岩肩が休みで、その日は朝から穏やかだった。


 リーダーの岩肩がおとなしいと自然と三人組の残り二人も静かになり、僕にとっては落ち着いた環境だったにも関わらず、岩肩の休みを知ってから、何故か胸のざわつきを抑えることができなかった。


 委員会の仕事があって、放課後にすこし残っていたこともあり、学校が終わって外に出ると、まだ夜、と言える時間ではなかったが、細かな降り続く雨が景色を薄暗くしていた。


「三日前、みんなが帰るくらいの時間に、急に変なおじさんに話しかけられた女子生徒がいたそうです。別の学年の子で、特に何かされたわけではないとのことですが、とはいえ、いつ、誰が、危ない目に遭うか分かりません。学校が終わったら特に理由もなく残らずに、ひとりでの下校はなるべくしないようにお願いします」


 と、ホームルーム時に担任の先生が普段よりも感情を殺した口調で言っていた。残念ながら僕には一緒に帰る相手なんていなくて、クリーム色のレインコートを身に纏って、ひとり家までの道のりをぼんやりと歩いていた。


 こんな雨の日に変なおじさんに話し掛けられたら、どうしよう……?


 変質者だって僕なんかは狙わないだろう、とは思いつつ、すこし強まりだした雨に重くなる足取りと、思ったよりもはやい勢いで暗さが増していく空の景色を見ていると、不安な気持ちが顔を出し、無理にでも誰かに、一緒に帰ろう、と頼めば良かったな、と思ってしまった。


 変なおじさんがどんな外見をしているのかはまったく分からないのだが、不審者の話を聞いた時、僕は何故か三日前の先生から聞いた話を思い出していた。この、先生、というのは、もちろん担任の先生のことではない。ひどくややこしいのは分かっているし、確かにいまの僕は先生のフルネームを知っている。それでも、先生に本名を当て嵌めることが、どうもしっくりとこないのだ。


 怪物……、と先生が表現した存在の正体も僕が知っていたわけではないが、同じ時期に聞いてしまったせいで、僕は勝手に怪物と不審者を繋げて考えていた。だから僕の想像する不審者は、その頃にちょうどびくびくしながらも見入っていたジェイソンやレザーフェイスみたいな人間離れした凶悪殺人鬼のイメージだった。


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと背後に違和感を覚えて、後ろを振り返ってみたが、そこには誰もいなかった。


 まぁ、いるわけないか……、


 と怖がっている自分に情けなくなりながら、また歩きはじめ、そしてふたたび違和感を覚えたのは、ほんの数分後、帰り道の途中にある公園の前を通り過ぎようとした時だった。


 ぱちゃぱちゃぱちゃ、と背後から駆けるような足音が聞こえ、慌てて振り返ろうとした僕の頭に強烈な痛みが走った。


「殺してやる――」


 意識を手放す瞬間、僕の耳に届いたのは声変わりもまだ終えていないような幼さの残る声だった。


 気付くと僕は公園のトイレの壁に背を付け、座らされていた。


「起きたか」


 と、見上げた先で岩肩が笑みを浮かべていた。

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