第45話 トリィア 2

 それよりもであるっ、重要なのは彼が不能だったという事実の方だ。慧眼故のことなのか、やはり彼にとってエルセーは崇める対象ということだろう。そしてそんな事を彼女が気が付かない筈が無い…となると、彼女のいくつかの言葉を疑わなければならなくなる。


 書斎を出た後、ウレイアはその足でエルセーの部屋を訪ねると、こちらではトリーがエルセーとの歓談を楽しんでいた。


「あーっ、お姉様どちらにいらしていたのですか?」


「厄介ごとですっ」


 ウレイアは言葉を投げ捨てる。


「あの人に誘われた?」


「その通りです」


 少し不機嫌な顔で椅子に座った。


「お誘い?何のですか?」


「あなた、エルセーの娘になる?」


「はい……?」






 前日の夜に死屍累々となった現場は死体も処分され、凄惨な血の跡と死の臭いだけを残して静まり返っていた。


 その現場を確かめにやって来たのは8名の騎兵と1台の馬車。馬具や馬車には、丸を上下に2つに分け上が金、下が黒に塗られたエクサパティシ聖道教会のシンボルがあった。


 上の金色は天上界、下の黒色が冥界、そしてこの二界を分ける細く白い線が現界を表している。このレリーフを胸に抱く兵士が教会直轄の神兵である。


 騎兵の4名が馬を降りると2人一組となって建物の中に入って行った。2名は馬に乗ったまま付近を探索して回り、2名は馬車の前で辺りを見回している。


 すると馬車の扉が開き、降りてきたのは幼さの残る顔立ちの1人の少女だ。白い肌に白銀の髪、身には白いシンプルなドレスを着ている。


「お気を付けを」


 1人の兵士が少女に声をかける。


「大丈夫です…私達以外辺りには誰も居ません」


 鍛え上げた体躯の優れた兵士が一様に幼い彼女を敬い気遣っている。兵士によってはまるで彼女を恐れているようにも見えた。少女は何かを探すように辺りを歩いては注意深く観察している。まだ新しい血溜まりの跡など意にもかいさず、まるで花でも探して散歩しているようにも見えた。


 やがて兵達はそれぞれが少女の所に報告を持ってくる。


「剣で斬り合ったのなら剣による飛沫が少なすぎるかと」


「争った形跡があまり見受けられません。おそらくは一方的に殺されたかと」


「殺した者は暗殺者かそれに近い能力を持つ者かと」


「テーミス様、恐れ入りますが2階にご覧いただきたいものが……」


「分かりました」


 少女を連れ立って兵士が2階のあの部屋に入る。そこには人型に白く炭化した床があった。


 それを目にした途端、少女はにいっと嬉しそうに笑顔を作った。


「ネズミがちょろちょろしているようですね?もう…戻りましょう」


 テーミスが馬車まで戻ると先程の隊長らしき男が声を掛けた。


「何かお分かりになりましたか?」


「いいえ、なかなか尻尾を掴ませてくれません。でも痕跡を辿ればその内巣穴が見つかるでしょう。その時が楽しみです。神も焦らすのがお好きなのね…」


 彼女は馬車に乗る際にひとつ命令を残した。


「あと、駆けつけた自警団にも話を聞いておいて下さい。もしも私達を前に偽っているそぶりを見せたら……容赦をしてはいけませんよ?神を畏れることを教えてあげるのです、これは、徹底してくださいね……?」


 その顔に男の体から冷や汗が吹き出した。その場にいなければその冷たい視線と言葉を実感することはできないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る