第140話 bound 境界 生きる意味、生きてきた価値 5
エルセーを連れだって我が家に戻ったウレイアは、今だ朽ちないトリィアの身体をいつくしみながら毎日を過ごしていた。
セレーネはトリィアの姿を見ておろおろとうろたえて遂には泣き出し、しばらくトリィアのそばから離れようとしなかった。セレーネにとってもトリィアは、幾つかの無二のなかのひとつとなっていた。
あれ以来、ウレイアの好奇心は空いた殆どの時間を研究に没頭させた。
それは、他人の傷を癒すこと…
世の理で確かなことは、壊すことは簡単でも、壊れたものを治すことはとても難しい。そのことに例外は無い…物でも、人でも、その心でも。
ウレイアは大切なものを護ると誓いながら、困難と決めつけて色んなものを破壊することしか探求してこなかった。自分を盾として、自分達を脅やかすモノを排除して守ろうとしてきた。
「でもトリィアが見せてくれたもの…それは、『奇跡』などでは無く『可能性』」
その『可能性』をこの手に握るために使える時間が幸い、自分達には用意されているのだから……
「エルセー、もう帰るのですか?」
帰る間際になって、エルセーはトリィアを撫でながら口惜しそうボヤいていた。
「中々に勿体つけてくれるわねえ、トリィアは………もう1か月も眺めているというのに。ねえトリィア……?大お姉様の命令よ、早く起きなさい!」
エルセーはウレイアと共にカッシミウに来てからひと月もの間、トリィアを…いや、2人を見守ってくれていた。
「さすがにねえ、あまりあっちを放っておくわけにもいかないしぃ…あなたはこっちに来てくれないしぃ…?」
少し恨めしそうにウレイアを見た。
「結果がどうなるのかは分かりませんが…この子が戻って来るのなら、やはりここで目覚めさせてあげたいのです。だから答えが出たら必ず、あなたに会いに行きます」
今のウレイアならどんな結果であっても受け止められる。そう確信してエルセーは安堵したように微笑んだ。
「そうね、その時はたっぷりと、借りを返して貰うわよ!?」
「はい、利子もお付けします」
いくら返しても本当は返しきれない。返せても返さない。そんな貸し借りがずっと続けばいい、ウレイアはエルセーを見送りながらそう思っていた。
そしてまた2人だけになり、横たわったトリィアの傍らに座ってウレイアは語りかける。以前のウレイアならば絶対に言えなかった想いを言って聞かせる。
「結局、いつもあなたは背中を押して私に生きろと言うのね……いいえ、あなたは特に…と言うべきかしら?エルセーも、セレーネも、アーニスもレイスも…エキドナやテーミスでさえ、今目の前に在るもの、通りすぎたもの全てが私を生かしていたのね?」
「人は……心を揺らしながら生きている。不遇を恨み憤り、幸運な出会いに喜び、心を引き裂かれるほどに哀しみ、笑い合い、叱られ、誰かを妬み、そして感情を揺らすこと、それが生きているということ、生かされているということ……私はずっと、心を揺らさないように生きてきたのに……ふふ、このあいだはね…エルセーに本気で叩かれたのよ?」
ウレイアはその頬に手を添えた。
「実感したわ……それは生きてきたからこそ貰えたものだって。解っていたつもりでも理解と実感は全くの別ものだったのね?」
「全てを見て、全てを感じいつくしむ……私はすぐに捨ててしまったけれど、あなたは今でも捨てずに大切にしていた、きっとこれからもずっと……そう、だからエルセーとあなたが似ていると思ったのかもしれない…」
答えてくれなくても自分の言葉は必ず聞いている、ウレイアは疑わなかった。
「ねえトリィア、私が捨てて忘れてしまった生きている意味を……あなたは思い出させるために私の元へ現れてくれたの?私を生かすために……?生きてきた価値を教えるために……?」
ウレイアはただ毎日、毎日のようにトリィアの身体を確かめ、身体を拭き、身なりを整えた。そしてやがて……
「!っ、お腹に張りがっ……!」
トリィアの身体に変化がある!壊れていた内臓を手に感じるようになった。
期待しても良いのだろうか?自分の元に帰って来るのだろうか?
ウレイアは祈るようにトリィアに囁いた。
「トリィアっ、『境界』を越えて…早く帰ってらっしゃい」
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