第42話 エルシー 5
拝借した馬車を町外れに隠して別宅に戻るとエルセーはワインのグラスをかたむけながら2人の帰りを待っていた。
「おかえり2人とも、取り敢えず10人程送っておいたけれどそれで良かったかしら?」
「はい」
「どうやら、上手く収めたようねえ?」
「いえ、それが少し面倒事を抱えてしまって…」
エルセーはウレイアを見つめて首をかしげた。
「そうなの……?そんなふうには見えませんよ?」
「……そう、ですか?」
「ふふ……」
エルセーは感情と思考の折り合いに戸惑うウレイアを見て笑った。他の誰が気づかずにいてもウレイアのこととなればほんの一瞬の僅かな揺らぎも見逃す筈が無かった。
そんな2人の横でタイミングを計っていたトリーは託されていた物をエルセーに差し出した。
「あの、お姉様が大お姉様にこれを渡すようにと……」
「ん?これは……?」
ウレイアは金額の多い方をエルシーに置いてきた。それでもこの袋の中には合わせて金貨で50枚程のお金が入っている。その袋を受け取ったエルセーは
「あらぁ、それじゃああなたの気持ちとして受け取るわ、ありがとう」
そして受け取った袋をそのままウレイアに差し出した。
「これは師匠…いいえ、母からのおこづかいよ、はい」
一周巡って返ってきた袋をウレイアは少し躊躇してから遠慮無く受け取った。
「そうですか、それではいただきます」
「私は軽く食事をいただくけれど、お腹が空いてなくても付き合いなさい、お酒でも飲みながら話を聞かせてちょうだいね」
トリーは身体を洗いたいと言うので、湯を用意してもらうと、リードに案内されて浴室へ行った。ウレイアは事務的に彼等とその最後を報告する。
「一応斬り殺されたようには処理してきましたが」
「国には子供達を渡す時に報告するけれど、死体はこちらですぐに処分してしまうから大丈夫よ」
そしてエルセーはトリーがいなくなったのを見計らったように自分の推理を語りだす。
「まあ、あのまま放っておいても彼等は最後の仕事でこの町に被害を出していたでしょうねえ?あなたがそのエルシーという子の扱いに困っていたのは本当でしょうけれど、このエダーダウンで再会した瞬間にこの危険に気がついたのでしょう?」
「!……」
「そしてその子の事も……あなたがこうなることを予想していなかったなんてあり得ないと私は思ってる。こうなっても良いと、意識していなくても納得していたのではなくて?」
「っ!?」
「もちろんあなたが全て自分で片をつけるという覚悟のもとでねえ?」
「…………」
こうもあっさりと切れ味鋭く全てをエルセーに暴かれてはウレイアも苦笑いしか出てこない。エルシーのこともはたしてあれで良かったのか、今でも思い悩んでいたことも確かだ。
「やはりあなたは騙せませんね、エルセー?……本当は乗り込まずにここで迎え討つつもりでしたが、結局は話をややこしくしてしまいました。それに差し出がましいことを……」
「私に手柄を譲ろうとしたでしょう?そんなの気にすることはありませんよ、この町を救ったのはあなたよ、ありがとう。でもあれねえ、町の皆に自慢出来ないのはちょっと残念ねえ?」
「いいえ、だからこそお譲りしたかったのですが?」
「おほほほ……ところで、そのエルシーという娘は私が預からなくても良かったの?」
ウレイアは口元まで運んだグラスを止めた。
「っ!……本気だったのですか?」
「面白そうじゃない?あなたにはトリーちゃんも居ることだし……言い訳を考えたってその娘のことが気になったのは本当なのでしょう?そうなら私も是非会ってみたいし……」
「!……だとしても、そんな危険なことはさせられません。それに、多少の面倒は見るとしてもトリーの様に内に入れる気もありませんし」
「ああ、そうそうウレイア、あなたそのトリーちゃんにちゃんとした名前を付けてあげなさい?」
それは突然の、全く予期していない申し出だった。
「な、何ですか?突然……」
「突然、じゃありませんよ、3人目だからトリーなんて、こんな適当な名前なんてありませんよっ?」
「名前は好きに名乗るようにと、トリーにはそう言ってあります」
そんなウレイアにほとほと呆れかえって、エルセーは言った。
「まったく……困った子ねえ。あなたが大して意味が無いと思う名前を何故トリーちゃんが名乗り続けているか考えなさい?あの子に名前をあげられるのはあなただけなのよ?」
「……考えておきます」
口だけの返事でやり過ごしながらグラスを口に運ぶ。
「失礼しました」
そこへ身も心もさっぱりした様子でトリーが戻ってきた。ウレイアはその場から逃げるように席を立つ。
「私も身体を流してきます」
ところで、簡単に身体を洗うと言ってもここのように好きなだけお湯を使うというのは非常に贅沢なことで、寒い時期でも無ければ水で洗うのが一般的で当然だと言える。
と言うのはこんな貴族の生活にトリーが慣れてしまわないか?ウレイアにとっては名前の事よりもそちらの方がよほど心配事なのだ。しかし……
『お姉様に頂いた物なら、毒だと分かっていても喜んでお飲みします』
エルセーに名前の件について咎められた時、ウレイアの脳裏にはトリーのそんな言葉が蘇っていた。
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