第72話 手紙 3

「お待ちなさい」


「ん?」


「話をしている間も腰の剣を気にしてよく触れていたけれど…この間はしなかったその仕草、試してみたいのではなくて?」


「!、待って下さいっおね…いえ、それはっ」


 黙って成り行きを見守っていたトリィアもさすがに声を上げた。黙っていたのは今の様な失言を自分で恐れていたせいだろう。


「どうする?もしかしたら命に関わるかもしれないけれど?それは剣士としての純粋な欲求なのでしょう?」


「しかし、あなたと斬り合う理由が無い。いや、剣や武器を持たないあなたとは、まず勝負が成立しない」


「あら、あなたの知らない武器を持っているであろうことくらい、当然分かっているのでしょう?」


「………」


 パーソンズは自分の欲求以外にウレイアに対して剣を抜く理由を探した。体制側の人間としては相手が魔物であるだけで攻撃の理由にはなるが、彼の基準ではそれは理由にならない。


 互いが納得の上で優劣を付ける為ならまだしも、自分の欲求だけで人に剣を向けることは、彼の剣士の教示に反するものだ。だが


「上からものを言ってごめんなさい、ではこう言っておきましょう。貴方の剣は当たらない、絶対に…それに、もしもエキドナを追う決心をした時は、あなたにはこの経験が必要になるのではなくて?」


「!………」


「これはね…同族に純粋な好意を持ってくれたあなたへの感謝の気持ちでもあるのよ」


 ウレイアは偽らざる微笑を見せた。


「互いに敬意と感謝をもって立ちあうというのか?………ならば、お願いしたい」


 一体何の成り行きで?


 そう問われたら彼女は只の遊びと答えるだろう。パーソンズは遊び相手には丁度良い。たまには一対一の尋常な勝負も楽しいじゃないか。


「ところで言っておくけれど、あなたを誘い込んでから今まで、何度殺せたかもう数えきれないけれど、こんなふうに正対して応じる同族はまずいないと覚えておいた方がいいわよ?」


「そう…か、そうだろうな?それは戦術と言うものだ、卑怯などとは言わないさ」


「くすくす、あなた、本当に面白いわね?エキドナとか言う女に気に入られた理由が、少し解るわ」


 パーソンズはあと一歩で間合いという位置に真っ直ぐ立ち、右を前に半身になった。


 つまり直立した状態から右足をそのまま踏み込むと、切っ先がウレイアに届くというわけだ。何気なく立っている様に見えるだろうが、攻撃力と速度を最大にする為の立ち位置に陣取った。


 つまり勝負はとっくに始まっていたのだ。


 彼は少し前からウレイアの瞬きのリズムと呼吸のタイミングを測りながら、既に何度も頭の中で戦っているようだ。なので、わざとリズムを変えたり止めたりとウレイアも楽しく遊んでいた。


 パーソンズの雰囲気もガラリと変わって伏せ目がちに集中し始めてからはぼんやりと意識を拡げているようで、既にあらゆる感情を排除して無心に近い境地を会得しているようだ。


 それと察したウレイアの期待はますます高まり、そして……ウズウズと彼女の口角が僅かに上がったその時、予備動作も無く彼の体が沈みこんでいく。


(あら、早いじゃない?)


 しかし集中し始めていたウレイアの目には、彼の筋肉の動きまでよく見えている。今、柄を握った腕の筋肉の動きからは…


(下から切り上げる?まあそうでしょうね、殺傷力は落ちるけれど、最速、最短で剣を振り抜けるものね?)


 剣を抜く前からウレイアは既に右へかわし始めているが彼はまだ気付いてもいない。念の為に半分ほど解いた鋼糸が、彼女の首のまわりで幾重かの輪を作った。


 ウレイアからは彼の首ががら空きに見えて、どの様にでも斬り落とすことが出来たが、それは頭の中だけにとどめておいた。彼の剣をかわして見せたかったからだ。


 しかし勝負はパーソンズが十分な体制になり、剣を抜きかけたところで、彼自身が動きを止めたことで終わった。ウレイアは体を半分、左に捻った姿で止まり、鋼糸をそのまま肩に乗せて置く。


「どうかしたの?」


「こいつを抜く前に…俺の剣はかわされ、首が落とされた。そうだろう?…ただ、本当に落とす気は無かったようだが……」


「!、ええ…そうね、気に障ったかしら?でも、あなたは殺せないわね。今はね……」


「『1人では立ち向かうな』そんな話は聞いていたが…凄まじいな、自分が10人いても勝てる気がしないな…貴女に対しては……」


 握っていた柄を引き剥がすように手離すと、逆手に持ち替えてゆっくりと剣を引き出した。それをウレイアの前にだらりと下げて見せると、


「情けなくも剣を見せることも出来なかった。もし、次の機会があるならば、少しでもあなたの期待に応えられるよう努力しよう」


「そう…でも気を落とす必要はまるで無いわよ?あなたはそれほどに強い。でもこれで、またひとつ私達を理解できたでしょう?」


「ああ、十分に。しかし何だろうな?剣も持たない相手に斬られたのは人生初の体験だな。だが確かに良い経験をさせてもらった、俺は…これで失礼するよ」


 パーソンズは苦い笑いを見せて、力無くその場から去って行った。押し潰されそうな敗北感を引きずって歩く後ろ姿をウレイアは期待を込めて見送った。


 しかし彼はこの後、目で追えないほどの剣撃をあみ出しその名を馳せる。そして『雷神』の二つ名は、誉と共に長く語られこととなるのだ。

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