第2話 席替えって一大イベントだよね?
新学期、それは胸躍るイベントが、数多あまねく天の川。
特に一学期の始まりはイベントが盛り沢山だということは、周知の事実であろう。
クラス替え、転校生、新しい先生、新しい教室……。
それだけじゃない。
春休みを経て少し変わった同級生、なぜか仲がいい二人、妙に目が合うあの子。急によそよそしくなる友人、面倒くさい委員会決め、忌々しい係決め、膨大な課題の提出、生徒を挫くテスト……ああ、挙げ始めればキリが無い。
まぁ、良いか悪いかは別にして、期待と不安が入り混じったような感覚を覚えるのは確かだ。おそらくぼくにとっては悪いことだらけなのだけど、主に後半。
ふむ、願わくば、行政には宿題の無い長期休みの制度を施行して頂きたい。
なんてことを、とある四月の日に
すると、
「結局のところ、
と冷たくあしらわれてしまった。
違う、いや間違ってはいないけれど、ぼくが伝えたいのはそういう事では無い。
「ぼくに勉強嫌いのレッテルを貼りたいのならば結構。ただ、ぼくが想像していた話の方向性とは大分違うようだね」
「じゃあ勉強が極度に苦手だから、どうにか勉強をしないで済む方法を教えてくれ、ということ?それは私に聞いても無駄だと思うよ」
小宮山さんは手に持った文庫本に指を挟みこんで軽く閉じた。
「確かにぼくは勉強が嫌いだけども、勉強の必要性くらいは理解しているつもりだよ!……じゃなくて」
「じゃなくて?」小宮山さんは首を傾げた。肩下まで伸びた髪が揺れる。
「勉強の前の話だよ。一学期の始まりはイベントが色々あるじゃないか」
「まぁ……学年が変わったり環境が変わったりするから、決め事やイベントが増えるのは当然だと思うけど」
「それは至って全うなご意見だ。でもね小宮山さん。ぼくは一つだけこの学校に文句を言ってやりたいんだ!」
ぼくは勢いのままテーブルに乗り出す。
一方の小宮山さんは目を細めて上体を後ろにそらしてしまった。
「な、何よ……」
「中学校生活三年間で、一度もクラス替えが無いのはどうかと思うんだ!」
「は、はぁ……」
呆れたような吐息をこぼす小宮山さんを後目に、ぼくは訴えを続けた。
「いやぁね、今のクラスメイトに文句があるとかそういう訳じゃあないんだよ。でもね三年間も同じクラスだと考えると、少々交友関係の幅が狭まってしまうと思うんだ。クラス外の友達と言えば、小学生時代の知り合いか部活の友人だ。しかしね昔馴染みはさておいて、ぼくの部活の友人は絶対数が少なすぎる。つまりぼくの交友関係は現時点で極限られたモノなんだ」
「友達が欲しいわけ?そんなの自分の努力でどうにでもなると思うんだけど」
「努力を惜しまないだけの勇気と気力があれば、こんな事で熱くなったりはしないよ」
「だよねー汐崎くんだものね。知ってた」
小宮山さんはヤレヤレという顔をする。
「そもそも汐崎くんがクラスで上手くやれている事に驚いたよ。こんなにひねくれている人が人間社会に溶け込めている時点で、勲章モノだね」
……随分とぼくに対する評価が低いようで。一年近く同じ部活にいるというのに、こんなイメージを抱かれているとは少々悲しい。というか人扱いされていなかったのか、ぼくは。
「ぼくにだって友達はいるし、ひねくれだって一般常識の範囲内だよ」
「それはどうかな。汐崎くんって八方美人そのものという感じがするもの。人付き合いが上手く言っていても、心から友達と呼べる人は一握りもいるかどうか……」
小宮山さんはわざとらしく、袖で目元をぬぐう仕草をした。
「さらっとぼくの心に瀕死級のダメージを与えるのは辞めて欲しいなぁ……。ともあれ、ぼくの座右の銘の候補の一つは八方美人だよ。ぼくにぴったりだ」
「念のため訊いておくけれど……他の候補は?」
「ええと、四面楚歌、五里霧中、一六勝負に七転八倒かな」
「ろ、ろくなモノが無いじゃないの!そういうところがひねくれているんだよ!」
「いやぁ失敬失敬」
おおよそ予想できた反応を軽く受け流した。
小宮山さんは、ふう、と一息つく。
「話を戻すけれど、クラス替えねぇ。改めて考えると、確かに三年間で一回もクラス替えをしないのは少し寂しい感じがするかも」
「でしょ?クラス替えが無いと、新学期のイベントなんて教室が替わったり席替えをしたりする程度。いまいち盛り上がりに欠けるというか、新鮮味が無いというか」
「そう?席替えは結構盛り上がる気がするけれど」
「言われてみれば……」
ふむ、席替えも一大イベントだ。これは否定しない。
――誰と近くの席になるか。
――教室のどの位置に配置されるか。
席替えにおいて、これらが大きなポイントになる。
話の合う友人が近くに居れば、退屈しないし孤独を感じることも無い。それまで関わりの無かった人と関係を築くチャンスでもある。そして隣の席に可愛い娘がこれば、それだけで以後の学校生活は豊かになる……別にこれが一番の目的ではない。重々承知して頂きたい。
また、教室内の配置もその後の生活の大きな影響を与えるのだ。
前の方の席、これは言語同断。教師の目が近く、教室内を見渡すことも出来ない。内職をする際には非常に高いリスクを伴うし、目に入る範囲が狭いのはやや落ち着かない。
一方後ろの方の席、特に最後席は素晴らしいという語彙だけでは表すことが出来ない。なにせ教師が遠いところに居る。内職をしたり落書きをしたりするにはもってこいだ。それに教室の広さを実感できる。ちょっとした全能感を味わえる……のは多分ぼくだけだろう。まぁ黒板の文字が見にくい事以外は完璧に違いない。
付加要素とすれば窓際の席だろうか。少々日差しがキツイ点は考えモノだけど、授業中に外の景色を眺められるのは大きな利点となり得る。窓からの風を感じることが出来るのも良い。ただ、そうやって窓外に気を取られていると、教師にお小言を言われてしまう可能性があるのは諸刃の剣だ。
「ちょっと、なーに難しい顔して黙っているの」
気が付くと、ムスッとした顔の小宮山さんがこちらを見ていた。サラサラの髪が眉の上を滑って目にかかったのを、彼女は慣れた手つきで横に流した。
それにしても美人はどんな表情をしても、その印象が崩れなぁと思う。
「い、いやごめん。ちょっと席替えに想いを馳せていたよ」
どうもぼくは自分だけの世界に入りこんでしまったみたいだった。
「変なの」
ボソッと放たれた言葉は妙な鋭さがあったけれど、気にしなければどうということは無い。少しは傷つくけれど、その一方でなぜかちょっとだけ嬉しかった。マゾヒストなのか、ぼくは?
「ああそうだ。席替えなんだけど……」
ぼくは努めて自然な風に話を戻すことにした。
「ぼくのクラスでは昨日のホームルームの時間に席替えがあってさ。なんと嬉しいことに一番後ろ、かつ窓際の席になったんだよ!これはもう学業の神様からの天啓と言っても過言ではないね」
「確かにその席は羨ましいけれど……成績が悪くなっても神様のせいにしないでね?相当迷惑するだろうから」
「いやいや、もし成績が悪くなっても、神様からの試練だと思って、一層神様への信仰を欠かさなくなるだろうね」
「神頼みする暇があったら、少しでも勉強しなさい」
「そ、そりゃあもちろんだとも」
ううむ、今日の小宮山さんには冗談が通じないみたいだ。ある時はぼくを上回る勢いで冗談を放ち、またある時は厳格な母親のようにもなる。なんともつかみどころがない人である。
「と、ところで小宮山さんのクラスでは席替えってもうやった?」
ええ、と小宮山さんは小さく頷く。
「大体教室の中心辺りの席になったよ。黒板はちょうど良く見やすいし、日差しも当たらないから過ごし易いよ」
「ふーん」
「興味ないみたいね」
「いや、一番前の席とかだったら面白いなぁと思っていたけれど、案外普通だったからさ」
「うわぁ、最低だね汐崎くんは。自分が良い席になったからってそういう事考えているんだ」
小宮山さんは大げさにため息をつくと、にわかに軽蔑的な眼差しをぼくに向けた。
「失望したよ、汐崎くんには」
「そ、そんなぁ……」
ぼくはがっくりと肩を落とすことになった。
しかしながら、心から落ち込むことが出来ないのはなぜだろうか。憧れの人に軽蔑されているのは確かなのだけど。
非常に残念な事だけど、やはりぼくはマゾヒスト気質なのかもしれない。
自分の新たな面に気が付くこととなった、春の放課後だった。
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