった。彼女の戦死した叔父が “深蒼の騎士” で、それにあこがれていると確か言う。カレッジに居たぐらいだから自分より頭はいいだろうとマイヤーは思った。

 クラクス同様に剣を始めて三カ月、腕はまだまだで盗賊討伐等の任務には危険でまだ従事させられない。この案件をお願いするのはちょうどいいかもしれない。

「なるほど、彼女は適任かもしれないな」。

「必要があれば、私もこれまでの経緯を彼女に説明します」。


 今日は、傭兵部隊は城の中庭で訓練をしている。マイヤーとクラクスは、タウゼントシュタインを呼びに中庭に向かった。

 訓練の指揮を執っているプロブストに話をして、タウゼントシュタインを中庭の端へ連れ出した。

「別の任務を君に任せたい」。

「はい。何なりとお申し付けください」。

 タウゼントシュタインは笑顔で答えた。傭兵部隊に加入してから訓練ばかりだったので、任務を与えられるのは嬉しい事だった。


 マイヤーは詳細を話す。

「聞き及んでいるかもしれないが、旧貴族のヴェールテ家で連続殺人があってその犯人を捜している。最初、警察は内務局からの捜査中止命令で、代わりに我々が捜査をしていた。その後、次々とヴェールテ家の関係者が殺され、内務局の長官も行方不明となった。我々はヴェールテきょうだいの捜査を、警察は内務局の長官の捜索をしている。警察とは密に情報交換もしているから何か新しいことがわかったら教えてもらえることになっている」。

「なるほど」。

 タウゼントシュタインは興味津々でマイヤーの話を聞いている。

「まず、ヴェールテ家の長男ハーラルトが、旧貴族のパーティーの場で毒殺された。次に副市長でもあった次男のエストゥスも毒殺された。最初、毒を盛ったのではないかと疑っていたヴェールテ家の召使の一人も殺害されて港で遺体で見つかった。次に、警察に中止命令を出した内務局の長官に話を聞こうとした矢先、彼は行方不明となり、未だにどこにいるかわかっていない。そして、オストハーフェンシュタットにいる長女のクリスティアーネも毒殺された」。

 マイヤー息継ぎをして付け加えた。

「しかも、クリスティアーネを殺害したのはクリーガー隊長だと疑いが」。

「なんですって?」

 さすがにこれにはタウゼントシュタインも驚いたようだ。

「そのせいで、彼はまだオストハーフェンシュタットに足止めされている」。

「師が犯人だと?」

「もちろん、私たちはそんなことは思っていないが、あちらの警察が疑っている。それで、ルツコイ司令官が彼を解放するようにお願いする文書をあちらに送った。彼が解放されたとしたら、早くて明後日の夜にはここに戻ってくる。後は、この連続殺人には政府内の汚職が関連しているかもしれんと、ヴェールテ家の三男のマルティンが言っていた」。

「汚職?」

「そうだ。マルティンは新聞記者で汚職を調べている。ヴェールテ家のきょうだいを殺している犯人は賄賂を使い内務局の長官に依頼し、捜査を妨害した。そこで、犯人は賄賂を贈れるような大金を扱える人物で、最初はヴェールテ家きょうだいの内の誰かが怪しいと思っていたが、次々に殺害されて残っているのはマルティンだけだ」。

「彼は怪しくはないのですか?」

「彼自身が汚職を調べているので、賄賂を贈っているとは考えにくい」。

「すると犯人はヴェールテ家の誰でもないと?」

「そうだ。となると他の旧貴族でヴェールテ家に恨みを持っている者が考えられる」。

「ヴェールテ家にはほかに人はいないのですか?」

「継母のスザンネがいる」。

「彼女は疑わしくないのですか?」

「確かにスザンネは、きょうだいとは相続で揉めていた。しかし、一番遺産をもらえるのは彼女で、言い掛かりを付けていたのは、きょうだいの方だ。彼女があえて他のきょうだいを殺害しても遺産の取り分はさほど増えない。だから彼女も殺人には無関係とみている」。

「しかし、怨恨ということになると、スザンネも、マルティンもまだ怪しいかもしれないですよね?」

「確かにそうだが、内務局の長官の賄賂についてはスザンネは知らないと言っていたし、マルティンはそもそも家族から孤立していて、賄賂を贈るような自由に使える金はそんなに多くない」。

「二人をもっと調べた方がいいと思います。嘘をついているかもしれません」。

「なるほど、いいだろう」。

 マイヤーはタウゼントシュタインの言う通り、二人への捜索はまだまだ浅いかもしれないと思った。

「怨恨と言えば」。マイヤーは少し話題を変えた。「オットーも疑いをかけられている」。

「ええ?」タウゼントシュタインは再び驚いて大声を上げ、クラクスに顔を向けた。「どういう事ですか?」

 クラクスは怒りを抑える様に静かに話す。

「戦争のときにヴェールテ家はモルデンにいた。彼らは賄賂を使って帝国軍を買収し、街から脱出した。それで、仲間を置き去りにし、金の力で去った彼らを僕が恨んでいると」。

「誤解なんですよね?」

「恨みがあるのは本当だが、僕は人殺しなどしていない」。

 マイヤーが話を続けた。

「オットーには嫌疑がかけられているので、仕方なく捜査から外れる。なので、その代わりに君にお願いしたい」。

「わかりました。喜んで」。

 タウゼントシュタインは敬礼して応えた。

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