捜査11日目~クリスティアーネの死

 クリーガーは宿屋にいったん戻り、制服から私服に着替え再び外出した。オストハーフェンシュタットの街を少し散策する。こちらの街でも通りは帝国軍の兵士が監視のため立っている。通りでの市民の人出はズーデハーフェンシュタットほどではないが、結構にぎわっていた。


 宿屋と港の付近を回って宿屋の部屋に戻ろうとすると。部屋の前に見慣れない男が二人立っていた。

「ユルゲン・クリーガーさんですね」。

 男の一人が話しかけてきた。

「そうですが」。

「私はオストハーフェンシュッタト警察の者です。私は警部のハンス・ノイマンと言います」。

「警察?」。

「先ほど、クリスティアーネ・ヴェールテさんが殺害されました」。

「えっ!」

 クリーガーは驚いて声を上げた。

「あなたに会った後、しばらくして倒れたそうです」。警部はクリーガーを睨みつけて言った。「お話を伺いたいので署までご同行願えますか?」

「わかりました」。

 クリーガーもクリスティアーネが死んだ状況も知りたいと思い、ここは素直に同行をすることにした。


 クリーガーは警部たちと一緒に馬車に乗せられ十数分程掛かって警察署まで連れてこられた。馬車を降り、署内の狭い部屋に通された。先ほどのノイマン警部が奥の椅子に座る。その横に別の刑事らしき人物が部屋に入ってきて立っている。

 クリーガーは手前の椅子に座るように言われ、それに従った。クリーガーが椅子に座るのを見ると、ノイマン警部は話しかけた。

「あなたが、クリスティアーネさんに会ったのはいつのことですか?」

「今日の午前九時頃でしょうか」。

「それで、何をするために会いに来たのですか?」

「ズーデハーフェンシュタットで彼女の兄弟が殺害される事件があり、その捜査で来ました」。

「捜査? あなたは警察関係者ではないでしょう?」

「いえ、私は傭兵部隊の者です」。

「それは知っています。しかし、なぜ、傭兵部隊が捜査を?」

「内務局から捜査の中止命令が警察に来たので、代わりに傭兵部隊へ依頼が来ました」。

「なるほど。以前、警察が関与できない案件を、賞金稼ぎにやらせていたようなものですね」。

 共和国時代は事情があって警察が関与できない事件は、賞金稼ぎに犯罪捜査をさせることがあった。


 ノイマン警部は隣で立っている刑事に目で合図する。刑事は部屋を出て行った。

「それで、話の内容は?」

「兄弟の殺害の理由が遺産相続の可能性がありました。捜査の中止命令を出したのが、内務局の長官だったので、ヴェールテ家の誰かが関与していて、長官に依頼して警察に圧力をかける様にしたのではと疑っていたのです」。

 クリーガーは、ズーデハーフェンシュタットでアーレンス警部に、こちらの警察に捜査の協力を要請する書類をもらっていたのを思い出した。クリーガーは胸元のポケットからその書類を取り出して、ノイマン警部に手渡した。

 ノイマン警部はそれに目を通した。

「なるほど。事情はわかりました」。

 ノイマン警部は文書をクリーガーに返した。

「クリスティアーネさんが亡くなった時の状況ですが、彼女が飲んだワインに毒が仕込まれていました」。

「ワイン?」

「彼女が倒れていたのを秘書が見つけたとき、テーブルの上にワインの瓶が三本あったのですが、そのいずれにも毒が入っていました」。

 あのワインに毒が入っていたとは。自分があれを飲まなかったのは幸運だった。

「そのワインは、私がズーデハーフェンシュタットから持ってきたものです」。

「なぜ、あなたがそのワインを?」

「ヴェールテ家の執事に依頼されたのです」。

「そんなのあなたの仕事じゃないでしょう?」

「ここに来るとき、ヴェールテ家の貨物船にタダで便乗させてもらったので、ワインを届けるぐらいの依頼であれば、それぐらいは構わないと思いました」。

「なるほど、そうですか」。


 先ほど部屋から出て行った刑事が、部屋に書類を持って戻ってきた。その書類をノイマン警部に手渡す。彼はその書類に目を通してから口を開いた。

「ここにあなたのプロフィールがあります」。

 なぜ、私のプロフィールがあるのだろうか。

「あなたは毒を使うとありますが、そうなのですね?」

「はい」。

「今もお持ちですか?」

「宿屋に置いてあります」。

「毒には詳しいのですか?」

「いえ、自分の使う一種類だけしか知りません」。

「どこで毒を入手しましたか?」

「ズーデハーフェンシュタットの港の近くにある薬屋です」。

「あなたが持っている毒を一時貸してもらえますか?」

「ええ、構いません」。

 ノイマン警部、クリーガーは立ち上がった。再び宿屋に戻るため馬車に乗り込んだ。

 馬車の中、クリーガーは自分が疑われているなと感じていた。しかし、少し調べれば自分が関係ないことはすぐわかるだろう。毒の種類も自分の物とクリスティアーネの殺害に使われた物は、全然違うはずだ。


 宿屋に着くと、自分が借りている部屋に行き、自分の荷物から毒が入った小瓶をノイマン警部に手渡した。

「これを調べさせてもらいます。あと、我々が許可するまで、街を出ないでください」。

「わかりました」。

 下手に逆らうと犯人扱いされかねない。ここは従うしかないだろう。すでにかなり疑われているようだが。

「そうだ、一つお願いがあります」。クリーガーは警部に声をかけた。「ズーデハーフェンシュタットの司令官ルツコイに、私が予定通りに戻れないと伝えたいのですが。私は重要任務に就いておりますので、なるべく早く状況を伝えたい」。

「わかりました。私の方から早馬を出しておきます」。

 早馬を使えば丸一日あれば手紙を届けることができる。警部が今日中にでも早馬の手はずを整えてくれれば、明日には私のことがルツコイに伝わるだろう。

「では今日のところは失礼します」。


 警部は軽く会釈すると、刑事と一緒に部屋を後にした。宿屋を出るとノイマン警部は、宿屋を振り返って刑事に言った。

「クリーガーを監視しておけ」。

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