第55話 バートン通り探偵社 2

「お姉様、何か解りましたか?」


「あなたはどう思う?」


「いっ?」


 逆に聞き返されて、トリィアはワタワタと現場を思い返す。


「わ、分かったことと言えばですね、あそこで働いていた職人が泥棒として雇われたことと、雇い主には目的があって、その目的が果たされたかは分からない。くらい…です……」


「多分ね…金貨2枚で雇われたと結論づけるのはちょっと強引だけど、他の状況と関連づけると正解だと思うわ」


「あとは?あとは何ですか?秘密主義はもう無しですよっ?泣きますよっ!!」


 トリィアが体を押して詰め寄って来る。


「いえ、そんな大した事は解かっていないわよ?」


「それは私が判断しますっ!」


 ウレイアはトリィアの気迫に気圧されて、咳払いをしてから話し始めた。


「んんっ、前の住人を私は知らないけれど、あの家を引き払った時期に『何か』を残したのでしょうね。それを誰かが人殺しも厭わず探している…のかしら?」


「うんうん」


「分からないのは雇った人間を殺すほどの理由……まあ、それは置いておくと、犯人は隠し物をした人物…私は家主だと予想しているけれど、その人物の秘密を知っている人間で多分……女かしら?」


「!!!!!っほらーっ!どうしてですか?!何で女が出てくるのですかっ???」


 何かを暴いたわけでもないのに、鬼の首根っこを掴んだようにトリィアが責め寄ってきた。


「だから多分よ…多分。中に入ってすぐ横に窓があったでしょう?その窓の前に誰かがずっと立っていたのよ、男が何かを探している間…」


「だ か ら っ、何故そんなことが分かるのですかっ?」


「窓の下の床の埃に水滴の跡がたくさん残っていたのよ。昨日から天気も悪かったから服に着いた水滴が床に落ちたのね。埃は毎日出ていただろうから跡が付いたのは昨晩だと分かるでしょう?」


「!」


「当然窓ガラスにも埃はたくさん付いていたけれど、一部だけ吹き飛ばされていた…そうね、私の顔の10センチ位下かしら。雨が降る暗い夜、しかもガラスには埃にまみれて外がよく見えなかった。つまり、窓の前に立っていた人物は窓から外を見張っていたのよ、息がかかるくらい顔を近づけてね。さてじゃあ……私よりずっと背が低くて時間が惜しいだろうに力仕事に参加しない理由があって…加えて凶器が細身の短剣で刺し傷も深くなかった。となると?」


「おんな…だと思います……」


「さらにその仕事に参加しない理由としては、その女が雇い主だからとも考えられる、まあ多分だけど。例えば小柄で非力な…男の子だったかもしれないし」


「やっぱり…」


「ん?」


「やはり、秘密にしていらしたじゃないですかっ?」


 トリィアがすね気味になって口を尖らせている。


「あ、あくまで想像でしかないことを自慢げに語るほど、自惚れてはいないわよ?」


「でも…でも、これからの捜査方針を決める大切な情報ではないですか?」


「捜査?方針?」


 この国で起こった犯罪は、国や王族、余程の大貴族が被害を被らない限り行政主導の調査が行われる事はない。


 あくまで警備も防犯と国の防衛が主目的で、現行犯で捕まらない限り犯人は野放しとなる。


 そのかわりに個人での犯人探しや正当な仇討ちは認められていて、場合によっては警備兵が手を貸してくれることもあった。


「知りたいのは目的だけなのだけど…?」


「でも、それは犯人探しと同義ですよね?」


「それは…成り行きだけど。分かったわ……それじゃあ戻ったら今後の捜査の方針について相談ね?」


「はい、ぜひっ」


 ところがこの時のウレイアの頭の中を覗いてみると



(面倒ねっ、本当は捜査方針も何もあの屋敷の住人の事を聞いて回るしか次の手は無いし、そもそも私が家を選んだとは言え、流れでエルセーに押し付けられた案件だけにトリィアほどのやる気は沸いてはこないわ…)


 だがしかし無視するわけにもいかない。とりあえず家でエルセー達を待つことにした。


 警備所に報告をしても、当然彼らは犯人を捜す気も無いのだからたいして時間を取られることも無いだろう。


 それでも思いの外早く、2人はウレイアのウチにやって来た。そして2人にお茶だけ出すと、早速今後の話をきりだした。


「それで、どうしますか?」


「どうするの?」


 ウレイアの問いをそのままエルセーは投げ返してきた。


「わたしですかっ?」


「ええ、レイにまかせるわ」


「私に『押し付ける』の間違いなのでは?」


「いーえ、貴女でなければ犯人の女を見つけられないもの?」


(はあ…まったく白々しい。しかもエルセーも『女』には辿り付いているのに)


「良いんですね?…それでは手分けをしましょう。リードは職人ギルドに行って死んだ男の情報を。エルセーは役所に行って前の家主の話を聞いてきてください、もちろんそこから先は展開次第で自由に動いてください」


 エルセーはせっかくウレイアに押し付けた『面倒』を利子をつけて返された。


「えー?私もなのーっ?あなたたちはどうするの?」


「私とトリィアは知っている商人に話を聞いてみます。エルセーは特に…言わなくてもお分かりですよね?」


「はーい、家族関係を根掘り葉掘りしてきまーす」


「では少し休んだら動きましょう」


 ウレイアはまず、デアズ・ウィットンに会うつもりでいた。デアズは商人ギルドの中においても役を担っている人物なので、同じ商人ならば何らかの情報を持っている可能性が高い。


 実を言えばエルセー達の情報には期待していないのがウレイアの本音だ。ただエルセーあたりはそれも見透かしているだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る