運命の分岐点

 紅葉と天境橋は結界ドームの端にある小さな学校を目指して歩いていた。

 ちなみに2人は高校生だが、小学生、中学生らと目指す場所は同じだ。

 ただでさえ狭い町のため、土地も無ければ人も少ない。

 すなわち小中高を合併した校舎で授業を行っているのである。


「ねぇ、最近"リュー"って人の小説読んでるんだけど知ってる?」


「ま~た新しい作者見つけたのか?よくそんな次から次へと新しいのに手出せるな」


 小説好きの紅葉と天境橋の唯一違う点、それは作者選びだった。

 紅葉は同じ作者の作品を重点的に読み続けるタイプだ。逆に彼女は次から次へと手を伸ばして読んでいく。


「リュー先生は月をテーマにした考察書を出してるんだよ。ホラ、紅葉も読んでみてよ」


 本をムリヤリ押し付けられる。軽く表紙を見てみると『黒獣と月、人間の関係とは』と書かれていた。

 ‥‥‥表紙のデザインから予測するに、明らかに売れなさそうな本だ。


「あ、ああ。時間が空いた時に読んでみるよ」


 内気な天境橋だが、本のことになると引くことを知らなくなる。ここは従うのが吉だ。

 なんやかんや話しているうちに学校まで辿り着いた。

 紅葉たちが暮らしているドームは少し街と言うには狭いので、数分歩けばすぐに目的地に着く。

 ふたりはそれぞれ別の教室に入り、授業を受けた。

 今日は珍しく授業中にもかかわらず、先生達は慌ただしそうに動いている。そのおかげか今日は自習が多かった。

 昼休憩が始まる時に、ふと天境橋から借りた本を思い出す。


「暇だしちょっと読んでみるか‥‥‥」


『まず、黒獣について説明する。黒獣は月から地球にやってきていることが衛生で確認されており、月に住まう外来種と思われる』


隣のページには人型のおぞましい黒獣の写真が掲載されていた。


(なんだよ‥‥‥普通にテレビとかでわかるような内容じゃねぇか)


 現時点での感想は心中に留め、呆れながらページをめくる。


『従来の研究では月で生物は確認されておらず、なんらかのタイミングで黒獣が月に移住した、もしくは突発的に月面で黒獣が誕生した説が一般的である』


 ‥‥‥欠伸が出てしまった。


「こりゃ天境橋ハズレを引いたな」


 ペラペラと流し読みしていく。


(ん?)


『次に、一部の人間が持つ、一般的に魔法と呼ばれるチカラについて説明する』


(魔法‥‥‥か)


『人類が持つ唯一の黒獣への対抗手段である魔法。筆者が所属する団体の研究により、その魔法と呼ばれるものの驚くべき正体が判明した』


 ‥‥‥特別なチカラ、魔法。ムリヤリ興味を持つならこの辺りくらいだろう。

 流し読み状態だった目を再び文字にピントを合わせ、ページをめくる。その時だった。


「はーいみんな席ついてー」


 担任が教室に戻ってきて着席の指示を出す。


(なに?なんかあったの?)


(なんだよ、まだ全然飯食えてねぇんだけど)


 まわりはザワザワと騒ぎ始めたが、すぐに全員元の席に着いた。


「ま、いいや。帰ってから読むか」


 とりあえず現ページにしおりを挟み、本を鞄の中に入れた。


「はい!静かに!今日は午後から臨時の会議が入ったのでみんなは下校になりました」


(マジで!?)


(帰りにカラオケ行こうぜ!)


 ‥‥‥また騒ぎ始めた。突然午後の授業が潰れたのだから嬉しい気持ちは紅葉も同じだが。


「お偉いさんが来てるから静かに帰ってねー」


 礼をして解散となった。クラスメイトがゾロゾロと出ていき、紅葉も流れに乗って外に出る。

 下駄箱の近くで天境橋を見つけた。


「おう。じゃあ帰ろうぜ」


「帰りに空き地寄ってかない?弁当全く手つけられなくてさ」


 そう言えばこちらも本を読んでいただけで、昼食には手付かずだった。弁当を残した時の母の剣幕はものすごい迫力だ。その理由もあり‥‥‥


「いいぞ、またには外でのんびり弁当も悪くないよな」


 紅葉家のすぐ近くにちょっとした空き地がある。

 松の木が一本立っていて小さなベンチが置いてあるだけの寂れた空間。そこはふたりが入り浸っているお気に入りの場所だった。

 次の目的地が決まり、グラウンドを抜けて校門を出る時だった。


「きゃっ!」


 隣を歩く天境橋が前から来た人とぶつかり、弾き飛ばされてシリモチをついた。


「アァ~ラ!ごめんなさぁイ!!大丈夫デェスか?」


 独特の喋り方をするその人は、転んだ天境橋に手を差し伸べた。

 波立ち腰まで伸びている長い髪は毒々しい紫色をしており、この街では見たこともないようなスーツを着ている。おまけに異常なほど長いまつげにギラギラの化粧。


(ここの町の人じゃないな。違う結界ドームから来たのか)


 コミュニティが小さければ、他所者かどうかはすぐにわかる。この町にこんなケバケバしい奴はいないと紅葉の直感が囁いていた。


「は、はい。大丈夫です。こちらこそすいませんでした」


 体を起こした天境橋が謝り終わる前には、その人は姿を消していた。


「大丈夫か?天境橋」


「うん、全然大丈夫だよ。さ、行こう」




........................




 住宅立ち並ぶ団地に差し掛かった。いつもの空き地はもうすぐだ。が‥‥‥


「なぁ、ちょっと周り静かじゃないか?」


「え、そうかな。いつもと変わらないと思うけど」


 なんとなくだが空気の流れが止まっている感じがする。なんとなくだが。


 前に足を進めるたびに空気が重くなる。まるで空き地に行ってはいけない。そう自分の足が拒絶しているかのような感覚だ。

 さすがに様子がおかしいと感じたのか、天境橋が気にかけてくる。


「紅葉、どうかしたの?」


「い、いや。ちょっと疲れてるだけだ。早く空き地で弁当食べようぜ」


 どうしてここで帰らなかった?すぐに後悔することになる。

 空き地に入った瞬間、体が凍りついたように動かなくなった。

 《奴》はそこにいた。


「なっ‥‥‥!」


 それは何度も夢に見た化け物。テレビで何度も見た化け物。結界(ドーム)の中にいる限り他人事だと思っていたのに。


 –––––––そして人類の黒獣がいた、それだけじゃない。

 一人の幼い少女が向かい合っている。紅葉より小さな天境橋よりも、さらに小さくか細い少女が。


 黒獣は熊より一回り大きい肉体をしており、まさしく人間など腕を振るうだけで殺せてしまいそうだ。

 少女は動かない。ほうっておけば黒獣に殺されてしまうだろう。

 天境橋は必死に悲鳴を押し殺し、口を両手で塞いでいる。

 黒獣は紅葉と天境橋に気付いていない。


(全力で走れば逃げられるか‥‥‥?いや、天境橋は走るのが苦手だ。ひとりじゃとても逃げられない。それにあの子はどうするんだ。見殺しにするのか)


 逃げなければ殺される。だが–––––


(でも俺達が逃げたらあの子が‥‥‥)


(どうする‥‥‥!?)

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